青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

女性に一度は言われてみたいセリフランキング - gooランキング

2012年04月22日 23時36分26秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆様、ありがとうございます。



 なんか変なランキングを見つけちゃいました

 女性に一度は言われてみたいセリフランキング - gooランキング
 ※パソコンよりご覧ください。


 こんなことを言われても、重たいだけです(笑)

万人受け。

2012年04月22日 23時31分56秒 | 青裸々日記。
目黒側・中の橋(東京都目黒区)

 こんにちは。
 今日も皆様、ありがとうございます。



 誰だって、人に嫌われるよりは好かれていたほうがいいですよね。
 「人に好かれている」というのは、単純に気持ちがいいという以外にも、
 こちらに好感を持ってくれていればこそ、あまり気兼ねしなくてもコミュニケーションも取りやすくなるからです。


 ただし。
 「好かれたい」ならよいのですが、「好かれなくてはいけない」というレベルになってしまうと、実は自分の人生そのものを棒に振ってしまいかねないのです。

 ちょっと怖い言い方をしてしまったでしょうか!?
 「好かれるのはいいことと言っておきながら、どうして人生を棒に…とか言うのさ?」という皆さん、ごめんなさいね。
 じゃあ、どうして「好かれたい」が過ぎるとよくないか、お話ししていきます。


 せっかくここを読んで下さっているのも何かの縁ですから、ブログを例にしましょうか。
 世の中にはたくさんのブログがありますよね。
 でも、内容は様々です。
 写真に力を入れている人、文章に力を入れている人、更新内容は薄いけど頻度では負けない人…と、
 ブログの使い方、更新の仕方は様々です。
 もちろん、意図的に人をおとしめるのは論外としても、
 ブログは本人の好きなようにやっていけばいいわけです。
 別な言い方をすれば、個性に即したブログにしていけばいい。
 でも、ブログが様々なのと同じく、読者さんだって様々。
 「写真を増やして!」という人がいたかと思えば、「文章を増やして!」という人だっているかもしれません。
 そうやって、何十人、何百人という人の要求を聞き入れたら…、果たして素晴らしいブログはできるでしょうか!?

 そう、できませんよね。
 多くの人の要求を聞き入れるということは、当然、自分が納得できない意見も飲むということになります
 そうすると、個性もへったくれもない、読みごたえも見ごたえもないブログしか書けなくなってしまうのです。


 もちろん、ブログは例えの話。
 なんだってそうです。
 自分の個性は個性として、自分にそぐわない人にまで合わせていては、自分がなくなってしまいます


 そもそもの話。
 「嫌われる」には、2種類あるのです
 ひとつは、ソリやウマが合わなくて、しかたなく嫌われるケース。
 もうひとつは、あからさまに嫌がらせをして、人を傷つけた結果、嫌われるケースです。
 そして、「好かれなくちゃいけないいけない」と強迫観念じみた考え方をしている人は、必ずこの2つを混同しているのです。
 自分からわざわざ嫌われるようなことをするのか、しかたなく嫌われるのか、
 この2つは全く違います

 そして、悪気の有無を考えれば、強迫観念は消えていくハズです



 嫌われる覚悟を持ちましょう。
 個性=悪、ではないのです。

 個性を貫くから、人が去る半面、ついて来てくれる人も現れるのです。

八重桜

2012年04月22日 11時54分47秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆様、ありがとうございます。



 ソメイヨシノの季節は終わってしまいましたが、
 遅咲きの桜が、どんどん咲き始めています。

 正確な名前はわからなかったのですが、コチラの八重桜もそのひとつ。
 桜が去った後も、街に華やかな空気を送り込んでいます(#^.^#)


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見たいように見ているもの。

2012年04月22日 00時09分07秒 | 青裸々日記。
小金井公園の芝桜(東京都小金井市)

 こんにちは。
 今日も皆様、ありがとうございます。



 人間、いいところもあれば、悪いところもあります。
 まさか非の打ち所のない人はいないでしょうし、そこまで人間が出来ていたら出来ていたで、周りにいる人はみんな劣等感を覚えてしまいますよね(笑)


 さて。

 誰もが「長所も短所もある人」なら、好きも嫌いも、見る人のさじ加減で決まる面がある
 こんな考え方はできないでしょうか。

 これ、実際にあった話が根拠になって、言っているんです。
 私の後輩なんですが、全然タイプではない異性と出会ったんです。
 というより、むしろ嫌いで、できれば関わりたくないと思っていたらしいんですね。
 でも、ある日突然、「そこが魅力的なんだなあ…」と思い、急に好きになり…、という馴れ初めで、付き合い始めたんです。
 それでも、たまに「やっぱりそこが嫌いかも」と、ケンカになることもあったりで。

 こういう話を聞くと、「やっぱり人間、見方だなぁ」と思うんです。


 でも、似たような話、本当は誰だって経験しているもの。
 長所から見ていけば長所が見つかるし、短所ばかりの人だと思えば、いくらでも嫌な面が見つかると思います。
 何を隠そう、私だってそうです。
 見る側にせよ、見られる側にせよ、全く同じことが言えると思うのです。


 だからこそ、思うのです。
 無理に好感を持つ必要はないし、ニガテだったり嫌いだったりする人は、そのまま嫌いでいい。
 でも、ちょっとした仕種や雰囲気だけで、はなっから「嫌な人」と決め付けると、
 実際の性格とは関係なく嫌な人になってしまう可能性が高い

 こんなことも、言えてくるのではないでしょうか!?
 人に限りません。
 よく「食わず嫌い」と言われますが、食べる前から嫌っているようでは、実際の味もまずく感じるように構えてしまい、
 本当においしくないような気分になってしまう節、結構あると思うんです。
 もちろん、食べ物以外でも同じです。

 「好きな人」も「嫌いな人」も、自分が作っている部分は必ずあるもの
 いくら「嫌な奴」といえど、嫌な部分を見ようとするところから生まれる節はあるのです


 「好きな人」は、「どれくらい好きか」という角度から見て、はじめて見つかるもの。
 好意的に見れば、必ずよりたくさんの人を好きになれるのです。

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