寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

(第2663話) 生きたい思い 

2018年08月28日 | 活動

 “二年半前の冬、骨髄バンクから見慣れない大きな封筒が届き、中を開けるとドナー適合のお知らせが入っていた。私は迷わず同意書にサインをし、無事ドナー提供をした。私が十三年前、献血時にドナー登録したのは、今日本のどこかで生きたいと願いながら、ドナーが現れることを神にも祈る思いで、日々血液の病で闘病されている人々の存在を知ったからだ。
 身近な大切な人が白血病になったら。発病したのが自分だったら。ドナーが見つかり、移植を受けられる確率は、相当に低いだろう。それでも自一分が生きているうちに、誰かの命を助けることができる数少ない手段だと思う。
 移植は無事に成功し、一年後、患者さんとそのご家族から、バンクを通じて匿名の手紙が届いた。白血病は再発で、移植以外助かる見込みがなかったこと、移植日が二度目の誕生日になったこと、ドナーに恩返しはできないが、これから家族のために精いっぱい生きていくことで恩送りをしていきたいこと、がつづられていた。
 この世に生を受けた意味が、少し感じられた出来事だった。そして、二度目の適合通知が届いた。生涯に二度までしかできないドナー提供。今回も誰かの生きたい思いを受け止め、提供したいと思う。”(8月2日付け中日新聞)

 名古屋市の自営業・船木さん(女・42)の投稿文です。骨髄移植もななり普及してきているようだが、まだまだドナーは少ないと聞く。また非血縁者間ではなかなか適合が難しく、意思はあっても叶わないことも多いようだ。そんな中、船木さんは2回目と言われる。提供している人にしてみれば、人の役に立って嬉しいことであろう。
 現在はいろいろな移植技術が進んでいる。ボクも妻も、臓器提供を承諾している。保険証にその旨記載している。骨髄ドナーは55歳までであるが、臓器提供は心臓が停止して以後のことである。提供できるかどうかはその時になって見なければ分からない。1つでも移植され、自分の分身として生き残っていくと考えると、これも楽しい。しかし、本人がその気であっても、行うのは遺族である。これがまた家族間で意見が分かれ、難しいこともあるようだ。生前にしっかり意志を伝えておくことが必要である。


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