放 流
7月10日付の朝日新聞デジタル版に『「バケツ放流」もうやめよう 善意の結果が悪影響 見直しへの動きも』という記事が載っていた。
北海道庁が発行する冊子に、ヤマメやニジマスなどの放流を検討している人たちに、道や専門家に事前に相談してほしいという呼びかけが載せられた。この制度は以前からあったが、今回は改めてヤマメとニジマスという具体的な種名を書いて呼びかけたという。
この背景にあるのは、放流に潜在するリスクである。本州からのヤマメが道本来のものと交雑する遺伝的な汚染の可能性があり、ニジマスは外来種で生息領域を制限するという前提がある。また、病気の移入も心配される。
放流が魚類集団に悪影響を及ぼすという研究結果があり、日本魚類学会では、シンポジウムを開いて放流に潜む危険性を市民に呼び掛けている。
小学生などのバケツ放流を、命の大切さを教えるほほえましい行事として報道してきたマスコミは、考え直すべきではないかと、この記事を書いた小坪遊記者は反省している。
こうした動きに大きなきっかけを与えた研究結果が今年の2月アメリカの科学アカデミー紀要に掲載された。ノースカロライナ大学や北海道大学などの共同研究の成果である。
わたしはこの論文の摘要だけ目を通したが、小坪遊記者が要領よくその内容を紹介しているので、それに従ってかいつまんで述べる。
研究は2種類。一つはコンピューター上のシミュレーションで、10種の魚種についていろいろな母数を設定し、32のシナリオを仮想上の千本の川に適用して、群落の長期的な消長を計算した。
その結果、多くの場合に放流した同種および異種の間の競争が激化し、集団は不安定化し、種数や密度が減少するという結果が得られた。放流量が増えると悪影響が強まる傾向があった。
もう一つは、北海道のサクラマスを放流していない河川から、年間24万匹放流している河川までの31河川について、1999~2019年の21年にわたって集められたデータを解析した。シミュレーションの場合と同様に、放流量が多いほど、サクラマスやほかの魚の種数や密度が低下していることが明らかだった。
この結果は著者の予想を超えて諸方面にインパクトを及ぼし、放流を取りやめたり再検討したりする動きが出ているという。
専門家も指摘していることだが、すべての放流を中止すべきだということではない。漁業のための放流や、生態系の維持のための放流はあり得るだろう。
ただ、命を大切にとか、自然に親しもうとか、生態系を守るためとか言ったスローガンで、無前提あるいは無媒介に放流を善とすることは慎まなければならない。
自然や生態系は人が干渉すれば変容する。その変容がどういう結果をもたらすのかを見極めるのが大切である。
放流について提起された問題は、その好例である。
筑波山夕焼け
自宅ベランダから撮影
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