好奇心全開!!遊行期を遊ぶ

 遊行期も今から上り坂、やっと命の不思議に目覚めたような感じです。
 玄牝の門を敲きます。

『 初夢に念えど神女現れず 』

2013-01-25 00:50:55 | 今漢字のはじまりがおもしろい
★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 言葉あそび575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★








★ 言葉あそび575交心v13z012404

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初夢に念えど神女現れず

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 > 金の屏風に墨絵の牡丹中に二人の狂い獅子   


 今日は「折込都々逸」のことを知ったので、遊んでみたくなって、すこし都々逸サーフィンして要領を覚えようと思いましたけれど、この艶は現実の遊び心を潜っていないと一夜で身につくものではありませんね。凡愚鄙籠もり老仁にはその骨法を体得するのは無理みたいです。
 それでも、7775言葉あそびとしては面白そうなので、言葉あそびとして真似都都逸あそびも楽しませてもらいます。


 折込都々逸「きすなく」
 金の力の凄さはないが泣いて甘える狂おしさ   仁


 やっぱり重くれモードは脱皮できませんね・・・


 重くれついでに、語源あそびです。


 「金」は象形文字で、金文では銅などを一定の型に鋳込んだ金属の形を表しています。その形は、レールを切断したその断面を想像してくださいね。
 金文2では、鋳込んだ金属の塊であることをもっとわかりやすく表すために、横に、黒い塊を二つ点として付け加えています。
 <金は金属(金・銀・銅鉄などの鉱物)のことをいったが、古くは銅のことであり、青銅器を作る原料とされ、青銅のことを赤金といった。のちに金は黄金オウゴン・黄金コガネ・金銀の金の意味に使われた。
 中国では戦国時代になってから黄金製の物が多く作られるようになった>と白川静さんの『字解』p147に解説されています。


 戦国時代に金が人生も世界も狂わせる時代に突入したのですね。
 鉄を支配する者が世界を支配する。そして鉄の戦車を駆使したヒッタイト王国が出現しました。倭国の王朝出現も鉄生産力の所有者になっていくようです。祭祀と軍事が支配統治のシステムになっていきます。
 漢字を作りだした中国の最初の殷王朝も祭祀と軍事を大本に漢字を作りだしていったようです。卜占として使われた甲骨文字が後には青銅器に描かれるようになったのでその字を金文と呼んでいます。「金」の字のはじまりに書いた「金文」がそれです。


 現代では祭祀も軍事も「金」が支配する世界になってきているようです。
 国家をも操る闇の金融シンジケートの暗躍が今書店に並んで紹介されていますけれど、ずいぶん古くからこの組織は存在してきているのでしょうね。
 白昼にパレード中の大統領が暗殺される現実が世界の今なんです。



 初夢に念えど神女現れず   仁


 欲の念いに蛇の巻きつく





☆☆☆ 都人さんの『 折込都々逸「はつゆき」 』 への交心です。 ☆☆☆
 





★ 都々逸で交心v13z012402

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果ても見えずに積もる雪路は恋しさゆえのいばら道

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 > 折込都々逸「はつゆき」
 ♪春はもうすぐ つららも溶けて 夢といねむり キタキツネ   都人


折込都々逸というのもあるんですね。
 乃舞師匠から教えてもらった三句をもらうつけ都々逸あそびをたのしませてもらっていましたけれど、「折込都々逸」もおもしろそうです。
 真似させてくださいね。


 > ♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る>北島三郎の「風雪ながれ旅」


 そうなんですね、これも七七七五調なんですね。
 この調子、日常的に馴染んでいるのでしょうね・・・自然と口ずさむようになれたら、心もうきうき、楽しくなりそうです。


 根がねくら者ですので、凡愚老仁の575も7775も重くれですけれど、都々逸の調子と骨と艶を覚えて、重くれ脱皮を今年の目標にしたくなりました。

 よろしくお願いします。


 折込都々逸も教えていただいてありがとうございます。
 さっそくの真似折込都々逸です。


 重くれ折込都々逸「はつこい」
 果ても見えずに積もる雪路は恋しさゆえのいばら道   仁





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 青柳仁リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ つけ句あそび575交心v13z012204『 ふたりゐてうらら蝋梅すむこころ 』 へどうぞ!!! ★★★
 



★★★ 言葉あそび575交心v13z010802『 甦る時を遊ばん初景色 』 へどうぞ!!! ★★★
 



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★


『 蝋梅の香り知足の母たりき 』言葉あそび575交心v13z012302

2013-01-24 00:08:13 | 今漢字のはじまりがおもしろい








★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 言葉あそび575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★ 言葉あそび575交心v13z012302

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蝋梅の香り知足の母たりき

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 もう蝋梅が咲きはじめました。
 以前は友人が正月の飾りに大きな枝を持ってきてくれていたのですけれど、家を新築した時に伐採したそうです。春の魁を呼ぶ楽しみの花だったのですけれどね・・・
 蝋梅は梅の種ではないそうですね。知らないことばっかり・・・

