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二七日

昨日は母親の二七日でした。

弟から連絡が来て施設に向かったのが昨日のようです。

日蓮宗の我が家でも二七日、三七日、四七日・・のお参りする習慣も無くなって。

毎朝、お経をあげた後に「母ちゃん・・・・」と手を合わせてます。

我が子が結婚する歳になっても、私にとっては幼い頃から呼んでる「母ちゃん」です。

お経の途中から涙声になってしまう日もあります。

一昨日はお天気が良かったので畑の様子を見に行き、ついでにAお母さんのお宅にお邪魔して来ました。

Aお母さんは長兄さんを1月10日に亡くされて、2人で思い出話しをして。

寒いけど、春は少しづつ近づいてるようで。ボケに小さな小さな花芽が付いてました。




畑の大根は


去年までは、夫が雑草と一緒に刈ってたシラーですが今年は咲くかも?と期待してます。
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母とのお別れ

先月の31日の深夜、母が天国へ・・

81歳の生涯、よく働きお料理の上手な母親でした。

弟から「状態が良くない・・」と電話がかかって来て。

夫と子供達で母親が入所していた施設へ向かいました。

「きっと行くまで待っててくれる」と心の中で思い、祈りながら。

施設に着くと姉が「私も間に合わなかった、今電話しようと思っていた」と。

実家に母親と向かい、座敷に横たわり白い布を顔に掛けられて。

綺麗にお化粧された母親の顔は穏やかで。

布の上から母親の顔を何度もさすりながら「ごめんね、心配かけて」と話しかけて。

姉も義妹も母親のお世話が出来たけど、私はこんな体なので。

お坊さんに枕経をあげて貰ったのは1日に変わる頃で。

浄土真宗のお経をあげられない私はただ手を合わすだけで。

お通夜や葬儀の打合せが終わって、家に帰ったのは4時前でした。

お通夜は1日の午後7時から浄土真宗の別院でした。

微笑んだ遺影を見る度に元気だった頃や体調が悪かった時の事が思い出されて。

「母ちゃんが亡くなったから、私も何時死んでも親不孝にならない」と言う私に「そんな事を思っては駄目」と伯母さんに言われ。

葬儀は2日の11時からでした。

お参りに来られた方々がお焼香の前後に挨拶され、その度に立ってお礼をして、また座るの繰り返しで。

不安定な体を夫は支えてくれて。

葬儀も終わり、お骨になった母親。

箸を使えないのでお骨も拾えず。

お通夜から中陰まで食事制限なしでしたが、4日の受診結果は血圧がちょっと高めだけで。

明日はもう初七日、天国の母親に心配かけないように・・

何度も更新しようと思いましたが、書く言葉を思うと涙が溢れ。

涙を拭きながら、何とか更新出来ました。
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