好奇心全開!!林住期を遊ぶ

 林住期も下り坂に突入して、やっと命の不思議に目覚めたようね感じです。
 玄牝の門を敲きます。

いつもすばらしい笑顔だったんだ     by 紘樹

2005-02-10 11:08:39 | コラム記事
 この作文を見て衝撃を受けました。こんな紙切れがこんなに迫力があり、こんなに気持ちがこもっているものとは思いませんでした。
 これを読んでいるとき何度も鳥肌が立ちました。それだけの迫力があったからです。2回も読んでしまいました。こんなに心を動かされたのは初めてでした。 
 病気と一生懸命たたかていた瞳さんは本当に素晴らしい人だと思います。テレビでこんなことがあっていました。「生きている間で、笑っている時間はみんな同じだけある」と・・・。だから瞳さんは13歳という命だったけど、いつもすばらしい笑顔だったんだ、と思います。
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私は小さい頃手術受けたことがある     by 耶亜真

2005-02-10 09:18:49 | コラム記事
 猿渡瞳さんのコラムを読んで、この人はスゴイって思った。読んでて、そうだなって思った。読んでて涙が目からこぼれそうになった。『生きていける』ことがあたりまえすぎて、そのありがたさに気づかない。余命~年えいわれたら、やっぱ、人生観とか性格とか変わりそう。
 私は小さい頃手術受けたことがある。心臓病の。0歳の頃のことだから覚えていないけど、生きててよかったって思った。本当に思う。今も病院行ってて、面倒くさいって思う。でも、だから、『生きたくても生きられなかった』『生きようと病気と闘っている』そんな言葉が心にくる。誰もがいつ死ぬかわからない。でも病気とかじゃなくて、事故とかだから、自分の死を身近に感じれない。『生きたくても生きられなかった』『生きようと病気と闘っている』の人びとのためにも、自分らしくってよくわからないけれど、そんな風に生きていきたいって思う。余命~年っていわれても、“ひきこもり”とかじゃなくて、『生きたくても生きられなかった』『生きようと病気と闘っている』みたいに思えたらいいなって思う。『生きたくても生きられなかった』『生きようと病気と闘っている』っていわれている人もそうじゃない人も。
 『生きたくても生きられなかった』『生きようと病気と闘っている』みたいに思える人にもっといてほしい、生きてほしいって思った。どうして殺人を犯すような人が生きて、瞳さんのような人が生きれないのだろう。殺人犯の人たちとかに瞳さんのコラムを読んでほしいと思う。本当に“命”っていうものをわかっている人たちが増えてほしい。いい人とかは死んで、人の命とを奪う人(しかも反省していない人)が生きてるんだろうってよく思う。今の小学生はゲームのしすぎとかで、『人は死んでも生き返る』って思ってる。その事実を知って「バカだな」っても思うけど、それと同時に「こわい」っても思った。本当に学力低下だって思う。しかも一番大事なことがわかってない。何よりも“生命”が大切なのに・・・。命は一度失ったらもどらないなんて、別に習わなくてもわかるはずのことなはずなのに、って思う。お母さんは、「今はおばあちゃんとかと暮らさないからわかんないのかもね。お葬式とかに出たりしないんだろうね」っていっていた。あーあ、そうなんだろうなって思った。私もそうやって(葬式とか)知ったかもしれない。よくわからんけどね・・・。小さい頃お葬式に出たことがあるけど、、覚えてるのはこわい、変な感じ(ふんいき)って思った。その時はなんだったのかわからなかった。でもあとでわかった。もう少し大きくなってから。たぶんその時「死」というものがわかったと思う。言葉だけで言われてもきっとわからないと思う。だから、そういう体験してほしい(別に死んでほしいわけじゃなくて)おばあちゃんとか知り合いのお葬式には出てほしい。わかってほしい。本当に“命は大事なんだ”っていうのをわかってほしいから。
 誰にも命を奪う権利なんてない。奪わないでほしい。
 誰もが自由に生きれる世界にしたい、なってほしいて、よく思う。
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“きちんと前を見て進もう”    湖那美