 甲骨文字にも「梅」はあるのだろうか・・・そんなことが今興味を引き回しています。言葉あそびのネタなのでしょうけれど・・・

 白川静さんの『字解』に甲骨文字では載っていませんけれど、篆文で紹介されています。


 「梅」は形声文字で、音符は「每まい」。字はまた「楳ばい」に作り、音符は「某ぼう」で「うめ」のことと説明してあります。
 「某」は篆文2で、「曰えつ」と「木」とを組み合わせた形に作られていて、これは木の枝に「曰えつ(祝詞の入った口サイ)」を着けて神に捧げる象形です。神意を問い謀ハカることを意味しています。
 『説文六上』に<「某」は酸果なり>とありますので、「某」は「謀」の元字ですから、「うめ」を意味しているのですね。
 篆文1では、口サイを持った人が木の傍に立っている憧憬が描かれています。人々が愛でる梅の木を神も愛でているのでしょうね・・・
 道真さんの太宰府天満宮の梅の木にもおみくじがいっぱい結びつけられています。
 人の心は古代も今もちっとも変わっていないのでしょうね・・・
 シラケ世代や「わらっちゃう~」系の若い人たちが本気で神頼みをしているのも微笑ましい光景ですませればいいのですけれど・・・


 梅の花己を恃む心念ず   仁


 憂き世ながらも花は変わらず


 <梅の木は中国原産で、わが国には、奈良時代以前に渡来したといわれ、梅は当時の中国語のままよまれていたのであろう。上に母音をつけて「うめ」という国語にしたのである。平安時代には「むめ」ともよまれていた。中国では梅を観賞する風があり、万葉集には梅の花の美しさをたたえる歌が多い。当時は桜の花よりも梅の花の香りが好まれたのである>   。。。『字解』p554


 「わぁ、きれい。これ、何」と娘さんが聞いたのでしょうか。
 夢呼さんはここぞとばかり、娘さんに蝋梅のお話しを語り聞かせました。子どもに伝えて、知る楽しみと自然の感動を共有したくなる親心が満たされるひとときですね。


 「何?」が知る楽しみのはじまりです。
 そして、「なしかね?」(なぜ?)につづけば、学ぶ喜びのはじまりになります。

 「何」の字にも「人」と「口サイ」が入っています。知ることが祈りのはじまりなのでしょうね。
 そして、知ることが幸せに生きる道筋を開いてくれます。


 蝋梅の香り知足の母たりき   仁


 相見て笑みのほころびにけり





☆☆☆ 夢呼さんの『 ◆コメダ珈琲は居心地がいい!!◆俳句練習帳プラス 』 への交心です。 ☆☆☆
 





★ つけ句あそび575交心v13z012204

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ふたりゐてうらら蝋梅すむこころ

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 > よく喋る娘と歩く春うらら   夢呼


 むすめ泣くときははも泣くなり   仁



 ふたりゐてうらら蝋梅すむこころ   仁


 何はなくとも好日たりし





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★★★ 言葉あそび575交心v13z010201『 踊る手にモロカミ降りよ松飾り 』 へどうぞ!!! ★★★



★★★ 徒然575交心v13z011402『 花もまた苦もまた生と受用せん 』 へどうぞ!!! ★★★
 



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★




言葉あそび575交心v13z012105『 鈴の音の歌謡に躍る草木の芽 』

2013-01-23 00:40:12 | 今漢字のはじまりがおもしろい


★。・。・゜♪゜・。・。★ 言葉あそび575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★





★ 言葉あそび575交心v13z012105

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鈴の音の歌謡に躍る草木の芽

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 吉野ヶ里は背振山の南にありますが、その麓の金竜山には徐福さんの長寿記念館があるんですよ。金竜の村人の協力で不老不死の薬草フロフキ(寒葵)を探し出すことができたという伝説の里です。


 <徐福をして、海に入り、不老長寿の薬を求めさせたが、彼は帰ってきて嘘を言った。「私は海の大神に会いましたが、大神は不老不死の薬は秦王の贈り物が少ないので、見せてはやるが取らせないと言って、東南の蓬莱山に連れて行った。見ると霊芝で宮殿を造り、使者は銅色で竜形、後光がさしていた。そして、童男童女と百工を連れて来るよういわれました。
 秦始皇は喜んで童男童女3000人を遣り、百工を携えていかせたが、徐福は平原広沢を得て、王となって、帰らなかった。>   。。。『史記 淮南衡山列伝』


 徐福さんは日本を蓬莱山として理想の桃源郷を夢観たのでした。
 飛鳥も渡来人の理想郷ですけれど、金竜山と佐賀平野、筑後平野は大陸の人たちには理想郷に思えていたのでしょうね・・・
 卑弥呼さんはその末裔ともいわれているようです。


