好奇心全開!!林住期を遊ぶ

 林住期も下り坂に突入して、やっと命の不思議に目覚めたようね感じです。
 玄牝の門を敲きます。

『 返り花知音の友も蘇れ 』青のくさみ575交心ysp1701

2020-08-31 20:49:20 | 青のくさみ
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返り花知音の友も蘇れ


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 これは、また、生きのいい山梔子の花ですね。
 季節外れの今時に、これほど鮮烈に咲くものなのですね!


 ひょっとすると、人生にも、こんな鮮烈な生があるのかもしれない、と私かに夢を見たくなってしまいます。



 宅島さんは、「理想に燃えたまま」行ってしまいましたけれど、恋人のこころに復活し、また、『遺稿』を読んだ人の中に蘇っていくのでしょうね・・・
 言葉はただの記号でもなく、意匠でもなく、命に咲く花なのかもしれません。


 どんな世の中であろうとも、念ずれば、命の花を咲かせることができる。
 命の花は、人間の希望ですね。





 返り花知音の友も蘇れ   仁


 こころにきみの部屋空けている




 以上、
☆☆☆ 研人さんの『 蕨散歩 ―くちなしの花― 』 への交心です。 ★★★
 





 > 『俺は変人だったかも知れない。ただ俺が君やみんなに対して示した、優しさのみしかもたぬ奴だと考えないでくれ。俺のただ一つの理想に対して、俺の心は不断に燃えていることを記憶してくれ。
 唯一の理想 ――― それは自由に対するものである。』   。。。宅島徳光海軍飛行予備中尉『遺稿集』



 研人さんに紹介してもらった宅島さんの言葉です。
 ぼくをおいて逝ってしまった友のことが重なってきます。
 学生時代より50年の間、心友としてつき合ってきて、何を語らなくてもわかり合えてきた友という念いで、個人的なことは何ひとつ語り合ってこなかったことに、今さらながら気がつかされます。
 語り合ってきたとしても、どこまで心の根っこに秘められた本音あるいは本願が、伝わり、理解し合えたものか、念いの及ばない自分に、またしても怯んでしまいそうになる。
 残された5人の仲間との親和の内実も、逃避の自遊時空だったのだろうか・・・その自遊時空をネアンの旅と呼んで、しばし寛ぎ、和みあった50年が確かにあった・・・

 仲間の一人は、友の生きた証を残そうと友の遺稿の編集をはじめた。
 ぼくは病んだとき、死に備える心について考えるようになった。幼少の頃から、死は友だちのようなものだったから、余りにも馴染みすぎて、なるようになるしかないと想うしかなかった。仕事に熱中して、今ここに燃焼して、あっという間に半生が過ぎ、リタイアしたときは、空っぽの身で、有り余った時間だけが残された。
 余生の楽しみ方を覚えはじめたときに、病気に絡め取られてしまい、忘れていた死と、本気で、友だちになろうと念った。
 そして偶然、良寛さんに巡り逢い、やがて一休さんに出会い、言葉あそびで死を手繰り寄せ、死を友だちにしていった。
 死が脳に取り憑いたときも、死を友にしていたので、病を楽しんで、死から見放されてしまった。その時、拾い読みしていた『病床六尺』を真似て、自分の病床日記をつけてみたが、主治医さんや看護士さんとの言葉あそびしか記録していない。
 友が病床にあったとき、ぼくは思いきって、友に頼んだ。
 「ぼくにきみの『病床六尺』を書いてくれないか・・・」
 友は微笑んだだけだった。
 後で知ったことだが、実際、友には、そんなあそびの余裕はなかった。生涯現役の彼には師無ければならない仕事と、病後の生の整理に追われていたのだった。それはぼくには背負いきれないほどの重荷だった。
 今さらに、友が、昭和の時代をどんな念いで生き抜いてきたのか、自分の念いとどう重なるのか、問うてみようと念いはじめている。




 聞きたきこと知りたきことや星しぐれ   仁


 どの星たどればきみに会えるか





 返り花言葉も命の花ならん   仁


言葉に知音の重なり来る






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『 掌に女のあそぶ夜の秋 』青のくさみ575交心ysp0401

2020-07-05 19:37:34 | 青のくさみ
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掌に女のあそぶ夜の秋

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 > 『老子』第14章 無状の状、無物の象

 視之而弗見、名之曰微。之聴而弗聞、名之曰希。揩之而弗得、名之曰夷。三者不可致詰。故混而為一。一者、其上不謬、其下不忽。尋尋呵不可名也、復帰于無物。是謂無状之状、無物之象。是謂忽恍。随 而不見其后、迎而不見其首。執今之道、以御今之有。以古始。是謂道紀。


