羽花山人日記

徒然なるままに

公権力の二重性

2024-01-11 16:16:38 | 日記

公権力の二重性

地震や航空機衝突事故のニュースに紛れていたが,昨年暮れから今年にかけて,政治資金裏金をめぐる警察・検察の捜査と,要人への事情聴取,国会議員の逮捕が報道されている。

自民党に自浄機能がなく,野党に政権交代を含めた追求能力を欠くことから,わたしたちはやっぱり警・検察が乗り出さなければと,感じてしまう。

しかし,それだけでいいだろうか。

旧聞に属するが,昨年末の新聞記事に,公安警察に関するコメントがいくつか載っていたので,この疑問に関連して紹介する。

2023年12月18日付の朝日新聞の天声人語士は,大川原化工機の「冤罪事件」について,社長らの逮捕が,米トランプ政権の中国敵視姿勢の中で,安倍政権が「経済安保」という言葉を頻発するようになった時期と一致することを指摘し。「国益を取り違えた身勝手な論理が闊歩し,公安警察の暴走を許していなかったか」と,疑問を呈している。

また,12月29日付の朝日新聞の「耕論」には,『公安警察暴走の背景』というテーマのもと,札幌での警察による野次排除,大河原化工機の冤罪事件を題材に,3人の方のコメントが載せられている。

ジャーナリストの青木理さんは,第2次安倍政権と菅政権を,「戦後類を見ない《警察政権》」と断じ,政府の要職に警察出身者が続々と起用されたと指摘している。また,特定秘密保護法や共謀罪法といった「治安法」が成立していることにも,注意を向けている。そして,こうした中で,戦後整えられた警察と政治の相互不干渉の仕組みである,都道府県の『公安委員会』が形骸化していることに危機感を表明している。

もと東京地検公安部長で弁護士の若狭勝さんは,検察在任中に見た目でも,公安警察は特異な存在だったと述べている。そして,刑事警察は,証拠を集めて犯人を逮捕・起訴しすれば捜査は終わり,有罪が確定すれば事件は終了になるが,公安警察では逮捕は情報収集の一環で,通過点であり,微罪,別件逮捕,家宅捜査を用いて治安への脅威と見なした団体の実態を解明し,時にはダメージを与えるのが最大の任務であると述べている。警察と検察は本来なら協力関係にあるが,公安警察の活動は検察から見てもブラックボックスで,都道府県の公安委員会ではなおさらだろうと,若狭さんは述べている。

映画「ヤジと民主主義劇場拡大版」監督の山崎裕侍さんは,5年前に起きた安倍首相の札幌での街頭演説に野次をとばした市民が,警官によって身体を拘束されて排除された事件について述べている。排除されたうち一人については,昨年の6月に札幌高裁が警察の行為は違法で表現の自由を奪うものだったと判決している。山崎さんはこうした法に基かない権力の行使や,公安警察による住民運動や労働運動の情報収集は,市民運動を委縮させ。民主主義を覆すことになる,と危惧している。

わたしたちは,戦時中の特高警察など言論の自由を封殺した権力の怖さを知っている。悪いやつを取り締まって欲しいと警察を頼りにする中で,公権力がわたしたちの自由を束縛する道を広げる可能性もあるということを,わたしたちは自覚し,注意すべきではないだろうか。

 

さようなら八代亜紀さん

八代亜紀さんが亡くなっていた。73歳はまだまだ早すぎる。

わたしが1980年にJICAの仕事でパラグアイに赴任した時,八代さんの『舟唄』や『雨の慕情』が大ヒットしていた。現地の日系人の方々が集うカラオケでも,皆さん好んで歌っていた。

パラグアイ現地人の方々は,日本の演歌を聴くのが好きだった。特に『雨の慕情』はお気に入りで,日本語の話せないパラグアイ人の女性が,歌詞を暗記して上手に歌っていたのを思い出す。

YouTubeで,八代さんの歌をたっぷり聴いた。

ご冥福を祈ります。

 