 冬麗や不知火ゆらぐ普賢岳   仁


 波は穏やか大地は肥沃


 筑後川を挟んで、その東南の方向に凡愚老仁の古里があります。筑後川沿いの徐福像のある昇開橋から佐賀市内まで徐福サイクルロードが走っています。歩け、歩けと医師にいわれている凡愚老仁はよくこの桜並木を歩きに行いきます。


 その先にある吉野ヶ里の主祭殿に祭祀の模様が再現されています。巫女さんが祭器を持って祖霊のお告げを聞いています。
 祭具に鈴も使われたようですね。


 「鈴」は「金偏」と「令」でできています。
 「令」は祭壇の前で深く帽子を被った人が跪いて神のお告げを聞いている姿に書かれています。「領」は「令」+「頁ケツ」ですが、「頁ケツ」は儀礼に参加している人の厳粛な横顔の形です。神のお告げをうなずきながら聞いているので、「領うなずく」意味にもなります。うなずくことから「首うな」や「袖」の意味にもなりました。
 漢字は面白いですね。
 「要」は女の腰骨を意味します。腰の元字です。人間にとって腰=要と首=領はとても大切な部分ですから、物事の大切なことを「要領」といいます。
 また、衣服で最も大切な所は領=衿と袖なので、人々を統率する頭を「領袖」といいます。
 漢字には祈りや習わしや暮らしの知恵が写し撮られているのですね。


 「鈴」にも「令」が着いています。
 鈴の音色は悪い霊を祓う力があると信じられていました。そういえば熊に襲われないように腰に鈴をつけて山に行けといわれていますね。獣も鈴音を恐れているのでしょうね。
 旗や車や馬にも鈴がつけられていました。

 音楽は人を楽しませてくれますが、神も音楽を楽しみました。岩戸隠れをした天照さんは、歌え踊れの笑いの饗宴に釣られて岩戸から出ることになりました。楽しむことは生きる力なのでしょう。
 この「楽」の旧字は「樂」です。「幺ヨウ(糸の上の部分)」と「白」と「木」でできています。「幺ヨウ(糸の上の部分)」は糸で、「木」は鈴を握る柄の部分でしょうか。「白」が鈴を表しているのだろうといわれています。
 けれど、古代文字には「白」がないそうです。「幺ヨウ(糸の上の部分)」の糸に鈴が結ばれていたのでしょうか。榊のような枝に糸で鈴を結んで振っていたのかもしれませんね・・・


 <古代中国の巫女(みこ)さんはこの柄のある手鈴「楽」を鳴らして、神様を呼び、楽しませたのです。またこの「楽」を鳴らして、病気の人の病魔(びょうま)を祓いました。(共同通信編集委員 小山鉄郎)>


☆☆☆ 漢字物語0086『 「楽」 柄のある手鈴 』 へどうぞ!!! ☆☆☆
 


 鈴の音の歌謡に躍る草木の芽   仁


 いのちシンクロ心ほぐるる





★★★ フォト575『 冬麗ら魂魄帰る吉野ヶ里 』 へのコメントです。 ★★★
 





★ 言葉あそび575交心v13z012103

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巫女の振る鈴の音背振の嶺の雪

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 雲人さん、富呼さん、交心ありがとうございます。


 吉野ヶ里遺跡は散策にはもってこいのいい所です。
 ベンチに腰掛けて日なたぼっこを楽しむのもいいですし、歩いて現代を忘れるのも寛げます。
 卑弥呼さんのロマン時空を遊泳できたら、言葉あそびのいい舞台になるのですけれど・・・


 今、朝カルの『邪馬台国』講座に参加しています。やっとロマンの入り口に立った所ですけれど、卑弥呼さんに入るよりも、白川漢字学の導入の方に好奇心が全開してしまって、卑弥呼さんロマンにまで行き着かないようです。
 もうすこしすると、この広い大地が弥生の人々の暮らしを映し出してくれて、凡愚老仁をいろいろのドラマに巻き込んでくれるようになるでしょう。
 楽しみです。


 巫女の振る鈴の音背振の嶺の雪   仁


 木魂にカミの渡り来る観ゆ





★。・。・゜♪゜・。・。★ 青柳仁リンク ★。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 徒然575交心v13z011701『 月下香妖しき品に傾きぬ 』 へどうぞ!!! ★★★



★★★ 『 今日の出来事、雑談、交流広場 13年01月20日 』   ☆☆☆   昔ながらの正月楽しむ - 大和郡山のふたば保育園 へどうぞ!!! ★★★
 


★★★ 言葉あそび575交心v13z011403『 笑うごと花咲くごとく散りたかり 』 へどうぞ!!! ★★★
 



★。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★





言葉あそび575交心v13z011704『 香魂の降り来て香夢見せたまえ 』

2013-01-17 20:48:39 | 今漢字のはじまりがおもしろい

★。・。・゜♪゜・。・。★ 言葉あそび575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★





★ 言葉あそび575交心v13z011704

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香魂の降り来て香夢見せたまえ

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 月下香を凡愚老仁はまだ見たことがありませんが、美しい言葉ですね。
 月下美人も夢幻を誘いますけれど、月下香、どんな香りを漂わせてくれるのでしょうね。
水仙のような白い花を咲かせて、甘い芳香を放つそうです。夜にその香りが強くなると言います。だからでしょうか、花言葉は、「危険な楽しみ。危険な関係」。
 香りは人の心を惑わせますね・・・