 > ー守屋洋 訳
 「道」とはどんなものか。
 目で見ようとしても見ることができない。だから、形がないのである。
 耳で聞こうとしても聞くことができない。だから、音がないのである。
 手で捕らえようとしても捕らえることができない。だから、手がかりさえないのである。
 これではその実態をつきとめようがないので、そういうものだとして認めるほかはない。
 つまり「道」は、ありもしない幻ではなく、絶えることなく続いているが、「無」としか言いようのないものである。
 形のない形、姿のない姿とも言えるし、「おぼろ」な状態と言ってもよい。
 前から見ても後ろから見てもその姿をとらえることができないのである。
 このような「道」が、太古から現在に至るまで、一貫して万物を支配している。これが「道」の本質なのだ。


 > ー張鍾元 訳
 しっかりと見ないから、何も見えない。それは形のないものと呼ばれる。
 しっかりと聞かないから、何も聞こえない。それは音がないものと呼ばれる。
 しっかりとつかまないから、何もつかめない。それは実体のないものと呼ばれる。
 これら三つをつきつめることはできず、混ざりあって一つになっている。
 上にあっても明るくなく、下にあっても暗くない。
 目に見えず、どんな名前でも呼びようがない。それはまた無に戻って行く。
 それは形のない形と呼ばれ、イメージのうかばない形と呼ばれる。
 それはつかまえにくいものである。近づいて行ってもその顔は見えず、ついて行ってもその後ろ姿は見えない。
 遠い過去の「道」をつかまえ、現在あるものを制御すると、原始の始まりが理解できる。これが「道」の本質である。




 「道」の本質を説明してくれていますが、とても不親切ですよね。私には結局何も語っていないようにしか思えません。それでも何とか考えてみます。
 わからない人間が考えても、いよいよ、わからなくなるだけでしょうけれど・・・
 それでも考えてみるのは、「わからない世界」は、想像力の自遊な時空を提供してくれます。心をあそばせる、もってこいの、ツールです。
 言葉が、言葉あそび575の珍奇な時空遊泳、寝たきり老仁になったときの、独りあそびの、エンドレスラブな友人になってくれます。


 イメトレをはじめてみます。

 「道」の指示語として、「微」・「希」・「夷」と言っています。

 そういう性格のものであって、それは「道」の一面なのですよ。そんなものが混ざり合っているのが「道」なんです、と老子はとぼけているんですね。
 「道」はそんなに深いものだから、説明しようがないんだよ。結局、「道」とは<無>であるとしか言いようがないね(「復帰于無物」)。

 言葉遊びの好きな老子は(言葉嫌いの老子が、この頃ではことば遊びを楽しんでいるように思えてきました)、<無>としか言いようがないが、強いて、カッコつけて、これを言い直せば、「無状の状、無物の象」と呼んでもいいんだよ。だから、「道」はそんなふうにただただぼんやりしているものなんだ。「微」であり、「希」であり、「夷」なのだ、と最初に戻ってしまう。そして、結論、こうして、「道」はとらえ所のないものなんだけど、ずっと、万物を創造し、コスモスを生成してきたんだよ。
 なんと! 宇宙創生物語のはじまりです。



 ともかく信じなさいよ。そして、TAOに入ってきなさいよ。

 考える必要も、勉強する必要も、努力する必要もないんだよ。TAOにつながる回路の中に入ってくればいいんだ。それは難しいことじゃない。入ろうと思えば入れるんだ。本当にそう思えばね・・・。

 またまた狐につままれたような気分の中を彷徨うほかありません。


 けれど、仁も、又、言葉遊びをして、言葉を左脳的に読み込んでみたいと思います。わけがわからん右脳的な言葉というのは、不思議なもので、好奇心をそそるものですね。




 「無物の象」なんていいじゃないですか。老子はネーミングの天才だったのかもしれませんね。具体的なイメージを持たないイメージ。
 だから、物の本質を啓示してくれている。

 俳句も物を通して本質を開示するものなんでしょうが、物を通さないで、たとえば、いのちをイメージすることはできるのでしょうか・・・。



 ゆく春を瓦礫の影と見捨てたり   好志喜



 今は亡友となってしまった好志喜が、ぼくの言葉あそび真似575につき合ってくれていたときの575です。


 やっぱり、「行く春」を「瓦礫」という具象でイメージ化してますよね。「瓦礫」を持ち出してはいるけれど、この句の本質は心象なんでしょう。

 そして心象というのは、いつだって、ぼんやりしていて、恍たり、惚たりで、いのちの根源みたいなものを志向しています。心象の彼方にあるものは<いのちの故郷>なのではないかと念っています。<いのちの故郷>とその<故郷の火>が伝わる俳句を創れたらいいなあ・・・と念っています。
 TAO俳句の世界を創出したいですね・・・。





 掌に女のあそぶ夜の秋   仁


 昨日も明日も今ここに在る





 これは仁のTAO俳句開眼の一句です。

 一見男の句ですが、TAO俳句では、男も女もありません。掌の主体は「私」なのですが、TAO俳句では、私もあなたもありません。私はあなたであり、あなたはみんなであり、みんなは一であり、一は全てであり、全ては無なんです。


