好奇心全開!!林住期を遊ぶ

 林住期も下り坂に突入して、やっと命の不思議に目覚めたようね感じです。
 玄牝の門を敲きます。

『 春の川ころさせないとただ念ず 』平和の砦575rz1203

2016-01-12 22:16:38 | 歴史雑話

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★ 平和の砦575rz1203

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春の川ころさせないとただ念ず

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 まだ、良識は生きている!
 この良識の声を挙げつづける人がいることに、ほっとする。


 しかし、また、その良識の声を挙げなくなった人が、現役人の中に、一杯増えてきていることに、暗い気持ちに落ち込んでしまいそうになる。

 今さらながら、自分の無知無能が悔しい。

 悔やんでもはじまらない。


 無知のままでも、良心の声は聞こえる。良心の声は挙げることができる。

 <戦争は人殺しだ>
 どんな理屈を前にしても、<戦争は人殺しだ>


 ぼくの一念は、どんな戦争も認めない。

 人を殺さない。
 人を殺させない。


 そう生きる。





 春の川ころさせないとただ念ず   仁


 明日があれば明日も念ず






☆☆☆ 朝日新聞sm01『 「権力の怖さを一番実感した時?それは今」 古賀誠さん 』 への交心です。 ★★★
 





 >  安保法制も、党内議論が浅くて深掘りできていないから、国民のみなさんがおわかりにならないのも当たり前です。大事な法律ほど、党内議論で「ここが変わる、ここは変えちゃいけない」とみなさんがわかるような議論をして、理解を深めていくのが責任なのに。政府と党はチェックとバランスの関係を常に保っていないといけない。それができなければ、一方的な権力の行使になってしまう。そうなってはいないという人がいますけど、今、なっていますよね。   。。。古賀誠





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★★★ TAO交心sk2502『 冬の月弱者和める世を照らせ 』 へどうぞ!!! ★★★
 



★★★ 余命をあそぶ交心001ss21『 死に支度 』 へどうぞ!!! ★★★
 




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みな神の縄文より吹く彼岸の風

2009-03-21 19:19:15 | 歴史雑話


★ 交心俳句31802

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みな神の縄文より吹く彼岸の風

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 死と生の世界がつながり合い、往来できるという考えは、楽しくていいですね。

 棺を踏みならして、起きろ、起きろ、ですか。
 おもしろいですね。

 熊送りというのがアイヌにはあるんですね。
 いつか、また、お話しお聞かせくださいね。

 送り人がいて、
 迎え人がいて、

 今でも、心の中では、あの世とこの世は、つながっていて、
 往来していますよね。

 心の中のリアルな感受性は
 大切にしないといけませんね。

 けれど、人民を支配、搾取する者は、
 死者の世界も支配しなければならないんでしょうね。
 死が、醜いものになり、
 穢れになって、
 差別されていくのは、
 古事記からですか?。


 千の風になって
 大空を吹きわたっている人たちがいるという発想もいいですよね。


 あるとき、
 ふと気がつけば、
 菩薩になっていた。

 その気づきは、
 生死の結界を消しますね。
 不生不滅。

 花も虫も人も、みな、神。
 いいですね。



 みな神の縄文より吹く彼岸の風





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★★★ 『 春分や創造の風起こし玉へ 』 ★ 交心俳句31801
♪♪♪ 



★★★ 『 時の宝を悠々活きませ水芭蕉 』 ★ 交心俳句31703





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それがコロンブスにあって、私にないもの   by 波子

2006-05-30 13:50:13 | 歴史雑話
それがコロンブスにあって、私にないもの
by 波子


 この前の授業で、仁からコロンブスが卵を立てた話を聞いて、私達は思いこみが激しくて、言葉に囚われすぎているんじゃないかと思った。私は仁から「卵を立ててください」と言われて、「立てれるわけないじゃん」って思った。「卵は底が丸いから無理じゃん」って思った。けど、「底が丸いから立たない」じゃなくて、「丸いなら平にすればいい」「殻だけなら割っても大丈夫」っていうすこしの知識とすこしの考えで、コロンブスは卵を立てれたんだ。でも、その少しの力をつけるのは結構大変なことだと思う。
 私には好奇心が全然なくて発見がない。これはスゴク悲しいことだと思う。コロンブスは地球は丸いんじゃないかって思った時、他の人に反対されても、なんとしても海の上を通ってインドに行こうとした。もし私がコロンブスだったら、反対された時点で、行くことを止めていたと思う。それがコロンブスにあって、私にないもので、もっと好奇心があったら、もっともっと楽しくなると思う。平凡な毎日、同じような毎日。勉強も、もっと楽しくなるかもしれないって思う。
 私は歴史の勉強なんか大嫌いだった。昔を振り返って、人物名とか、出来事とか、たくさんの知識を覚えさせられて、テストされて、何も面白くなかった。でも、3年になって、仁から世界史を習うようになって、歴史ってこんなに面白かったんだ、って気づいた。仁は教科書に載っていないことをたくさん教えてくれるから、昔のことも知りつつ、楽しく勉強出来る。歴史は自分に足りないものを教えてくれる。だから、面白いなぁ、って。
 昔があったから、今がある。もしコロンブスとかそういう人たちが誰も地球が丸いことに気づかずに、時間だけが過ぎていたら、今、私達も、地球は平で、端に行ったら落ちてしまうとか思ってたんだろうなと思うと、スゴクおかしい。歴史は自分に足りないものに気づくためのもの。同じ過ちをくり返さないようにして、よいことは取り入れていくためのものだと思う。
 もし、誰一人歴史を知ろうとしなかったら、きいとまた、戦争が起こって、人が死んでしまうんじゃないかと思う。だから、もっともっとたくさん、いろんなことを知っておかないとダメなんだね。