 寒の月寂しさつのる枕香   仁


 媚女添い来たり好き夢観せよ


 「香」は、会意文字で、元の字は、「黍ショ」と「曰エツ」とを組み合わせた形です。
 「曰エツ」は神への祈りの文を入れる器の「口サイ」に「一(祝詞)」が入っている形です。その「曰エツ」の上に黍をかかげ、祝詞を奏して神に祈る意味の字にしたのだろうと白川静さんは解説しています。
 古い書物の『書経』に、<「黍○ショショク(もちきびとうるちきび)」などの芳しい香りは神の心を動かす>とあるそうです。それで神を祭る時には「△酒チョウシュ(香りをつけた酒)」を供えたり、犬を焼いてその臭いを天に昇らせて、神を喜ばせたといいます。
 「香」は、だから、<黍の芳しい香りをすすめて神に祈る字>です。「かおり、か、かおる、におい、よいにおい、かんばしい」の意味となるんです。

 「香魂」「香夢」という言葉も知りました。
 香りを嗜むことは高雅な嗜みとされたので、高雅なものを譬えて香魂(美人の霊魂)といい、香夢(美しい花などの夢)というそうです。
 言葉あそび大好き凡愚老仁はさっそくそのまんま575で交心に使わせてもらいます。


 香魂の降り来て香夢見せたまえ   仁


 やはり鄙には縁なかりしか





☆☆☆ 花人さんの『 思い出探し 』 への交心です。 ☆☆☆
 





★ 徒然575交心v13z011701

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月下香妖しき品に傾きぬ

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 > 傷癒えぬままに危険に誘われ月下香に酔う恋の落武者   花人


 月下香妖しき品に傾きぬ   青柳仁


 凝り性もなき奈落の業火



 雪女郎ほどにくるえる恋あらめくるえる火種未だ亡びず   仁





★。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 言葉あそび575交心v13z011403『 笑うごと花咲くごとく散りたかり 』 へどうぞ!!! ★★★
 


★★★ 言葉遊び575交心v13z010805『 媚女の舞う夢か現か日向ぼこ 』 へどうぞ!!! ★★★
 



★。・。・゜♪゜・。・。★ 青柳仁リンク ★。・。・゜♪゜・。・。★




言葉あそび575交心v13z0110『 甦る時を遊ばん初景色 』

2013-01-10 19:28:56 | 今漢字のはじまりがおもしろい



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 言葉遊び575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





★ 言葉あそび575交心v13z010802

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甦る時を遊ばん初景色

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 舞はずっと無能不器用な凡愚老仁には憧憬の的でした。
 虚弱児童だった凡愚老仁は体を使うことがほとんどなかったんです。ばあちゃんに負んぶされて、ひ弱に生きていました。ひ弱はいじめの対象でもあったのですけれど・・・スポーツが全然できないのもいじめの対象でした。頭ばっかり大きくて、痩せ細っていましたので、体形でもいじめられます。音楽も素養がなくて、歌も楽器も下手のまんまでした。何一つ特技のようなものがなかったんです。けれど、なぜか、小学校4年生くらいから悪童ナンバーワンが友だちになってくれていじめから守られました。中学校は越境入学したのでその友人と離れてしまいましたけれど、凡愚老仁の中学校まで出向いて、守ってくれました。中学校間の勢力抗争は激しかったんですよ。・・・

 ついに音楽も舞も無縁の青春時代を過ごしてきたのでした。
 手も足も体も動かさない習性が身についてしまいました。そして立志に懶くの落ち零れ人生を選んで、それでもほどほどには生き延びてきたようです。
 振り返れば、ただ風が吹いているばかり・・・のネアンの旅をやり過ごしてきた空虚な半生も終わりに近く、けれど、何故か、今さらに、憧憬が湧き出してきて、音楽に憧れ、舞に憬れ、絵も描きたくなり、575も詠みたくなって、あれこれあれこれ好奇心全開になっています。失われた時へ時空移動しはじめたようです。

 好奇心が漢字のはじまりに巡り遇って、自然の不思議に素直に感動を覚えはじめました。手や足の絶妙さにも感動します。手足を使ってのやり直しができるものなら・・・


 甦る時を遊ばん初景色   仁


 まずは身辺り無心に歩く


 いま、こころは、少年時に戻っています。
 指が短くてギターが弾けなかった。息が小さくてハーモニカが吹けなかった。こころは少年に戻って、笛を吹きたがっているんです。心は少年に戻って、山に登りたがっているんです。心は少年に戻って、詩を詩いたがっているんです。・・・

