広島とラーメン
そして、製造直後の生麺(出汁付き)が届く
麺と言えば、中国が本場だ。ラーメンと言えば、最近では日本が名を馳せているように思われる。日本人はラーメンが大好きだ。
それに漏れず、私もラーメンが大好き。ついつい、美味しいラーメンに出会うと、大盛り、あるいは追加麺で量を過ぎてしまうので、極力食する回数を厳選している。ラーメンは食べ過ぎると太る。
それだけに、畢竟(ひっきょう)質を選びたくなる。質と言えば、ラーメンでは麺(めん)と出汁(だし)となってくる。トッピングは大事だが、それが如何に良くても質の良いラーメンとは言えない。
それにしても麺と言えば、生麺だが、これがなかなか手に入らない。殆どはゆで麺か乾燥麺だ。インスタントなどは乾燥麺が主流だし、それはそれで技術が進
んでインスタントラーメンでは日本は世界に冠たる存在だが、求める美味しいラーメンの範疇(はんちゅう)に入れ
る事は出来ない。
やっぱり、麺は生麺に限る。
となると、店に行くしかない。美味しいラーメン屋さんを見つけたときは、心のメモ帳に必ず書き付ける。そして、そのメモを必ず取り出して、近くを
通るときは必ず寄ることになる。その時は、その場所に着く前から、心はラーメンモードになってしまい、ほかの食い物は眼中から消え失せてしまっている。
そんな店が、広島にある。
平成も初めの頃であったであろうか、ふとしたきっかけで広島にちょっとの間住んだことがある。広島と言えば、広島風お好み焼きでその野菜たっぷりのヘル
シー感が気に入って、嵌(は)まってしまった。丁度、単身赴任でもあったから、一石二丁も三丁も有ったのである。三丁と言うのは、おかしな表現だが、実に
ビールと良く合うのである。すなわち、晩酌も兼ねるのには三丁と言うことになる。
そんな日々、ぶらり趣向を変えて立ち寄ったのが、あるラーメン屋だった。そこは『つけ麺専門店』であった。今でこそ、大繁盛店になっており、広島では知
らない人も少なくなっている模様であるが、当時は、店もありふれた場末のラーメン店風情(失敬)で、特段の思いを持って立ち寄った訳ではない。単に趣向を
変えたかっただけである。
そこで驚いたのは、『つけ麺』だったことだ。『つけ麺』今でこそ珍しくなくなったが、私は、その時が生涯で最初であった。そばとうどんでは馴染んでいた
が「、ラーメンの『つけ麺』は初めてであった。気に入ったのは、トッピングにしゃきしゃきの新鮮な野菜がたっぷり、麺を隠さんばかりであった。さらに気に
入ったのは、白ごまたっぷりの真っ赤な出汁ダレ。そう『激辛』なのだ。勿論、辛さは、好みで調整してくれる。一発で嵌(は)まってしまった。
今思えば、時候は初夏の頃であったように思い出される。そう看板には、『冷やしつけ麺』と在ったように思い出される。だから、きっと趣向を変えようと思
い至ったに違いない。『冷やし中華』は、私も馴染んでいる。しかし、『つけ麺』ではない。時候も相まって、この『冷やしつけ麺』には嵌(は)まってしまっ
た。
嵌(は)まると言うことは、中毒に似た感覚がある。別に禁断症状はないが、思い浮かべると居ても立っても居られなくなる感覚だ。今でも時々、広島を訪れ
ることがあるが、そうなると必ず、『冷やしつけ麺』が頭を支配する。大体、仕事で広島を訪れる訳だが、まずは『冷やしつけ麺』だ。仕事はその後である。そ
んなことはおくびにも他人には言えないだけである。
地元広島出身の無二の親友が居る。肝胆相照らす仲だ。先輩だが、教養がある。取り分け、地元の広島を語らせたら、右に出るものが居ないとさえ思われる。
その親友を誘って、と言うよりも無理に付き合わして、その店に案内したことがある。それも10年以上も前だ。彼は知らなかった。ちょっと勝てた気がして、
嬉しかった。勝った負けたのはなしではないが、それだけ、その親友は広島の蘊蓄(うんちく)には長けている。
その彼が最近曰く、「今、広島は激辛つけめんが、一種のブームになっている。君のあの店の冷やしつけ麺だ。」 嬉しいというか、こそばゆい。そして、続
けた。広島の『激辛つけ麺』として、もう何軒も店が出店しているらしい。系列とか、フランチャイズとかそういう細かなことは知らないが、とにかく『激辛つ
け麺』ブームらしい。実際、『つけ麺』は全国的に一般化している。東京でも『つけ麺』店は多い。でもちょっと違う。良いものはそれだけに美味しいが、パン
チが違う。
そうこうしていると、いきなり彼が贈ってくれた。それがこの『激辛つけめん』だ。懐かしい、あのパンチの効いた『激辛つけめん』だ。麺はもっぱらラーメ
ン店仕様の生麺と来ている。トッピングは自分で用意しなければならないが、出汁ダレは良く再現されている。ごまも抜かりはない。湯がきを注意して、自家製
『冷やし(激辛)つけ麺』を家族に振る舞ったら、これが受けた。
これなら行ける。食い専門だが、『つけ麺の先駆者』の私としては、これならわざわざ広島まで出向かなくてもあの『冷やし(激辛)つけ麺』を堪能できる。その瞬間であった。
ラーメンと言えば、九州が有名である。いわゆるとんこつラーメンは全国版だ。そして、北は北海道、さっぽろラーメンは知らぬ人はいない。そして、昨今