 掌は、だから、これら一切を畳み込んだ時空なんですね。掌は地上であり、地球であり、星であり、宇宙であるわけです。そんな中の女は、私であり、あなただというわけです。

 あるいは、掌は子宮なのかもしれません。
 子宮はいのちの源泉。創造の源泉。子宮はいのちの故郷。
 いのちの故郷である子宮は同時に宇宙なんです。



 TAOの回路に入れば、それを知ることができる。

 「執今之道、以御今之有。以古始。是謂道紀」

 

 「名之曰微」 

 見ようとしても見えないものが「道」なんだ。これを「微」と呼んでいるんだよ。

 ああそうですか・・・。と言うほかありません。納得したようで、何も理解できていない。じゃあ、「微」って何ですか?  

 

 『漢辞海』を調べてみました。

 「はっきりしない。うすぐらい」というのがあります。「きわめて小さい。ささやかなさま」というのもあります。老子好みですね。「精緻で巧妙なさま。深遠で理解しがたいさま」というのもあります。全く「玄之又玄」ですね。「衆妙之門」」ですよ。



 驚いたのは、「数詞」としてあるのです。

 「寸の百万分の一。≪ささいな事柄をたとえる≫というのです。

 私は、ええっ!! と驚いてしまいました。


 これは一大発見です。私は驚喜しましたね。だって、「寸の一万分の一」は「10のマイナス43乗分の一」に近いじゃありませんか。計算はわかりませんが、これは、同一語ですよ。 ビッグバンの一と同じなんです。

 「道」の説明なんですよ。「道」は「天地之始」なんですよ。「似万物之宗」なんですよ。偶然の符合なんでしょうか・・・。


 老子は天地創成をビッグバンだと看破していたんではないでしょうか・・・。


 そうだとすれば、老子の<無>をエネルギーの源泉として理解してきたことの内実が把握できたことになります。



 

 宇宙の始まりは、プラスの世界とマイナスの世界の重なり合いだったそうです。

 プラスとマイナスが重なると<無>なんです。

 これは、もう、  「視之而弗見、名之曰微。之聴而弗聞、名之曰希。揩之而弗得、名之曰夷。三者不可致詰。故混而為一。」

ですよ。「見えず、聞こえず、得れず」ですよ。プラスは「色」、マイナスは「空」と読み換えることもできます。つまり、「色」と「空」が重なると、<無>なんです。

 「色即是空」は=<無>なんですね。

 「空即是色」も又<無>なんです。

 「色即是空、空即是色」は<無>の二面性です。

 私という個体から見れば、「私は空である」。空という宇宙の方から見れば、「宇宙は私である」というわけです。

 宇宙が、その一部として、私になったのです。

 宇宙は、その一部として、あなたにもなりました。

 私もあなたも個体としては別々ですが、元々は、同じ者なんです。

 宇宙は、又、その一部として、野の花にもなりました。そして、又、宇宙は、その一部として、蛇にもなりました。野の花も蛇もあなたも私も、元々は、同じ者なんです。元々は同じ者だから、野の花や蛇やあなたと私は交感できるのです。交感できるから、野の花を知り、蛇を知り、あなたを知ることが私自身を知ることになるのです。


 野の花のことを知らなかった私は、私自身のことを知らなかった私なのです。

 あなたのことを知らなかった私は、私自身のことを知らなかった私です。

 文学は神話に始まり、私小説に辿り着きましたが、これからは無私小説に向かって歩み始めるのではないでしょうか・・・。



 芭蕉さんは<松のことは松に習え>と説きましたが、言い換えれば、<私のことは松に習え>ということだったのでしょう。

 無私小説は、又、虫小説でもあるのですね。


 グレゴール=ザムザは甲虫になりましたが、甲虫になった人間でした。それはあくまでも批評精神というものだったようです。フローベル流に「甲虫が私だ」というような小説が書きたいなぁと思いますねぇ・・・。けれど、私は、甲虫のことを何一つ知りません。足下の薺のことさえ知らないのです。

 

 > よく見ればなずな花咲く垣根かな   芭蕉

 

 芭蕉さんも、おそらく、薺のことをそれほど知っていたわけではないでしょう。けれど、芭蕉さんは、垣根に密かに咲いている薺の花にさえ心を奪われるほど、いのちを愛おしんでいたということを驚異として感じます。ひょっとすると芭蕉さんは無私文学の源流なのかもしれません。



 ただひとつ必要なことは
 もう少し気をつけるだけ
 自分の目の前にあるものに  
 あなたが目をやり、見、注目できるように   ーパグさんの『TAO』P093



 薺の花に芭蕉さんは何を幻視したのでしょうか・・・?



 ひょっとすると、<無物の象>を幻視したのかもしれませんね。芭蕉さんも、又、老子の徒でした。<物の見えたる光を言い止むべし>。

 


 > 古池や蛙飛びこむ水の音   芭蕉

 


 芭蕉さんは「蛙」を見ていたのでしょうか・・・?