 無心になったら、ハーモニカも吹けたでしょうに。夢中になったら、泳ぐこともできたでしょうに・・・


 若いということは、無心になって、一心不乱に、夢中になれることだったのでしょうね・・・ 夢中になって傾ぶいたら、小唄も唄えたでしょうに。舞も舞えたでしょうに・・・
 こころは、いま、少年に戻って、無心に小唄を真似して唄っています。
 こころは、いま、少年に戻って、夢中に舞を真似して舞っています。
 こころは、いま、少年に戻って、真似する言葉を遊んでいます。
 言葉が、真似する世界の道標なんです。


 初歩きあとり落ち豆群れて食む   仁


 吾が見えずか無害と知るか


 夢中に食むも無心に歩くも我を忘れている姿なのかもしれません。お互いに我を忘れているので、我の姿は見えず、命の相で共振、交感しているのかもしれません。命の共振交感の閾は、もう、カミの閾なのでしょう・・・


 「若」は「艸冠」と「右」でできていますが、元の象形は「艸」で、これは巫女が長髪をなびかせ、両手をあげて舞ながら神に祈り、神託を求めている形です。「艸」をよく見ていると、だんだん両手を振りかざして恍惚と舞っている若い媚女に観えてきます。
 見るは視覚で見ること。観るは心眼で観ることです。
 言葉遊びは心眼で観る遊びですから、観自在の面白さも、自遊さも楽しめるんです。

 ついでながら、「観自在菩薩」さんは、アヴァローキテーシュヴァラ(アヴァ=遠く離れて。ローキタ=心眼で観る。イーシュヴァラ=自在に。)といってその名の通り「自分から遠く離れて、見えないものを、心眼で、自遊に、観る」観音さんのことです。

 地球に降りてきた星の王子さまにきつねさんは、「たいせつなものは目には見えないんだよ」と教えてくれました。砂漠で遭難したパイロットとの巡り愛の中で、星の王子さまは<大切なもの>が観えてきましたので、ばらさんが待つ自分の星へ帰って行きました。


 天に星荒れ地に吾と冬薔薇   仁


 飼い慣らしつつ飼い慣らされつ





★ 言葉あそび575交心v13z010805

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媚女の舞う夢か現か日向ぼこ

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 神の信託を求めて両手を振りかざして恍惚と舞う巫女は無心で、夢中でしょう。我を落として命の閾で舞い耽ります。そんな神託を求めて祈り、舞う巫女に神は乗り移って、神意を伝えるのです。神が乗り移った巫女は恍惚の状態にあります。このエクスタシーにある巫女の姿を意味するのが「「艸」のちの「若」です。

 「艸」を観て、若い媚女の舞うエクスタシーの姿態を幻視できるようになるとはっpyですね。


 卑弥呼さんはもうけっして若くはなかったそうですけれど、・・・
 だから神が乗り移らなくなって、神意をもらえなくなったのでしょうか。政策に失敗したり、戦争に負けたら、責任を取らされて殺されるのが定めです。
 また、国は抗争が激しくなり、その後、卑弥呼さんの宗女「壹與」を13歳で王に立てると国中争いが鎮まり安定したということになっています。


 「右」は神への祈りの文である祝詞を入れる「口サイ」を右手に持っている形です。
 祭詞には祝詞と神託が重要な統治の手段に使われるようになります。
 族長や王がその祝詞と神託を独占支配しました。
 祭詞の時、巫女は右手に祝詞を入れる口サイを持ち、左手に呪具の「工」を持つようになっていました。ここで右手と左手に序列がつけられます。右が左より上になります。
 発展は右肩上がりだし、仕事に失敗すると左遷されます。


 恍惚と舞う巫女さんの想像から、ずいぶんお喋りしてしまいましたけれど、閑愚仁の性、言葉遊び三昧も恍惚境ですから、去りがたい心地です。もうすこし夢心地を遊ばせてくださいね。夢も心の深奥に棲む媚女のはかりごとですけれど、心地好い夢を観させてもらいましょう・・・


 媚女の舞う夢か現か日向ぼこ   仁


 ついにネアンの旅も終わるか



 夢も空。現も空。
 そういってしまえば面白くもないのですけれど、言葉あそびの世界は「空」だから面白くて、夢幻なんです。空即是色の豊穣幽艶時空です。


 乃舞師匠の独り舞が一度見たかった。
 けれど、見ることができなかったから、また、自在な観相を遊ぶこともできるんです。・・・とはいえ、素養のない凡愚老仁には、その観想というのができないのですけれどね。
 できないけれど、言葉は重宝です。遊ぶ力で自己増殖してくれるんですよ。
 言葉が言葉を生んでいくんです。

