読書備忘(32)
原田信男『豆腐の文化史』 岩波新書 2023年
わたしは豆腐が大好きである。やっこ,湯豆腐,みそ汁,吸い物,田楽,何でもござれである。しかし,この本を読んで,豆腐に対する敬意が足りなかったことを反省している。
著者の原田信男さんは,いくつかの大学で教鞭をとられたが,現在は国士舘大学名誉教授,京都府立大学客員教授として,和食文化学会の会長を務めておられる。本書の末尾にある著者略歴によれば,「食」特に「和食」に関する多くの著書を執筆されている。
新書という紙数の中に,よくこれだけのことを詰め込んだものと感嘆する。「豆腐百科全書」といっても差し支えない内容である。参照した文献の数も膨大で,極めて実証的である。
先ず,豆腐の原料の大豆の食品としての特性から著者は説き始める。
大豆は「畑の牛肉」といわれるが,豚のバラ肉に相当するカロリー,タンパク質,脂質を保有している。日本人はこの大豆を古来利用し,食品としての大豆の使用量は,中国3.96kg/年/人,アメリカ0.09㎏に対し,日本は8.19㎏となっている。
大豆はその栄養価だけでなく,加工食品としての利用でも群を抜いている。乾式に製粉されて黄粉が作られ,湿式製粉で得られる呉(ご)は,豆乳,おから。湯葉,豆腐などの原料となる。また,発酵食品として,味噌,醤油,納豆がある。
次いで,基礎知識としての豆腐の製法と,派生食品の種類と製法が述べられている。豆腐製造における水とにがりの重要性が説かれる。派生食品として,湯葉,油揚,厚揚,がんもどき,高野豆腐(しみ豆腐)などが紹介される。
以降の大多数のページを割いているのが,豆腐の歴史に関わることである。史料を丹念に調査して,中国において2世紀ころには定着していた豆腐が日本にもたらされたのは,おそらく10世紀前後で,弘法大師が持ち帰ったというのは,伝説に過ぎないとしている。
豆腐の伝搬と普及には,宗教を介した経路が大きく,精進料理がその役を果たしている。豆腐は上層階級の食べ物であったが,それが農村部へ普及して行く過程で,石臼の普及が重要であったとの指摘は,なるほどとうなずける。湯葉という名前が,しわだらけの皮を称して「うば」といっていたのがなまったものだという根拠を持った説明には,ニヤリとさせられる。
豆腐が庶民に解禁されるのは江戸時代になってからで,豆腐屋が出現し,地域独特の豆腐や派生商品が作られるようになる。こうした庶民への人気を背景に,天明の飢饉があった1780年代に,豆腐の調理法100種類を網羅した,『豆腐百珍』が出版され人気を呼ぶ。著者はこの百珍に一章を割いている。
こうして現代まで庶民の食べ物として続いてきた豆腐文化は,戦後に大きな変貌を遂げる。製造過程の機械化や長期保存を可能にする包装技術の発展によって,大量生産と価格の低廉化が可能になり,零細企業の豆腐屋は淘汰されてきた。1960年代終わりには4万5千ほどあった家内工業的豆腐業者が3千500に減少し,その出荷数は全体の9%に過ぎない。
著者は,現在も残されている地域特有の豆腐の生産現場に足を運ぶと同時に,資料的にも生活の知恵に根差した特徴ある豆腐の記録を記載している。貴重な記録である。
ダイエット志向の風潮の中で,豆腐は国際的に進出し,アメリカでは確固とした地歩を築き,ヨーロッパにも進出している。
食品はすべてその歴史を有しているだろうが,豆腐の歴史の奥深さを,あらためてこの本で知った。
とりあえず今夜は湯豆腐で一杯やろう。
STOP WAR!