今日の「お気に入り」は、「 ロダンの言葉 」( 高村光太郎訳 )。
「 人は仕事する時にはいつでも迷うものです。
決して自分がどこを歩いているか確かに解るものじゃありません。
進歩は実に遅く、実に不確かなものです。
やがて、だしぬけに、それが啓かれます。
人は前へ出ます。
けれども暗中模索の幾年かの後の事です。
ただ、疾く行きつこうと思ったり、自分を虐待すると、自分を死に追い込むことになります。
石に一滴一滴と喰い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません。
そして到達点を人間の忍耐力にとって余り遠すぎると考えてはなりません。
年取ってからでなければそこへ行けません。
若い時に、青春の元気をいっぱいに持っている時に、それを考えるのはつらいものです。 」
インターネットのフリー百科事典「ウィキペディア( Wikipedia )」には、
ロダンさんや高村光太郎さん、そして光太郎さんの父光雲さんのことが、次のように解説されています。
「 フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダン(フランス語: François-Auguste-René Rodin、
1840年11月12日 - 1917年11月17日)は、フランスの彫刻家。19世紀を代表する彫刻家とされ、
『近代彫刻の父』と称される。代表作に『地獄の門』、その一部を抜き出した『考える人』など。
( 後略 )」
「 高村 光太郎(たかむら こうたろう、1883年(明治16年)3月13日 - 1956年(昭和31年)4月2日)は、
日本の詩人・歌人・彫刻家・画家。
東京府東京市下谷区下谷西町三番地(現在の東京都台東区東上野一丁目)出身。
本名は光太郎と書いて「みつたろう」と読む。
日本を代表する彫刻家であり、画家でもあったが、今日にあって『道程』、
『智恵子抄』等の詩集が著名で、教科書にも多く作品が掲載されており、
日本文学史上、近現代を代表する詩人として位置づけられる。
著作には評論や随筆、短歌もある。能書家としても知られる。
弟は鋳金家(ちゅうきんか)の高村豊周。
甥は写真家の高村規で、父である高村光雲等の作品鑑定も多くしている。
( 後略 ) 」
「 高村 光雲(たかむら こううん、1852年3月8日(嘉永5年2月18日)
- 1934年(昭和9年)10月10日)は、日本の仏師、彫刻家。
幼名は光蔵。高村光太郎は長男、高村豊周は三男。
写真家の高村規(ただし)は孫(豊周の息子)。
( 後略 ) 」