 凡愚老仁のこの言葉あそびの言葉さんたちも、今まで思ったこともない言葉さんたちの集いです。空から湧いてくるんです。
 言葉の勢いで、乃舞師匠の独り舞も、空から、湧いて、現れるかもしれません。


 念念念狂雲起こせ冬の雷   仁


 地蔵の根まで垂直下降


 我を無化して命の根源まで下降する術を凡愚老仁はまだ見つけ出していないのです。
 お釈迦さんも苦行を捨てて、悟りに到達したのですから、「吾の心」に命の根源は一体化しているのでしょうね・・・


 巫女さんの舞が神を呼び寄せるということは、無心に命を湧出させる舞が、もう、カミなのでしょう。カミになって生きなさい、が神の最大の神託だろうと凡愚老仁は考えています。カミは無なんでしょう。


 「無」という字は、甲骨文字では、舞う人の形です。「舞」の元字だそうです。
 その形は、衣の袖に飾りをつけ、袖をひるがえして舞っている人の姿をしています。後になるほど袖の飾りが複雑なものになっています。
 甲骨文字では「無う(雨と下に号の下の形)ブウ」という雨乞いの祭りの字に使われたそうです。
 
 無がだんだんその音を借りる仮借で、有無の「ない、なし」の意味に使われるようになると、無に「舛セン」(左右の足が外に向かって開く形で、舞う時の足の形を表す)を組み合わせた会意文字の「舞」が「まう、まい、おどる」の意味に使われるようになったそうです。   。。。『字解』舞p599無p653


 稲や穀物の耕作で生きてきた古代人にとって雨は天の恵みですから、天はカミで、その恵みの雨もカミさんです。カミさんの雨が降らなくなったら、雨乞いの舞をしてカミさんを呼び込まなければなりません。舞はカミさんとの交心の術だったのですね。


 初筆に念込め舞と書いてみる   仁


 習い初めたる字の拙さよ


 まだ見ぬ乃舞師匠の独り舞にはどんなカミさんが降りてきたのでしょうね・・・
 乃舞師匠はどんなカミさんを呼び込もうと独り舞を舞ったのでしょうね・・・


 ここから凡愚老仁の乃舞真似都々逸言葉あそびは辿り直しをはじめることになるのでしょうね。


初舞を恵み言葉の技給え   仁


 言葉踊らば命躍らん



 愛しき人と魂交わりを遂げたるぬしのふたり舞   仁





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 都々逸で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★





 花人さんの『 そんな女の世迷言 』を訪問させてもらいました。
 交心させてもらおうとしたら、「※コメントの受け付けは終了しました。 」だそうです。昔は制限無しみたいでしたけれど、維持管理も巨大化すると大変なんでしょうね・・・

 この日記で交心させてもらいます。





☆☆☆ 花人さんの『 そんな女の世迷言 』 への交心です。 ☆☆☆
 





★ 都々逸で交心v13z010707

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独り舞うきみが草場の冬菫

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 > 行方さだめぬ 浮草暮らし
      越えてゆきたい 桶の縁   花人


      越えてゆきたい足枷ほどき
   儚き恋のぬしが墓   仁



 独り舞うきみが草場の冬菫   仁


 独り習いの舞いにて添わん





 





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★



★★★ 徒然575交心v13z010501『 丹頂の初日あつめて独り舞 』 へどうぞ!!! ★★★
 


★★★ 徒然575交心v13z010402『 霜の草踏めば苦さの在りし日々 』 へどうぞ!!! ★★★
 


★★★ 言葉あそび575交心v13z010102『 招福の詞念じて結び松  』 へどうぞ!!! ★★★
 



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言葉あそび575交心w12k122104『 かまくらの一夜かぎりの祈りの灯 』

2012-12-21 23:36:30 | 今漢字のはじまりがおもしろい


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★ 言葉あそび575交心w12k122105

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われに来て情をすすげよ雪女郎

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 かまくらは不思議な発明だとずっと思ってきました。
 いつ頃から、どこの人たちが考えついたものなのでしょうね・・・
 秋田県や新潟県の雪国の小正月伝統行事がはじまりで、「竈」に似ているから「竈鞍」、あるいは神の御座所「神座クラ」が転じたものだと説明されていました。
 秋田諏訪宮の「六郷のカマクラ行事」は約700年の歴史があり、国の重要無形民俗文化財だそうです。子どもたちが水神様を祭る行事だということです。それぞれのところでそれぞれの祭事が行われてきたのですね。
 雪のない筑後ではほんげんぎょうの火祭りを子どもたちが田圃で行いますが、同じ火祭りなのでしょうね。

 もっと古い時代には、人々は雪とどう向かい合っていたのでしょうね。
 筑後にいると部屋温度10度でも寒い寒いと暖を欲しがってしまいます。軟弱ですよね・・・


 「雪」は「雷」や「雲」と同じ語源かと思っていましたけれど、象形文字はそのまんま空から雪片が舞い落ちる形だそうです。<甲骨文字によると、その雪片は羽の形のようにも見え、また小枝などに付着している形のものもある。「ゆき、ゆきふる」の意味となる>ということです。

