日常と非日常を暖簾一枚で行き来
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うしろ姿が美しい男に恋をし、銀色のダンベルをもらう。
掌大の小さな人を救うため、銀座で猫と死闘。
きれいな魂の匂いをかぎ、夜には天罰を科す儀式に勤しむ。
精神年齢の外見で暮らし、一晩中ワルツを踊っては、味の安定しないお茶を飲む。
きっちり半分まで食べ進めて交換する駅弁、日曜日のお昼のそうめん。
恋でも恋じゃなくても、大切な誰かを思う熱情がそっと心に染み渡る、18篇の物語。
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川上弘美さんの短編集。
ちょっと不思議で唐突で、けれど読後は余韻が深いストーリーの数々。
いや、ストーリーというか、ストーリーの一部を切り取っただけのようにも思える短編の数々なのですが、
読後は、語られないその全体のストーリーの空間に
いつまでもふわふわと漂っていたい気持ちになります。
表題作「ぼくの死体をよろしくたのむ」
さくらは、父の遺言で黒河内瑠莉果という女性に年に2度会いに行きます。
父と彼女がどういう関係だったのか知るのは、少し後のこと。
さくらはちょっと風変わりなこの女性と時々逢うだけで、
特に難しい話をするわけでもないのだけれど、でも逢うのはイヤではなかった。
ある時、黒河内は、さくらの父が亡くなる前に彼女に送ってきた手紙を見せてくれます。
そこに書いてあったのが「ぼくの死体と晴美とさくらをよろしくたのむ」。
さくらの父は自殺で亡くなったのでしたが・・・。
ちょっとアンニュイな感じで、多少のことには動じなさそうな黒河内は
なんと実はミステリ作家だったりしますが、
なんだかこういう女性にはちょっと憧れます。
何かに行き詰まったときに、訪ねて、決して美味しくないお茶を頂いてみたい・・・。
当文庫の巻末解説で、女優・美村里江さんが、
川上弘美さんの短編について、こんな風に言っています。
「日常と非日常を暖簾一枚の気軽さで行き来し、
手触りと匂いと現実感があり、生きていることと死ぬことが寄せて返す。」
なるほどー。
うまく表現するモノですね。
もうこれ以上私の言うことなどありません。
「ぼくの死体をよろしくたのむ」川上弘美 新潮文庫
満足度★★★★☆
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