2005-02-08 16:48:55 | コラム記事
 僕は何度も死にたいって思うことがある。“つらい”ってだけでそう思ってしまう。
 でも僕は大好きな人に何度も救ってもらっている。その人とは先月はじめて会った。その人はいつも笑顔で僕を救ってくれる。その人の歌声は僕をいつも励ましてくれる。その人のおかげで“きちんと前を見て進もう”と思わされている。
 “死”なんて簡単に口にしちゃいけない。言葉は言霊が宿っている。口にしたことは本当になってしまうから。
 命があれば何でも体験する。つらいことも、楽しいことも。ーーーそれが生きてるっていう証。きちんと感情が生きてるっていう証。
 命大切にしよう。今つらいことがあったって、きっと未来、いいことがある。だから、自分の命を奪ったりするのは絶対やめよう・・・。 
 僕は絶対にしない。何があっても、命を大切にする。
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「命さえあれば、必ず、前に進んでいけるはず」  by 未那絵

2005-02-08 11:03:10 | コラム記事
 このまだ中学2年の女の子の作文にとても考えさせられました。
 私たち健康な人たちにとって「幸せ」とはお金や地位や名誉を考えると思います。自分たちが、今、健康だから、病気になって命の危険が迫るなんて考えもしないからです。私たちが普段友達や家族や彼氏と元気にすごすことも命の危険がある人たちから見たらどんなに幸せなことか考えもしませんでした。なぜ、自らの命を絶つ人はたくさんいるのに、病気でも「負けずに生き続けたい」と思う人たちが重い病気にならなければならないか、とても悲しくなります。
 けど、瞳さんも自分が病気になったからこそ命は尊いものだと身をもって知ったんだと思います。
 「たとえどんなに困難な壁にぶっつかって悩んだり、苦しんだりしたとしても、命さえあれば、必ず、前に進んでいけるはず」。この言葉が、私はとても心に残っています。本当にそうだと思います。インターネット自殺など、命を粗末にする人たちがたくさんいます。その人達は人生の困難な壁にぶっつかったりしたのかもしれませんが、困難であれば困難なほど、あとから来る幸せはより大きなものに感じられるはずです。
 だから、簡単に命を捨てるなんてことしないで、もう少しでもいいからがんばって、生きる幸せを見つけてほしいです
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本当の幸せって何? 04

2005-01-24 18:11:12 | コラム記事
 どんなに辛くても、朝はくるんですね
 by 飛架里
 今、私は語ってみます。このことは私自身「人」につげようとなかなか思いませんでした。ノートにも書こうか書かないか迷いました。けれど、今、「本当の幸せって何?」の、今のDO IT !で書いてみます。私のことを語ってみます。

 私は3歳の時、「急性骨髄白血病」、「白血病」という菜の病気にかかりました。けれど私は、今、元気にしています。そう、元気になったんです。データーで歴に見るデーターを作ったそうです。身長も伸び、髪も生え、運動もでき、(部活も6年間つづけられ)生活ができるようになったんです。私の好きな料理、バスケもできるんです。
 そう、私の(私と共に)闘病生活を送った人びとは幼いときに亡くなりました。今も覚えています。私はたくさんの愛情と薬と科学(技術)で助かったんです。私の生きたい!という気持ちと共に!
 お母さんに感謝。お父さんに感謝。兄ちゃん、妹ちゃんに感謝。お医者さん、看護婦さんに感謝。友に感謝。
 私はこの世に生かされたんです。亡くなった友の変わりに・・・。今も、一緒に病院にいた友とは続いてます。朝起きること・笑うこと(友達と)・家族、先生に何か言われ、ムカッ(悲しい)とくること、など全てが全てがたくさんの人のおかげで・・・その今はすごいことなんです。「今生きていることということ・・・、」この瞳さんの考えと同じだけど、コレ!なんです。本当に思うんです。この「今」があること。けど、このことはわかりにくく、私も今は思っているけど、すぐ忘れる《かなぁ》。
 「今を大切にすること」、これが私の幸せだと思います。
 悩んで、悩んで、どうしようもないことも、悩めることがステキなんです。