 「雪」の雨の下の「ヨ」は「手」だと思っていましたから、人が雪片を手で掬っている形を想像していましたけれど、『字解』には「手」の解釈は一言もありません。篆文でもあきらかに右手の形の「ヨ」になっているのですけれどね・・・
 古代人も雪には難儀したでしょうけれど、それだけにその雪を手で掬った時に、「美しい」と感じたり、食べて「美味しい」と喜んだり、雪を清々しくも感じていたのだろうと思うのですけれどね・・・

 <刷さつ(はらう、ぬぐう)・拭しょく(ぬぐう)と音が近くて通用し、「すすぐ、ぬぐう」の意味に用い、雪辱(以前受けた辱めをぬぐい去ること)のようにいう>とあります。   。。。『字解』p401


 雪に、やはり、濯ぐ意味があり、心を清めるとか、汚れを落として清清するとかいう意味もこめられていることに、ちょっと、ほっとしました。


 われに来て情をすすげよ雪女郎   仁


 心も雪のすずしさに在れ





★★★ フォト575『 うつくしい命とことばと銀世界 』 への交心です。 ★★★
 





★ 言葉あそび575交心w12k122104

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かまくらの一夜かぎりの祈りの灯

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 > 戯れに  出窓覗けば  銀世界
                  番の仲  雪心   花人


 番の仲の鳥獣たち寄る辺なければ軒に来よ   仁


 花人さん、交心ありがとうございます。
 どこまでなりきり言葉あそびで風土や人情に溶け込めるのかと窘められることばかりですけれど、ちっごの鄙に居ながら、ネット吟行で、どこにでも飛び込んで、なりきり吟行遊びを楽しませてもらっています。
 みなさんの開かれた心に感謝です。


 琥珀さんときららさん、恋人同士のように仲がいいんですよ。けれど雪割草さんの用心棒であり、居候でもある義兄弟なんです。おっとり琥珀さんに無鉄砲きららさん。早朝から雪割草さんを起こして、戯れ遊び。きららさんはお返しにと雪の中からでも蜥蜴やネズミは捕らえてきてくれます。


 せめて塒を奪われた雪夜くらいは、鳥獣さんたちも仲良くなって、塒を分かち合えるようになれればいいのですけれどね・・・


 かまくらの一夜かぎりの祈りの灯   仁


 小さきものの寄り来て継がん


 <雪心>に、争いのない世界を幻想してしまいました。
 閑老仁のつぶやきとご笑殺ください。





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★★★ 言葉あそび575交心w12k121401『 木枯らしや牧場に牛の影もなし 』 へどうぞ!!! ★★★
 

★★★ 優游575交心w12k120708『 相見んと念えど雪の深さかな 』 へどうぞ!!! ★★★
 



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言葉あそび575交心w12k121401『 木枯らしや牧場に牛の影もなし 』

2012-12-20 19:40:32 | 今漢字のはじまりがおもしろい


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★★★ 言葉あそび575交心w12k121001『 雪落ちて森のゆらぎに異界の気 』 への交心です。 ★★★
 





★ 言葉あそび575交心w12k121401

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木枯らしや牧場に牛の影もなし

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 雲人さん、いつも交心ありがとうございます。
 お返し交心が遅くなってしまいました。ご寛容ください。


 「仰天は、アア、カミサマ、と天を仰ぐんです」と天を仰ぐことを仰天と呼びましたけれど、アア、カミサマ、は祈りの姿ですね。カミサマは天にいると殷の時代にはすでにそう信じられていたそうです。
 ひどく吃驚した時に仰天というのですけれど、「驚く」という字は「敬」と「馬」でできています。敬は尊敬の敬ですから、「馬」が「敬う」ことを驚くというんですね。
 馬は従順な家畜で人間に使役されてきました。犬と同じくらい飼い慣らされてきています。酷使しますから鞭で脅していうことをきかせるんです。鞭で酷使されてきたから鞭が怖いんですね。いつもびくびくしています。
 <馬はとくに驚きやすい動物であるから、イマシメられて(注意されて)驚く馬が驚で、「おどろく」という意味を示した>   『字解』p143
 馬はわたしたち民によく似ていますね。
 ニンジンを目の前にぶら下げられると余所目をしないで働くんです。

 「私」という字も「禾のぎへん」=稲作のために「ム部」=鋤を持って耕作させられる農奴を意味していました。王=神に使役されてきたんです。
 「民」は人間らしく生きたいという知恵を持たないように針で目を潰した形です。「見ざる聞かざる言わざる」の状態で酷使するんです。
 鞭が怖いのは馬だけではありませんね・・・
 今も事情はそう変わっていませんね。アメとムチが妖怪のごとく罷り通っています。・・・


