いつの間にか3月が始まっていた。遠い記憶と今の間を老人は行きつ戻りつ。記憶と言っても確かなものはなく春霞のようにモヤモヤと漂っている。芭蕉が宇宙をとらえて俳句したように小宇宙に我を遊ばすとボケと世間では言うらしい。谷川俊太郎の詩に「かなしみ」というのがあってそこら辺が何か分かるような気がする。 あの青い空の波の音が聞こえるあたりに なにかとんでもない落とし物を 僕はしてきてしまったらしい
透明な過去の駅で 遺失物係りの前に立ったら 僕は余計に悲しくなってしまった
これは、天と地の物語だよね。僕らは宇宙の中に佇む存在なのだ。悲しみを持った存在なのだと教えてくれる。透明な過去の駅で透明な切符を買う。天国行の切符を買う。過去から未来へその切符を握りしめて。春の始まりはいつのまにか宇宙を取り戻していると実感させてくれるのかもしれない。