 それとも、「水の音」から、蛙を幻視したのでしょうか・・?


 芭蕉さんは春まだ遠い古池の辺にいて、瞑想していたのではないか、そんな気がします。瞑想の中で<無物の象>を感受していた。来るべき春の兆しが荒涼とした古池の辺にも充溢している気配を楽しんでいる。草木の芽吹き、虫たちの息吹、弱々しい日差しの中にいのちを放下していた・・・。すると、唐突に、ポチャンと水の音がした。「おお、蛙の奴め、じっとしとけず水に飛びこんだな。おお、スプリング!」


 蛙は現実蛙だったんでしょうが、<無物の象>の交感の中では、蛙は、蛙であって、もう、蛙ではなくなるのです。蛙は、蛙を越えて、スプリング、春の精になっているのです。蛙が春の精になるとき、芭蕉さんは蛙になっている。それらの変貌、転身が、「水の音」という一瞬の間に、引き起こされる奇蹟的な至福の体験があるのです。そして、その「一瞬の至福の体験」は一瞬の内に「永遠」を孕んでいるのです。



 私は、TAO俳句について、考えはじめてから、芭蕉さんの見方が変わりました。

 芭蕉さんをTAO俳句の師と考えています。




 女あり
 二人ゆく
 若きは うるわし
 老いたるは なお うるわし   。。。ホイットマン














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『 青のまま初心を出でず青き踏む 』ytw1101フォト青のくさみ575

2020-06-14 10:45:40 | 青のくさみ
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青のまま初心を出でず青き踏む

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※  写真は、 大野島の筑後川河川敷です。












 
※  写真は、 久留米の百年公園にある筑後川河川敷です。




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『 友在りて今の吾在り岩清水 』青のくさみ575交心yrs1501

2020-06-11 23:20:10 | 青のくさみ
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友在りて今の吾在り岩清水

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 水人さん、

 ほんとうに長い長いお仕事、お疲れ様です。
 好志喜さんはそんな苦労を水人さんに遺すことになるとは予想だにしないことだったのでしょうね。

 好志喜さんの文は昔から一癖ありました。一ひねりした文体でもあったようです。
 ぼくにはおしゃれに思えていたのですけれど、その文を推敲するとなると、好志喜さんの本意を変えないように、しかも分かりやすいように書き直すというのは至難の業でしたでしょう。
 ほんとうにお礼のいいようもありません。
 何の手伝いもできない無能さが情けなくなりますけれど・・・


 ぼくには読書歴もないし、キリスト教のことも文学的潮流のことも分かりませんので、ネルヴァルさんの内容理解はできませんけれど、ヴィジョンの志向に、救済のほかに、見者にもなろうとしているのかもしれないということも感じて、ぼく自身の個人的な好奇心呼び起こしたりもしています。


 それと個人的なことですが、好志喜さんの志向の中に、フリーラブセオリーの到達地平が隠されているのではないかとも感じたりしました。

 そのことと結びつけると、好志喜さんの内面の地獄を、今さらに、深く感じます。
 その苦闘をおくびにも出さず、青臭会の世話をし、お付き合いをしてきたその心根に、いまさらながら驚嘆してしまいます。
 死に至る覚悟の平常心と、青臭会への寛容さも、サムライだったと思い直します。

 ともかくも謎ばかりを遺して、かってに、死に急ぎした好志喜さんが、日増しに親密になっていくのを感じます。




 友在りて今の吾在り岩清水   仁


 共に探しし井戸は心に




 まだまだ、大仕事が残っているようですけれど、もう一踏ん張り、がんばってください。
 またまた青臭会は好志喜さんにとって何だったのかという答えの一つに、水人さんに依存してしまった、この遺稿集を遺す心根が、好志喜さんの心根にシンクロしていたのだろうと理解しました。きっと好志喜さんのほっと一息できる解放の場ではなかったのでしょうか・・・
 水人さんに感謝!






 > 泉に向かって「ゆっくり」歩こうとする王子には、結果だけを求める性急さや苛立ちがありません。泉への歩みも水を飲むことの一部として受け入れ、余計者扱いにはしていないということです。おそらく王子は、渇きが癒えるという結果だけでなく、たとえば身体が水を求める感覚や、歩いている間の期待感、水が喉を流れ落ちる感触、そして水のおいしさなど、水を飲むことに付随する一連のことがらが持つ「味わい」をひとつひとつ体験しよう、味わおうという気持ちなのでしょう。結果だけで満足する丸薬商人よりも、王子はずっと欲張りと言えます。(中略)
 ものごとの味わいを受けとめ、味わう姿勢があってこそ人間らしい生活であり、「いい人生」なのだということです。   。。。水本弘文『星の王子さま』p134