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ゲノム編集品種

2024-01-09 16:24:56 | 日記

ゲノム編集品種

昨日の朝日新聞に,シリーズ「明日なに食べる?」の6回目として,『ゲノム編集 ひと味違う新品種』という記事が出ていた。

筑波大学の江面教授らが開発したトマトの品種が中心的な話題で,育成に使われたゲノム編集技術,その安全性,品種の特性が,簡潔に論じられていた。

ゲノム編集とは,DNA上の特定の場所を切断する酵素を用いて,目的とする遺伝子の機能を改変する技術である。

遺伝子組み換え技術が,外来の遺伝子を持ち込むのとは違って,ゲノム編集は既存の遺伝子を変えるだけなので,従来用いられていた放射線や化学物質による突然変異誘発技術と同等であり,安全性についての検証は必要ないというのが政府の見解である。

確かに,これまでに誘発突然変異によって育成された,ナシのゴールド二十世紀や,イネのレイメイなどは安全性の検証なしでリリースされ,問題は起こしていない。しかし,消費者に広く受け入れられるためには,ゲノム編集を経て作られたことは表示するのが望ましいだろう。

この記事で紹介されているトマト品種「シシリアンルージュハイギャバ」は,遺伝子編集技術を用いてギャバの蓄積を阻害している遺伝子を不活化したトマトの後代で,従来のトマトよりギャバの含量が4~5倍高いとされている。

ギャバ(GABA,gammma-amino butyric acid)は生物界に広く存在する天然アミノ酸の一種で,脳や脊髄で興奮を鎮めたり,リラックスをもたらしたりする役割を果たしている。また,血圧を下げる効果も知られている。本来なら,体内に含まれるギャバで,これらの機能は満たされているのだが,高齢になったり,ストレスにさらされたりすると不足し,外から補う必要が出てくる。

わたしたちが食べる食材にもギャバが含まれている。トマトは野菜の中ではギャバを多く含むとされ,品種や栽培条件によるが,30~60mg/100gの含量が報告されている。「シシリアンルージュハイギャバ」はこの4~5倍ということだから,かなり高濃度のギャバを含むことになる。

ギャバが不足する際の必要摂取量は30~100mg/日といわれている。ミディアムのトマトは1個25gくらいなので,4個食べればこの量を十分充足できる。

「シシリアンルージュハイギャバ」の価格がいかほどか,つまびらかには分からないが,開発に要した費用などを考えると,通常品種のそれより高価なはずである。

わたしは,普通に摂取して必要成分を補うのが食品であり,ある成分を目滝として摂取するのはサプリメントではないかと考える。ギャバに関していえば,普通の食材でかなりの量が摂取できるので。特段の事情がない限りは,ギャバの摂取そのものを目的としたサプリメントは必要ないように思う。

ギャバ高含量の食材が開発されるのは,もちろん喜ばしいことである。しかし,それが消費者に食材として受け入れられるためには,ギャバ高濃度だけを売りにするのではなく,価格や品質が普通のトマトと同等になることが必要だろう。

最後に,育種学者の中尾佐助さんのいった言葉を付け加える。

「近代農業技術は,いま存在するイネとムギの品種が,過去何千年間発達してきたと同じように,将来に向かってわずかにスピードアップして発展させることができるようになっただけである。」(『栽培植物と農耕の起源』岩波新書 1966年)

 

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共感疲労

2024-01-08 19:23:08 | 日記

共 感 疲 労

1月6日付で配信された毎日新聞ニュースレターに,「共感疲労」というわたしが初めて聞く言葉の,新潟青陵大大学院教授で、社会心理学者の碓井真史さんによる解説記事が載っていた。

年頭に起きた大地震や飛行機事故のような大惨事の模様を伝える映像に触れ続けると,心が疲れてしまう現象が「共感疲労」である。

もともとは,医療従事者が患者の痛みや苦しみに関わる中で,それを自分の苦しみのように感じ,体や心に不調をきたしてしまうことを称したものだが,今では。「災害情報が続くことによって一般の人が自分が被災地にいるかのように感じたり、食欲がわかなかったり、夜ぐっすり眠れなかったり、いつもなら楽しめていることが楽しめなかったりする状態も共感疲労と呼ばれている。」と,碓井さんは説明する。

