Perfect Days(映画)
子どもに勧められて,この映画を観るために映画館に足を運んだ。最後に映画館で観たのが『蜜蜂と遠雷』だったから,映画館に入るのは7年振りである。
ドイツの映画監督ビム・ベンダーの演出で,役所広司が主演している。
この映画にはストーリーらしいものはない。役所が演じる平山という中年の男性の日常を淡々と描いている。
平山はスカイツリーが見える木造のアパートに,一人で暮らしている。畳の部屋にはテレビも家具らしいものもない。
早朝に目を覚まし,はさみで髭を整えながら洗顔し,作業着に着替え,小銭をもって玄関を出る。その時,平山は空を見上げてかすかにほほ笑む。自販機でコーヒーを買い,軽自動車に乗って渋谷に向かう。車中で,ひと時代前のポップスを。カセットテープで聴く。
「The Tokyou Toilet プロジェクト」で渋谷区に設置された公衆便所を清掃するのが,彼の仕事である。(このプロジェクトが映画製作のきっかけになったそうである。)
仕事は非常に丁寧で,若い同僚が手抜きするのを無視して,徹底的に磨き上げる。そんな彼に目を向ける便所の利用者や通行人はだれもいない。
昼休みには公園のベンチでサンドイッチを食べる。木漏れ日を見上げ,フィルムカメラを向けてシャッターを切る。それが彼の趣味の一つである。(「木漏れ日」に相当する外国語がないと,画面に注釈が映される。)
仕事が終わると銭湯に行き,帰りに一膳めし屋で夕食をとる。就寝時には寝床で文庫本を開き,眠くなると本を置いて消灯する。
休日には,コインランドリーで洗濯をし,カメラ店に寄って依頼した写真を受け取り,採り終えたフィルムの現像を依頼し,新しいロールを買ってカメラにセットする,写真は黒白である。
古本屋に立ち寄り,1冊100円の文庫本の山から一冊選んで購入する。
夕方になると,歌の上手な女将(石川さゆり)のいる呑み屋で,酎ハイを楽しむ。
彼の部屋には,撮りためた木漏れ日の写真,文庫本,カセットがぎっしりと詰められている。
山村はこの日常を判で押したように繰り返している。しかし,この日常にさざ波を立てる出来事が,時として起きる。
彼女とのデートに必要と,カセットを売ることをしつこく迫る同僚の願いを拒否し,いくばくかの金子を与える。その彼女がカセットの音楽を聴いて,号泣するのを黙って見つめる。
家出をした姪が転がり込む。その母親で疎遠にしていた妹が,亭主が運転する高級車で迎えに来て,父親が以前とは違って優しくなったので会いに来るように言う。別れ際に山村は妹を抱きしめ,部屋に帰って慟哭する。
呑み屋に女将の元亭主(三浦友和)が訪ねてきて抱擁するのを,山村は垣間見して動揺する。そしてもと亭主から彼女をよろしくといわれ,そんな仲ではないと照れながら,気分を払うために,亭主と二人で影踏みのゲームをして戯れる。
長々と書いたが,これがあらすじである。
この映画は国際的に非常に高い評価を得ている。主演の役所広司は,カンヌ国際映画コンクールの主演男優賞を獲得した。ほぼ一人だけで,台詞はほとんどなく,眼の動きで心の中を表現する役所の演技は実に素晴らしい。
光を操るカメラワークも見事で,映画全体に詩編の趣を与えている。
わたしはこの映画を観ながら,宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を思い浮かべていた。映画と詩では,モチーフや描かれている人物像は異なるが,現在に生きる人間像へのアンチテーゼという意味で共通するものがあるように思う。
表現しきれないが,余韻が心に深く残る映画であった。
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