 好志喜来て穴掘り豆を植えてをる   仁


 同じこの時この空気好し





 > ところで忘れてならないのは、味わう働きと目指す働き、二つあっての私たちだということです。味わうことでいまある人生を享受し、目指すことで新しい人生を創りだします。現在重視の味わう働きだけでは発展性に乏しいし、未来に目を向ける目指す働きだけでは足もとの生の実感が薄らぎます。比重のかかり具合はその時々で変化するにしても、二つが常に協調して私たちを支えていることに変わりはありません。




 味わうも目指すも糧や木の芽風   仁


 受容の躍動投企の念力






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『 よしやよし短き与命枯野行く 』フォト青のくさみ575xzt0102

2020-05-01 21:56:38 | 青のくさみ
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よしやよし短き与命枯野行く

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 よしやよし短き与命枯野行く   仁


 騰騰逍遙風のこの身よ












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『 青鞜や念ずれば夢花となる 』フォト青のくさみ575xzx0504

2020-03-16 16:32:08 | 青のくさみ
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青鞜や念ずれば夢花となる

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 踏青やあしたはなくも命湧く   仁


 今ここ蝶も吾も恍惚





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『 青のまま初心を出でず青き踏む 』青のくさみ575ytw0301

2020-02-05 23:46:25 | 青のくさみ
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青のまま初心を出でず青き踏む

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※ みんち♪ 2015年3月10日 10:10

 おはよう、みんち♪さん。

 <青き踏む>・・・好きな季語です。
 青はなにしろいのちの色ですからね。
 命を踏んで、命をもらう・・・そんなエンパワーメントがありますね。



 自然もまた五感が共振する世界でしょう。

 自然と共振する五感を言葉に代えるとそのままで詩になるのでしょうね。
 <青き>は人の心でいえば<初心>でしょう。
 初心は命の息吹であり、志の芽吹きです。



 成長するにつれてこの初心は捏造されていくんですね。
 それが社会的現実なんです。
 社会的現実の自我と初心は、異時空の交わりみたいなものでしょう。

 人はもう一つの時空を生きることの愚かさに気がついてきました。
 自分の中に色々の時空を創出して時空遊泳できるように念じています。



 みんち♪さんが野山歩きを<ひとり遊びの世界>と呼ぶのはそんな多時空遊泳だろうと思うし、命の初心への回帰だろうと思います。


 青木を踏む人はもうその歩きそのものが詩なんだろうと思います。
 それを言葉に映すことのできる人を詩人というのでしょうね。





 青のまま初心を出でず青き踏む   仁


 裏街道を老躯彷徨う




 青鞜や念ずれば夢も花ならん   仁


 虚仮の現か真の夢か














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『 回想の重層回廊燃やせ夏 』青のくさみ575交心zqv0906

2019-05-09 15:49:50 | 青のくさみ
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 回想の重層回廊燃やせ夏

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 > 本居宣長が『石上私淑言』という論文の中で、「悲しいときには悲しい、悲しいと心の中で思え」と書いています。悲しいことをごまかしていると、いつまでも心にそれがわだかまって消えないから、今、自分は悲しいんだ、悲しい、悲しいと思えと。そして、それを人に語れと。声に出しても悲しいといえ、といっているのです。
 では、相手がいないときはどうするか。
 丘の上に立って大きな声で「俺は悲しい」とおらべと。四国や九州の方言で「叫ぶ」ことを「おらぶ」というのですが、そのように自分の気持ちを閉じ込めておかないで、吐き出すようにして表現することは大事なのです。
 叫ぶ行為が、歌のはじまりだと言われれば、なるほどと納得します。   。。。五木寛之『続孤独のすすめ』p129

 回想の重層回廊燃やせ夏   仁
 言葉踊れば命共振


★ 再録はじめ 筑紫風575交心zsq3004
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脚下に友の灯明鹿の声
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> 山里の灯点しごろや鹿の声   お遍路はぐれ
 自ずと鳴ける鹿うらやまし   旅仁

 鹿の鳴く里山の風情、好いですね。
 散歩で鹿の声を聞ける!

 友に誘われて泊まったロッジで、鹿の声を聞きました。
 そのとき、はじめて聞いたことを想い出します。
 もういちど、聞きに行きたいけれど、その友は、もう居なくなりました。

 追憶の友蘇る鹿の声   旅仁
 光陰消えて時の止まりぬ

☆☆☆ お遍路はぐれさんの『 俳句 野分過ぎ鹿の初鳴き 』 への交心です。 ★★★

 鹿の声友も交えて今一度   旅仁
 青きままにて集える一夜

 予期せぬことだったけれど、友は、独りで、さっさと、逝ってしまった。
 友の非在は、やがて来るぼく自身の非在を知らしめる。ぼくはぼく自身の非在を、ぼくの内部に、大きく抱え込むことになる。

 脚下に友の灯明鹿の声   旅仁
 月も出ぬ夜の宵待ち草よ

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☆☆☆  湖風さん   2016年09月30日 22:26