子どもに比べて,いろいろなことを経験して共感しやすい大人の方が起こしやすく。特に高齢者は気をつける必要があるという。

碓井さんはその対策として,テレビから離れることを勧める。真面目な人ほど災害を伝えるテレビから離れることに罪悪感を覚えるが,それは別に悪いことではない。

碓井さんんはテレビとの適切な付き合い方を「橋を架ける」と表現する。例えば,ある時間帯にニュース番組を観ると決めて,橋を渡って災害に思いを馳せ,橋を戻って楽しいことをする。楽しく健康でいることが,巡り巡って災害地の支援につながるのだ,と碓井さんは指摘する。

一理あるご指摘だ。確かに,世界で起きている紛争の惨状や,国内での大惨事のニュースを画像で観ると,それらと無縁でいるような自分を罪深く思ってしまいそうだが,例えば義捐金のようなできることをして,自分を納得させることが大切だろう。

 

七   草

スーパーで七草粥の具を見かけて買ってきた。

帰ってから袋を見たら,何故か大分県産とある。「新しい七草」と銘打って,葉大根,葉かぶ,葉ごぼう,法蓮草,春菊,高菜,三つ葉の刻んだのが入っていた。本来の七草に分類上の目(モク)が共通するものを選んだらしいが,お手軽に材料を整えた気がする。結構な値段だったし,これなら自分の畑で4種類くらいは調達できると思ったが後の祭りである。

しかし,カミさんが用意してくれた粥は美味であった。

 

哀悼中村メイコさん

中村メイコさんが亡くなった,5月生まれなので五月と命名され,メイ(may)コと読ませるのがしゃれていた。

横山隆一さんの漫画のフクちゃん役をやっていたのが,かすかに記憶にある。頭が大きくて,お辞儀をすると自分では頭が持ち上げられなかったという話をどこかで聞いたことがある。

わたしより一つ年上。同世代のにぎやかな方が,また一人いなくなった。

ご冥福をお祈りします。

 

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Perfect Days(映画)

2024-01-06 17:07:57 | 日記

Perfect Days(映画)

子どもに勧められて,この映画を観るために映画館に足を運んだ。最後に映画館で観たのが『蜜蜂と遠雷』だったから,映画館に入るのは7年振りである。

ドイツの映画監督ビム・ベンダーの演出で,役所広司が主演している。

この映画にはストーリーらしいものはない。役所が演じる平山という中年の男性の日常を淡々と描いている。

平山はスカイツリーが見える木造のアパートに,一人で暮らしている。畳の部屋にはテレビも家具らしいものもない。

早朝に目を覚まし,はさみで髭を整えながら洗顔し,作業着に着替え,小銭をもって玄関を出る。その時,平山は空を見上げてかすかにほほ笑む。自販機でコーヒーを買い,軽自動車に乗って渋谷に向かう。車中で,ひと時代前のポップスを。カセットテープで聴く。

「The Tokyou Toilet プロジェクト」で渋谷区に設置された公衆便所を清掃するのが,彼の仕事である。(このプロジェクトが映画製作のきっかけになったそうである。)

仕事は非常に丁寧で,若い同僚が手抜きするのを無視して,徹底的に磨き上げる。そんな彼に目を向ける便所の利用者や通行人はだれもいない。

昼休みには公園のベンチでサンドイッチを食べる。木漏れ日を見上げ,フィルムカメラを向けてシャッターを切る。それが彼の趣味の一つである。(「木漏れ日」に相当する外国語がないと,画面に注釈が映される。)

仕事が終わると銭湯に行き,帰りに一膳めし屋で夕食をとる。就寝時には寝床で文庫本を開き,眠くなると本を置いて消灯する。

休日には,コインランドリーで洗濯をし,カメラ店に寄って依頼した写真を受け取り,採り終えたフィルムの現像を依頼し,新しいロールを買ってカメラにセットする,写真は黒白である。

