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新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

「主の道をまっすぐに」

2018年01月12日 | 聖書のお話

「主の道をまっすぐに」 マタイによる福音書 3章1~6節

 バプテスマのヨハネは、荒れ野で「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って教えを宣べ伝えました。マタイによる福音書は、預言者イザヤの『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』との言葉を引用し、その言葉を発したのは「荒れ野で叫ぶ者の声」たるヨハネであると紹介しているように思います。だからといって、ヨハネに寄り頼むばかりではなく、最終的には自分自身の信仰を自問自答し、悔い改めることが求められているのではないかと思います。

 引用されているイザヤの預言は、イスラエルの民がバビロン捕囚から解放され、自分たちの国への帰還が約束されるという内容です。そこで実際に“主の道を整え、その道筋をまっすぐに”するために働かれるのは、主なる神さまに他なりません。人間がそのような業ができると考えるのは、そもそもが間違っているのだと教えられているように思います。

 自分に寄り頼むことばかりを考えて、神さまに寄り頼むことを忘れてはいませんでしょうか。そのとき、信仰の道は歩きにくく険しく思えてしまうものです。けれども、神さまに寄り頼む信仰生活を送れば送るほど、その道は歩きやすく、まっすぐに思えてくるのです。まるで山が低くなり、谷が高くなって平らになるように、ますます歩きやすくなって神さまの方へと歩んで行けるように思えてくるのだと教えられているように思います。

 

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