旅仁さん、こんばんは^-^

追憶の友蘇る鹿の声   旅仁

 鹿の鳴き声にお友達を追憶するなんてすてきですね。
 良い句ですね。

★★★  青柳仁   2016年09月30日 22:48

 湖風さん、
 交心ありがとうございます。
 日が経つにつれて友が身近になっていくのを感じます。自然が形見となるのでしょうね。
 友の死は愛の偏在となって再生されていくのかもしれません。再生は、また、友との新しい関係の創生にもなっていくようです。
 愛も友愛もエンドレスなのでしょうね・・・

 心象の光明ゆらぐ月見草   旅仁
 言葉はなくも魂交じり合う

☆☆☆  湖風さん   2016年10月01日 08:05

 旅仁さん、おはようございます^-^

 >心象の光明ゆらぐ月見草   旅仁

 この句も「光明ゆらぐ月見草」はこちらに迫るものがあり、すてきです。
 ただ「心象の」も具象化されていると読む人の胸に迫りましょう。
 「心象の」では、どうしても「image」と読みますものね。 

 >心象の光明ゆらぐ月見草   旅仁
 ↓
 >>畦道に光明ゆらぐ月見草
 読んでいて、お友達とお二人で行く「畦道」をなぜか浮かびました。
 ↓
 >>海道に光明ゆらぐ月見草
 これも、海伝いの道を友人と歩いている姿が見えてきます。

 旅仁さんがこの友と歩いた道はどこなのでしょう。
 少なくとも「心象」つまり、心の中だけよりも、読む人をさらに引ひきずり込む
はたらきがあると思うのです。

 旅仁さん、気にいらなければ、ばっさりと削除なさってください。湖風

☆☆☆  湖風さん   2016年10月01日 08:21

 追伸:「脚下」は、読み方「きゃっか」でよいのでしょうか?
 「広辞苑」では意味として「足の下」「あしもと」「脚下にひれふす」と書いてあります。「あしもと」と読ますなら「足下」「足元」「足許」でないと。
 どう読ますのかなと気になります。
 これまた、気にいらなければ、ばっさりと削除なさってください。湖風

★★★  青柳仁  2016年10月02日 00:50

 湖風さん、
 重ねての交心感謝します。
 その上、俳句にもならぬ575言葉あそびに添削ご指導までいただきありがとうございます。忙しい身の貴重なお時間を割いていただいて心傷みます。
 文芸の素養もなく、無才不作法、自堕落に余命を楽しませてもらっています。学生の頃までは好奇心旺盛で、文芸の道も夢のうちの一つでしたけれど、記憶力も集中力もないことを思い知り、断念、わが身にあったあそび心のひとつで自足しています。
 当時ドロップアウトのスタンスが流行っていましたので、ぼくも真似して表街道から落ち零れてしまいました。落ち零れスタンスのままで、自分なりのわがままを押し通して、気がついたら半生を終了していました。歌の文句じゃないけれど、振り返っても、ただ風が吹いているだけ・・・
 残る余生も、風の吹くままを命の手綱に、極楽とんぼをあそんで往生・・・と念っています。

 友が亡くなって、見えるものをどう見るかが、見えないものをどう見るかに、意識が変容していくのを感じています。学生時代以来、不思議な縁で、年二度の一泊の旅をつづけて50年を迎えようとしていました。学生時代、気がつけば地下の喫茶で煙草を吹かしていた気分で、50年一泊の旅に隠ってきたのでした。この夏の旅は、6人だったのに、5人の旅になっていました。けれど話題はどうしても亡くなった友のことに戻ってしまいます。いなくなってはじめて、友の内面に入り込んでいくのでした。それは友との新しい巡り合いになっていくのです。今まで語られなかった、あるいは見えていなかったものが、語られ、見えてくるのです。透明人間になって、夏の旅に参加しているような念がみんなの中で共有されていくのを感じます。
 その出会いの再生を言葉あそび575でスケッチして楽しもうと念っています。
 亡くなった友のスケッチは、真似をすれば、<風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です>という言葉あそびです。

 月に観ん青い照明月見草   旅仁
 浮かび上がりて降りてくる友

 俳句は観念の説明ではない、といわれますので、ぼくの575は俳句の舞台には昇れません。ぼくは観念の言葉あそびを楽しませてもらっています。575は調子がいいので、言葉あそびには重宝なんです。

 脚下に友の灯明鹿の声 の「脚下」は、やはり真似観念あそびですが、「看脚下」を真似して、読みは「あしもとに」と5音で読んでもらいたいと念います。大切なものはいつでも脚下に在るんだよ、大切な友はいつでも脚下にいてぼくを見守り、ぼくの道標を照らしだしてくれている、と言葉あそびしました。夜鳴く鹿の声を聞いたことがないというぼくの言葉を覚えていて、友は求菩提山で遊んだ後、椎田の谷の奥の暗い暗い林道を登りつめた所にあるロッジに宿をとって、ここで鹿の鳴き声を聞くことができるよ、と教えてくれました。耳をすまして待つと、鹿の鳴き声を聞くことができました。その友が亡くなったのですが、日が経つにつれて、その存在が大きくなっていくのを感じています。