 木枯らしや牧場に牛の影もなし   仁


 獣も人も塒に籠もる


 塒は唯一労役から解放された安楽の一休みです。
 でも、知恵を奪われていますから、安楽を貪るだけなのでしょうね・・・
 知恵を持ち合わせていないと遊ぶ力も湧いては来ないようです。
 凡愚老仁は、人間が持てるようになった最高の宝物は遊ぶ力、遊ぶ知恵だと思っているのですけれどね・・・


 尊敬の「敬」はどんな語源を持つのでしょうか?
 「敬」は「ケイ」と「ボク」を組み合わせたもので、甲骨文字は「羊の頭をした人が跪いているいる形」だそうです。羊の頭をした人というのは<牧畜をするチベット系のキョウ人で、犠牲に使うために捕らえられていた。ボクは小枝を持って打つの意味。敬は犠牲としたキョウ(羊の下に「儿部」にんにょう、ひとあし)人の前に神への祈りの文である祝詞を入れる器の口サイを置き、キョウ人を後ろから殴ウって神意を責めイマシ(人偏に敬)めるの意味でとなる。敬は何かを神に祈る呪儀であるから、そのときの神にうやうやしく仕える心を「うやまう」という>(『字解』p167)と解説してあります。

 驚きですけれど、もう既にこの頃からチベット系の人たちは侵略され、奴隷化させられていたんですね。人間の歴史は征服の歴史として、文字化された歴史にははじまっていくんです。
 ウィキペディアによると<中華思想(ちゅうかしそう)は正式名を華夷秩序(かいちつじょ)と言い、黄河の中流域(中原)で発生した極端な選民思想である。即ち、漢民族の内で「人間」扱いされるのは君主のみであり、臣下は「家畜」とまでは行かずとも「奴隷」を自称し、民衆は「民草」の表現通り「雑草」として扱われる。また非漢民族は「禽獣」と「虫けら」扱いとされ、征伐や民族浄化の対象となっている。>といいます。殷の時代にも中夏思想として同じような考えがはじまっていたのですね。
 ルネサンスのヒューマニズムの思想が誕生するまで絶対王政とカトリック教会がヨーロッパを支配します。市民革命にはじまる人権の歴史も帝国主義戦争で中断させられ、その帝国主義戦争の列強の世界戦略はなお強化されて米国覇権主義と復活中華思想の激越な冷戦状態に突入しているようです。軍需産業を支配する闇帝国が崩壊されない限り戦争を回避する道筋は戦争放棄の<平和憲法>の樹立と連帯しかないでしょう。
 個人的には自然法に則り、ガンジーさんの非暴力・不服従とチャップリンさんの反戦のヒューマニズムを道標に主体的な生を貫ける人間になっていくよう念じたいと念います。


 死の灰のこの世を異界に変えゆくか   仁


 銭という魔の跋扈する世に


 生贄のキョウ人を敬いの代行として作られた「敬い」の原義は、今でも、権力用語として使われているので、その異図を読み解ける能力と権力機構に騙されない主体性を培わなければならないことを開示してくれます。
 一休さんの頓知は権力言語に抗って生きる人間の知恵のことでしょうね・・・
 異界がこの世に現れていますけれど、この世はカミの現れる世だと凡愚老仁は念じるようになりました。


 本当に敬うべきは、命在るものを育み、守る天地自然の恵みと調和の大いなる力なのでしょう。その不思議な大いなる力を古代の人も、今の人も、等しく、カミと感じて、畏れ敬いの心を抱いて、祈りもし、請願もしてきたのでしょう。
 カミは自然の一つ一つであり、天地宇宙の総体であり、命と添い合って存在する何か、命の大本であるような何か大いなる力なのでしょう。


 降る雪や天に日月地に命   仁


 祈る心にカミ現れる


 交心の言葉によって、白川漢字の『字解』を読んで、言葉の始まりの好奇心を満たさせてもらっています。その上また一茶さんのカミに巡り遇いましたので、命令の神ではない、寄り添いのカミさんを、凡庸のちっご平野に探す楽しみも見つけました。
 お喋りがすぎましたけれど、雲人さんの寛容の心に寄りかからせてくださいね。

 ありがとうございます。



※ キョウ人=キョウは「羊部」の下に「儿部」(にんにょう、ひとあし)」の形。羊の頭をした人で、牧畜をするチベット系のキョウ人。犠牲に使うために捕らえられていた。

 ※ イマシめる=「人部」(にんべん)に「敬」。意味は戒める、縛める、誡める、警めるに同じ。「攴ボク部」(ぼくづくり、ぼくにょう)や「戈ホコ部」(ほこ、ほこづくり)で脅され、従順になる。





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★★★ 言葉あそび575交心w12k121303『 凍星やひとつひとつの星に薔薇 』 へどうぞ!!! ★★★
 


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