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秋風や天衣の踊る麻布菩薩

2005-10-23 12:30:32 | 歴史雑話
 九州国立博物館に行ってきました。
 縄文仁にとってのワクワクランドが出来たのでした。第1回目の訪問です。

 ガラス張りの巨大な建造物が空と森を映し出す不思議の世界です。
 その外に古代船「海王」が飾ってありました。



 9時半入館前に、もう、想像の世界を彷徨してしまっているのでした。

 
秋風や天衣の踊る麻布菩薩


 麻布菩薩さんです。
 仁はすっかり魅了されてしまいました。何度でもお会いしたくなる菩薩さんです。

 もう一つ驚いたのは、崇久寺の開山南山士雲さんの楠の一木像です。
 崇久寺は仁のうちの裏にあるお寺さんで、仁のうちのお墓はここにあるんです。禅宗は臨済宗のお寺です。経緯を和尚さんに尋ねてみることにします。


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一念発起のただの仇討ち

2005-02-07 13:26:39 | 歴史雑話
 非業の英雄誕生には運命的ないくつもの出会いが要請される。ナポレオンならぬ日本人好み英雄待望論は古来人びとの夢の中に育まれてきただろう。美化と超人的能力、悲恋と悲劇が構成要素である。21歳までの義経伝説は人びとの願望の結晶として紡ぎ出されていく。ついに「判官贔屓」という類型化まで形成される。
 「昼間は終日、師の前で経を読み、書を学び、夜は仏の灯明が消えるまで読書するほど、学問に打ち込んだ。このまま20歳位まで専心するならば、鞍馬の仏法を継承し、仏教界の宝にもなるべき逸材だと期待されたが、如何なる天魔の仕業か、15歳の秋頃から、ぶっつり学問を放擲してしまった。 (『義経記』)」
 16歳の一念発起が武闘至上主義だったとすれば、英雄は誕生しない。けれど、
 「昼間は学問をしたが、夜は終夜武芸の稽古に励み、僧正ヶ谷で天狗に毎夜兵法を習った。されば、早足、飛び越しなど、人間業とは思えなかった (『平家物語』)」早足、飛び越しの超人牛若丸が空想される。「十二、三ばかりの幼き者、小太刀にて斬って廻り候は、さながら蝶鳥の如く(『橋弁慶』)」変幻自在の遮那王が拍手喝采を浴びるのだ。
 大河ドラマの京の五条大橋の場面はいかにも娯楽映画で桜吹雪の中を蝶鳥のように舞い上がり、天狗のように回転し、弁慶の薙刀にひらりと飛び乗るのだ。最後は弁慶の泣き所を払われて「あいたたた」と泣く弁慶まで仕上げてしまう。まるでマツケンサンバ風サービス過剰の大騒ぎ。大衆を愚弄する政治謀略の陰りさえ見え隠れする。竜馬はデモクラシーの伝道者であったが、義経は「自民党が倒れるか、小泉が倒れるか」と嘯く人民侮蔑の道化師みたいに見えてくる。
 時代的には、武家政権の樹立というダイナミックな潮流の中で、義経はその時代を切り開くというスタンスもビジョンも持ち合わせていなかった。平家打倒の時代的政治戦略が欠如していたのだ。

 とはいえ、一念発起の武闘鍛錬は過酷を極めたものであったろう。昨年の武蔵も小次郎も結構おもしろく、リアルに描かれていた。クリエイティブなスタンスが伝わってくるのだ。義経に武術を伝授したのが鞍馬山の天狗だという設定が義経らしさだというべきだろうが、義経の忍者的な武闘訓練だとしても、もっとクリエイティブな表現方法があったのではないか・・・。20歳以前の不明な経歴故に想像力によって義経英雄像が描き出され、増殖させられていく。白土三平の『忍者武芸長』風の人間錬金術の方がもっと納得できる気がする。観察と臨機応変の発想の転換術は信長にも武蔵にもナポレオンにも通底するマキャベリ的科学力だ。義経もナポレオンも女に弱かったが(つまりは権力主義者だったが)、信長も武蔵も女には無縁だった(つまりは単独者だった)。
 結果論から推論していくと義経の武闘訓練は絶望的な劇画サバイバルゲームしか連想できない。そんなはずはない・・・怠学仁は無知だから善玉義経を空想できないけれど、暇ができたので、諸説読みあさってみて、実体を探してみようかとも思ってみる。んまり触手は動かないけれど・・・。
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