 聞き耳を立てれば聞こゆ鹿の声   旅仁
 友に誘われネアンの旅路

 ご教示感謝します。
 俳句の王道を歩けず、やっぱり外道の観念あそび575で、友の再生を楽しませてもらいます。
 笑って、ご寛容ください。

☆☆☆  湖風さん  2016年10月02日 07:42

 旅仁さん、おはようございます^-^
 
 聞き耳を立てれば聞こゆ鹿の声   旅仁

 この句は素晴らしい俳句ですね。俳句一句、どこを切り取っても具象的で読む人の心の中に、す~~っと入ってきますね。
 亡くなられた方も、これだけの思いで俳句詠んで戴ければきっとあの世で喜んで居ることでしょう。
 やがてはお友達の所に逝く身なのです。
 それまで、大いに、「言葉遊び」を楽しんでください。
 俳句は所詮ことば遊びなのですから。お友達に合掌・・湖風 

★★★  青柳仁  2016年10月03日 23:18

 湖風さん、
 お心配りとご寛容のこころに重ねて感謝します。
 > 聞き耳を立てれば聞こゆ鹿の声 への賛意もいただき、ぼくの言葉あそびを笑ってご寛容くださる俳人さんにめぐり会えてHappyです。
 俳句の心にも季語のこころにも、作法や意味の深さなど、知らない世界、感じとれない心を学ばせてもらって、感動が溢れるような余生を味あわせてもらっています。
 なによりも無邪気に言葉あそびに熱中させてもらえることがいちばん嬉しく念います。
 ありがとうございます。

 時空超え人つなぎたる鹿の声   仁
 言葉の宿すいのちとこころ

☆☆☆  研人さん   2016年10月01日 12:28


 遊仁さんは友を偲び
〈鹿の声友も交えて今一度〉

 鴎外は当時の世相に慷慨して
 〈踊る影障子にうつり三味線の鳴る家の外に鹿ぞ啼くなる)と詠む

 八一は夜の奈良の街に鹿の鳴き声を聞いて
 〈かすがの の よ を さむみ か も さをしか の まち の ちまた を なき わたり ゆく〉

 鹿の鳴き声にそれぞれの思いを託しています。
 鹿はどう鳴くのか・・・芭蕉は「ぴいと啼尻声悲し夜の鹿」

 旅仁さんが聴いた鹿の鳴き声は?

☆☆☆  青柳仁  2016年10月03日 21:43

 研人さん、
 いつもご教示と啓発ありがとうございます。
 鴎外さん八一さん、そして翁と大御所さんたちの鹿の声に人の思いの陰翳が交叉して人生模様が織り込まれていくような気がしてきます。
 鄙隠り凡愚仁の及びもつかない深い世界ですけれど、小さな世界にも小さいなりの人間模様が、それぞれに、明滅しているのを感じます。
 友に連れて行ってもらったところは、それはそれはおどろおどろしたところで、後にぼくらは「注文の多い料理店」とそのロッジを呼ぶようになっていました。
 其の夜も、泊まり客はぼくらだけで、雨模様でしたけれど、静かに更けて行きました。夕食後に、静けさも静まりかえった中で、遠くで、心細いような、ピィー~ッという鳴き声を聞きました。間を置いて三回ほど鳴きました。
ぼくの聞いた鹿の声は、想像していたような牝恋いの切ない情は感じさせない、哀しい響きのものでした。芭蕉さんの「尻声悲し」の情感がまだよくわかりませんが、あえていうなら「存在の哀しみ」のような感じです。
 ぼくの人を恋うるこころは、パッションの共有ではなく、あわれの共振のようなものですけれど、鹿の鳴き声にもあわれを感じるようになっているのかもしれません。

 あわれわれ鹿なるひとにつのる恋   旅仁
 失いし日々蘇る時

 再録 終わり

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 甦る季を踊らん朱い夏

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 > 良寛歌谷1212 いざ歌へ我立ち舞はむひさかたの今宵の月にい寝ねらるべしや > 良寛歌谷1214 風は清月はさやけしいざともに おどり明かさむ 老の名残りに

 美しい月を見て、じっとしておれない良寛さんがいた。
 晩年の良寛さんは木村家に寄寓して、死病となる直腸癌を患っていた。良寛さんは死を前にしても、普段の自分を鼓舞して、村の人びとと暮らしを共にし、悲しみも喜びもいっしょに分かち合うスタンスを失うことはなかった。
 真似良寛さんの道標のひとつである。

 甦る季を踊らん朱い夏   仁
 青のまんまにはだか魂


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『 脚下に友の灯明鹿の声 』青のくさみ575交心rq3004

2016-09-30 21:28:31 | 青のくさみ

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 脚下に友の灯明鹿の声

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> 山里の灯点しごろや鹿の声   路人


 自ずと鳴ける鹿うらやまし   仁



 鹿の鳴く里山の風情、好いですね。
 散歩で鹿の声を聞ける!

