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徒然なるままの雑記集+

日本人はやる

2011-05-11 22:56:01 | 釣り
正直、「がんばれ!」のスローガンは
即効的にはすごくいいなぁとおもうのですが、
これだけ、これからもひたすら続くと考えると、
かなり厳しい言葉だなぁ、とやはり思ったりします。

世の中にはがんばれる人もいるが、そうでない人もいる。
がんばり続けたけど、がんばり過ぎて亡くなった人もいる。
そう思うと、あまり自分は無責任に「がんばれ!」とは言いにくい。
せめて「がんばらないように、がんばりましょう」位に
してみてはどうかな、と。
明日が劇的に変わるより、明日が少し良くなるような感じで、
ちょっとがんばりましょう、なんてのが良いんではないか、と。

で、いろいろな人と原発や放射能について話をしたり、
聞かせてもらう最近だが、やはりこの状況から言えば、
いかに現状を受け入れ「うまく」原発や放射能と付き合うか、
そういう議論が一番前向きな感じがする。

私は、正直なところ、電気が大幅に不足する生活は
したくないし、家族もそれは望んでいない。
私は原発に100%反対ではないというか、反対ではいられないという
ことは表明しなきゃいけん人が多い気がするし、
事実、冷静に考えてみればそれが多数を占める意見だと思う。

理想は代替エネルギーへの緩やかで、且つ希望の持てる
変換だと思うが、どんなにコストをかけても、どんなに
デメリットを受け入れても、原発も化石燃料も残るし、
そうやって暮らす事を良しとしないという考えなら、
日本を出て暮らすしかないんじゃないかと思う。

この世で生きることは、常にリスクがあるわけで、
そのリスクを取って生活は出来ん!と言う人もそれは少しも
間違いではないわけで、そういう人の意見は尊重したい。
でも、現状から言えば、福島第一から発し続ける放射能を無視
して生活は出来ないし、そのリスクと取って私は関東に
住み続けるのだから、少なくとも放射能とうまく付き合っていく
手段や方法、知識を身につけていくことが必要なのだと思う。
安易な批判的な意見は、自分の中にもあるが、
それを行動に移せるかどうかなんてのは、その人次第であって、
その人の勝手であって、責任であるわけだから、
そういう感覚でやっていくことはある意味有効なんだと、
示せればいいんだろうか…。

奇しくも我々日本人は、こんなにも放射能に縁のある国家、
民族となってしまった訳だが、逆に言えば、これを利用しない手はない。
我々日本人はうまく放射能と付き合って行くんだぜ!
くらいの心意気を持って暮らそうではないか、という提案をするのだが、
完璧に割り切る事も出来ない難しさは常に残る。
それが今回の震災に爪痕になり、苦難になるんだろうか。
そりゃ割り切れないんだけどさ。簡単には。
でも、この日本人ならやり遂げるだろうな、という無意識の
意識は確実に働いておりますよ。

がんばらないように、がんばる。
明日もそうしよう。