古本屋に立ち寄り,1冊100円の文庫本の山から一冊選んで購入する。

夕方になると,歌の上手な女将(石川さゆり)のいる呑み屋で,酎ハイを楽しむ。

彼の部屋には,撮りためた木漏れ日の写真,文庫本,カセットがぎっしりと詰められている。

山村はこの日常を判で押したように繰り返している。しかし,この日常にさざ波を立てる出来事が,時として起きる。

彼女とのデートに必要と,カセットを売ることをしつこく迫る同僚の願いを拒否し,いくばくかの金子を与える。その彼女がカセットの音楽を聴いて,号泣するのを黙って見つめる。

家出をした姪が転がり込む。その母親で疎遠にしていた妹が,亭主が運転する高級車で迎えに来て,父親が以前とは違って優しくなったので会いに来るように言う。別れ際に山村は妹を抱きしめ,部屋に帰って慟哭する。

呑み屋に女将の元亭主(三浦友和)が訪ねてきて抱擁するのを,山村は垣間見して動揺する。そしてもと亭主から彼女をよろしくといわれ,そんな仲ではないと照れながら,気分を払うために,亭主と二人で影踏みのゲームをして戯れる。

長々と書いたが,これがあらすじである。

この映画は国際的に非常に高い評価を得ている。主演の役所広司は,カンヌ国際映画コンクールの主演男優賞を獲得した。ほぼ一人だけで,台詞はほとんどなく,眼の動きで心の中を表現する役所の演技は実に素晴らしい。

光を操るカメラワークも見事で,映画全体に詩編の趣を与えている。

わたしはこの映画を観ながら,宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を思い浮かべていた。映画と詩では,モチーフや描かれている人物像は異なるが,現在に生きる人間像へのアンチテーゼという意味で共通するものがあるように思う。

表現しきれないが,余韻が心に深く残る映画であった。

 

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恭賀新年

2024-01-04 16:35:51 | 日記

恭 賀 新 年

初日の出(自宅ベランダから撮影)

新年は大変なニュースで幕を開けた。

先ず何よりも,能登半島地震で被災した方々に,お見舞い申し上げる。そして,お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りする。日本海側に置かれている原子力発電所に,大きな事故がなかったのでほっとしている。まだ余震のような揺れが続いているようなので,油断はできないが。

地震に続いて,羽田空港での航空機衝突事故が報じられた。日航機と衝突した海上保安庁に飛行機が,地震被災地への援助物資を運ぶところだったと聞いて,いっそう暗い気持ちにさせられた。海上保安庁の飛行機では5名の方が亡くなられたが,日航機では乗客・乗員が無事脱出した。このことは外国でも報道され,奇跡と称賛されているらしい。

こんな中,わたしには大変うれしいことがあった。2日に,子供と孫が全員わが家に集まり,わたしの米寿を祝ってくれた。全員が同時に顔を合わせるのは10年振りくらいだったろうか。一番下の孫が二十歳を超えたので,全員でワインを酌み交わすことができた。

わたしは,昨年の11月24日に書いたブログの内容を引用して,あと5年は頑張れそうなので,皆も頑張れ,ひ孫の顔も見たいものとあいさつした。

孫の一人が,お祝いに写真立を作ってくれた。カミさんは画帳を広げ,わたしはコカリナを吹いている。

子や孫に安寧な世の中が残ってくれたら,と願っている。

末筆になりましたが,このブログを訪れてくださる皆様に,新年のご挨拶を申し上げるとともに,本年もよろしくお願いいたします。

 

長らく使ってきた箸が少々塗りが落ちてきたので,取り替えることにした。大学の後輩で,工芸を技として和食器の制作をしている女性の作品を購入した。細身の箸で,使いやすい。古い方の箸は,10年近く前に金沢市で求めた輪島塗りで,今回の地震を連想して捨てるのを躊躇している。

 

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