は、ご当地ラーメンが花盛りだ。意外と広島はラーメンの旨いどころであるとあることは最近知った。そして、北の方は鹹水<かんすい>が多く、西はそれが少
なく、従って含水量に差がある。いわゆる九州とんこつなどは、『バリ堅』とか、『超バリ』とかいう堅い麺が好まれる。九州出身のある友などは、とんこつ
ラーメンを注文するとき、『超バリ』をしのぐ、『針金』とか言って、麺の堅さを指定する。初めて知った。
<鹹水とは、海水より塩分濃度の濃い塩水をいう。>
これは湯がき方の加減だが、大体とんこつラーメンなどは、含水量の少ない堅い麺が多い。その双璧は、さっぽろラーメンなどは、ふっくらした艶っぽいもの
が多い。含水量が多いのである。それと熟成も時間を掛けているようだ。だから、こしの強い弾力が生まれる。丁度讃岐うどんのようなぷりぷり感が持ち味だ。
これは鹹水<かんすい>の加減で、含水の量が決まり、熟成の度合いによって腰が出来るのだという。広島はやはり、九州ほどではないが灌水の少ない乾いた麺が主流のようだ。これは件(くだん)の広島の友人の蘊蓄(うんちく)で聞かされた。
今回贈っていただいたラーメンを、お世辞抜きで賞賛していると、件(くだん)の彼は製造元の社長を引き合わせてくれた。なんでも地元広島では有名な製麺
業の中堅企業で、知る人は知っている。会った。麺についての蘊蓄(うんちく)は、さすが2代目社長だけあって、深い。職人気質の一代目のすべてを受け継い
だような方だ。どんな質問でも即座に回答する。
当たり前だと思うが、麺のことについて、目からウロコの話は尽きない。家のことについて言えば、大工さんに聞けば、早いのと同じである、すべてのことに
ついて今回は書ききれないが、追々書いていきたい。2、3触れるとすれば、ラーメンのあの腰は、鹹水(かんすい)を加えることによって蛋白変性を起こし
て、生まれる。うどんに塩、そばに塩を混ぜて捏ねるのと同じ理屈であろう。
鹹水(かんすいは)は、元はと言えば中国で、塩湖の水を使って始まった製麺法であることは承知していたが、それがラーメンの特徴を生み出す。ラーメンが
黄ばみを呈するのは、この鹹水(かんすい)の所為である。独特のアンモニア臭もこのアルカリ塩水溶液に依る。こんにゃくを固めるのも灰汁であるし、古来の
生活の知恵が豊かな食品を生み出した。<死海>
これは現代では、堅く食品衛生法によって基準が定められていて、天然物の鹹水(かんすい)など殆どその基準に適合するものはないそうである。鹹水(かん
すい)が体に良くないなどという風説があるが、程度もので、水質保全の工業用鹹水(かんすい)などを使えば別だが、殆どに使われる食品用鹹水(かんすい)
は純度等厳しい規制がある。
麺は手打ちや自家製麺という持て囃(はや)される傾向が一部にはあるが、大勢ではない。殆どは高性能の製麺製造機で作り出される。手打ちは名人芸は別にして、一般ではないし、小型の製麺製造機では、充分な強い麺は生まれない。もっともな話であった。
こうして作られる麺でも、その殆どは業者(ラーメン屋さん、飲食業)に出回ることがあっても家庭までは行き着かない。生麺だからである。ほとんどは湯が
き麺か、乾麺である。生麺には、縮れ麺からストレート麺、熟成度の違いや、先に書いた含水率の違った多種多様がある。そして、湯がき方に麺を生かすコツが
ある。
出汁(だし)が家庭では難しい。幸い、良い出汁(だし)メーカーの協力があって業務用仕様を家庭に提供できる事が可能になった。等々、書ききれない話がある。
どうせならと、工場見学までさせてもらった。昨年の暮れ近くの頃だ。そしたら、最初に飛び込んできたものが、表彰と盾である。見れば、長妻労働厚生大臣
の名前があって、大臣賞だと言う。食品安全衛生上の表彰だという。レアものである。そればかりではない。毎年のように何らかの表彰されている。食の安全は
食品業の命である。
はたして、本格派のラーメンが家庭に根付くか? そんな未知の挑戦も興味が沸々と湧いてきた。今や、ラーメン名人御用達のラーメンが大流行である。しか
し、作るのは名人ではない。いかにも名人御用達と謳(うた)っているが、その殆どはメーカーの宣伝文句であったり、あるいは、結構高価なだけのお仕着せ
ラーメンが少なくない。
ご当地ラーメンも大流行だが、御当家ラーメンもアリではないか。それを決定づけるのは、やはり、麺の質が問われる。出汁(だし)は家庭には不可欠であろ
う。熱のあるご家庭なら、それも自家製を生み出すかも知れないが、トッピングまではお仕着せ過ぎよう。新鮮で良質のものは、近場で調達するのが一番だ。そ
れに安上がりでもある。それこそ、御当家の御当家たる本命がそこで生み出される。
そんなことを考えながら、社長と面談した。
『麺(めん)と出汁(だし)』サイトを立ち上げる切っ掛けとなった縁がそこにはあった。この縁が、どのような結果を生むか分からない。ラーメンをこよな
く愛する一人の消費者の立場で、立ち上げたサイトである。そして、その狙いは、本物のラーメンを『麺(めん)と出汁(だし)』で、提供するところにある。
それを生かすも殺すもそれを手にした消費者各位であろう。
ご当地ラーメンならぬ『御当家ラーメン』をものの見事実現していただければ、望外の幸せである。(つづく)