ふたりの男があえぐ声が聞こえる。
映画の冒頭、タイトルロールの背景で、男ふたりの性行為が行われてるのかと思わせる。次第にカメラに光が入り、ピントがあってくると、なるほどふたりの男が抱擁しあって、肌と肌を交わらせているようだ。
しかし、彼らの言葉からは、彼らが父と子の関係であることが語られる。文字通りに読み込むと、親近相姦だ。だが、そこに映されている男ふたりは、筋骨隆々たる壮年の男と、まだどこか線の細さを感じさせる青年だ。壮年の男は退役軍人で、青年は軍人養成学校に通っている。
映画では、彼らの心身を駆使した交流の様子が点描のように描き出されていく。
ソクーロフらしさの極たる、彼岸と此岸が交じり合うような、ぼやけて、歪んだ映像美は、これまでの映画以上の効果を発揮する。世界は溶け合い、融合し、離散する。この映像の途方もない美しさは一体なんなんだろう。世界に、愛が張り詰めている。
そして、最後のシーンで息子は自立していく。
永遠かと思われた二人の関係が、急激に薄れていく瞬間。ソクーロフ以外ではありえない、究極の美の世界に、世代を超えた男ふたりの交歓が素直に描き出された。なるほど、そこには親子と映る工夫がそこここに張り巡らされているけれど、これは男ふたりの愛の世界のファンタジーなのだ。
逆に言えば、ここまで描きながら、同性愛に言及できないロシアという国に思いを馳せずにはいられない。パレードがつぶされた事件が、耳に新しい。
今年、公開されたゲイ映画としては『ブロークバック・マウンテン』と並んでの、傑作だ。