 友に誘われて泊まったロッジで、鹿の声を聞きました。
 そのとき、はじめて聞いたことを想い出します。
 もういちど、聞きに行きたいけれど、その友は、もう居なくなりました。



 追憶の友蘇る鹿の声   仁


 光陰消えて時の止まりぬ





☆☆☆ 路人さんの『 俳句 野分過ぎ鹿の初鳴き 』 への交心です。 ★★★
 



 鹿の声友も交えて今一度   仁


 青きままにて集える一夜



 予期せぬことだったけれど、友は、独りで、さっさと、逝ってしまった。
 友の非在は、やがて来るぼく自身の非在を知らしめる。ぼくはぼく自身の非在を、ぼくの内部に、大きく抱え込むことになる。



 脚下に友の灯明鹿の声   仁


 月も出ぬ夜の宵待ち草よ






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『 返り花知音の友も蘇れ 』青のくさみ575交心rq1701

2016-09-19 23:18:45 | 青のくさみ
 
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 返り花知音の友も蘇れ

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 これは、また、生きのいい山梔子の花ですね。
 季節外れの今時に、これほど鮮烈に咲くものなのですね!


 ひょっとすると、人生にも、こんな鮮烈な生があるのかもしれない、と私かに夢を見たくなってしまいます。



 宅島さんは、「理想に燃えたまま」行ってしまいましたけれど、恋人のこころに復活し、また、『遺稿』を読んだ人の中に蘇っていくのでしょうね・・・
 言葉はただの記号でもなく、意匠でもなく、命に咲く花なのかもしれません。


 どんな世の中であろうとも、念ずれば、命の花を咲かせることができる。
 命の花は、人間の希望ですね。





 返り花知音の友も蘇れ   仁


 こころにきみの部屋空けている




 以上、
☆☆☆ 研人さんの『 蕨散歩 ―くちなしの花― 』 への交心です。 ★★★
 





 > 『俺は変人だったかも知れない。ただ俺が君やみんなに対して示した、優しさのみしかもたぬ奴だと考えないでくれ。俺のただ一つの理想に対して、俺の心は不断に燃えていることを記憶してくれ。
 唯一の理想 ――― それは自由に対するものである。』   。。。宅島徳光海軍飛行予備中尉『遺稿集』



 研人さんに紹介してもらった宅島さんの言葉です。
 ぼくをおいて逝ってしまった友のことが重なってきます。
 学生時代より50年の間、心友としてつき合ってきて、何を語らなくてもわかり合えてきた友という念いで、個人的なことは何ひとつ語り合ってこなかったことに、今さらながら気がつかされます。
 語り合ってきたとしても、どこまで心の根っこに秘められた本音あるいは本願が、伝わり、理解し合えたものか、念いの及ばない自分に、またしても怯んでしまいそうになる。
 残された5人の仲間との親和の内実も、逃避の自遊時空だったのだろうか・・・その自遊時空をネアンの旅と呼んで、しばし寛ぎ、和みあった50年が確かにあった・・・

 仲間の一人は、友の生きた証を残そうと友の遺稿の編集をはじめた。
 ぼくは病んだとき、死に備える心について考えるようになった。幼少の頃から、死は友だちのようなものだったから、余りにも馴染みすぎて、なるようになるしかないと想うしかなかった。仕事に熱中して、今ここに燃焼して、あっという間に半生が過ぎ、リタイアしたときは、空っぽの身で、有り余った時間だけが残された。
 余生の楽しみ方を覚えはじめたときに、病気に絡め取られてしまい、忘れていた死と、本気で、友だちになろうと念った。
 そして偶然、良寛さんに巡り逢い、やがて一休さんに出会い、言葉あそびで死を手繰り寄せ、死を友だちにしていった。
 死が脳に取り憑いたときも、死を友にしていたので、病を楽しんで、死から見放されてしまった。その時、拾い読みしていた『病床六尺』を真似て、自分の病床日記をつけてみたが、主治医さんや看護士さんとの言葉あそびしか記録していない。
 友が病床にあったとき、ぼくは思いきって、友に頼んだ。
 「ぼくにきみの『病床六尺』を書いてくれないか・・・」
 友は微笑んだだけだった。
 後で知ったことだが、実際、友には、そんなあそびの余裕はなかった。生涯現役の彼には師無ければならない仕事と、病後の生の整理に追われていたのだった。それはぼくには背負いきれないほどの重荷だった。
 今さらに、友が、昭和の時代をどんな念いで生き抜いてきたのか、自分の念いとどう重なるのか、問うてみようと念いはじめている。




 聞きたきこと知りたきことや星しぐれ   仁


 どの星たどればきみに会えるか




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