 私は、今、生きています。幼い頃の病気に勝ち、こんなに普通に生活できる私は、まれにない、すごいことなんだ(病気とで)と医者も親も(家族)言ってくれる。
 幸せ???それは「今、生きれること」。
 どんなに辛くても、朝はくるんですね。

 瞳さんの『命を見つめて』 へどうぞ!
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目に見えるものに対する幸せ」しか感じれんくなっとる

2005-01-21 23:54:11 | コラム記事
 本当の幸せは≪ココにいられる≫ってゆうことなのかもしれん。
 瞳さんの「生きたくても生きられなかった」という言葉が強く残ったし、「あたしって今何してるんだろ?」って思った。あたしはすぐ「幸せになりたい」って言う。でも、兄が幸せなのかわからなくて、”物とか目に見えるコト”がないと幸せになれないって思ってしまってた。お金がない、彼氏がいないとか、そんなんですぐ「自分は不幸」ち思って、ずーっとしあわせになりたい、なりたいって言ってきた。でも、本当は、今ココにこうしていられるコトが何よりも、どんなコトよりも幸せっちゃろなぁって思った☆☆
 今、物とかいっぱい溢れているし、何をするにもお金ばっかり・・・だから、≪欲≫が強いうちらは「目に見えるものに対する幸せ」しか感じれんくなっとるのかもしれん。でも、本当は、生きている幸せに気づいていかないといけんと思った。
 今生きているからみんなと話せる。
 生きているから、いろんなことを考えられる。
 生きているからおいしいもの食べれる。
 生きているから、悩める。
 生きているから、人ば好きになれる・・・。
 すべて”生きている”ってこと!!それだけで幸せっち思うけど、今、ココにいられる☆ってコトが大きな、大きな幸せだと思う!!
 みーーーーんな幸せ者☆☆☆

生きるということを学ぶ
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詩人の石垣りんさんが死去 「表札など」でH氏賞

2004-12-26 21:51:56 | コラム記事
 <鍋や釜、表札など日常的な言葉を使い、働く女性の生活意識とヒューマンな社会感覚に根ざした作品を発表した詩人の石垣りん(いしがき・りん)さんが26日午前5時35分、東京都世田谷区の病院で死去した。84歳だった。葬儀は故人の遺志で行わず、後日「さよならの会」を開く。事務局は杉並区和泉3の25の1の童話屋。
 20年、東京・赤坂生まれ。34年に高等小学校を卒業して日本興業銀行に入り、75年の定年まで勤めた。
 戦後は職場の労働組合で文化活動に携わり、組合の壁新聞や機関誌などに精力的に詩を発表して、銀行員詩人と呼ばれた。
 59年、第1詩集「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」を出版。68年に出した第2詩集「表札など」でH氏賞を受けた。
 72年にアンソロジー「石垣りん詩集」で田村俊子賞。79年に「略歴」で地球賞。84年「やさしい言葉」を出した。ほかにエッセー集「ユーモアの鎖国」「夜の太鼓」「詩の中の風景」などがある。00年から02年にかけて絶版だった詩集4冊が相次いで復刊され、詩集としては異例の売れ行きをみせた。教科書にも作品が数多く採用されている。
 今年6月から体調不良で入退院を繰り返していた。
(12/26 20:10) >
 貧しい仁の履歴の中に石垣りんさんがはいっていない。余生に入って履歴の貧しさを悔やんでも仕方がない。履歴はゼロでもマイナスでも今日一日を豊かにハッピーに生きることもできるんだということを知りたいし、創りだしていきたいと思っている。
 『ゼロの豊かさ』なんて詩を創ってみたいものだ。
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