羽花山人日記

徒然なるままに

登山

2024-07-12 19:44:23 | 日記

登  山

一昨日山開きした富士山静岡口からの登山者がすでに3名亡くなったと報じられている。いずれも60代、70代の方である。

7月9日放映のNHK「クローズアップ現代」で富士登山の危険性が取り上げられていた。

昨年夏の2か月で富士登山者は22万人に上ったという。山梨県側では5合目にゲートを設け、入山料を取るようにしたが、危なっかしい登山者でも取り締まることはできないという。

外国の例が紹介されていた。台湾の玉山(3952m)では1か月前までの予約制で、1日の登山者を200名に制限している。マレーシアのキナバル山(4095m)では山小屋の事前予約が必要である。

富士山も山小屋の事前予約で制限すれば安全性が保てると、日本山岳ガイド協会理事の武川さんが言っていた。いずれにせよ法的な整備が必要だろう。

わたしは山に囲まれた松本平で育ったので、山には親しみを持っている。

小・中学校では、学年ごとの北アルプス登山が学校の行事だった。校医と写真屋さんが一緒だった。6年生は上高地に泊まって焼岳、中1は燕岳、中2が乗鞍岳だった。上高地は徒歩で徳本峠を越えて入った。バスがなく、トラックの荷台に分乗して登山口まで運ばれた。今の時代なら、保護者から絶対にクレームがつくだろう。そもそも違法である。

本格的な登山は経験していない。ハイキング気分であちこちの山に登った。回数が多いのは美ヶ原である。一番印象に残っているのは、大学4年の11月、上田市からのバス運行の最終日に友人と二人で登頂した時のことである。風の強い日で雲が吹き飛ばされ、新雪に輝く北アルプスの峰々が一望できた。

大学2年の時、寮の仲間と丹沢にハイキングに行った。下山の途中で岐路を間違えたため、かなり下ったところで路が途絶えてしまった。みんなくたびれていて上り路を戻るのがつらそうなので、地図を取り出して検討したが、やっぱり戻ろうと衆議一決し、岐路にたどり着き、予定より3~4時間遅れで寮に帰った。留守番の同室者には、遭難したのかと心配をかけた。山登りの経験者はわたしだけだったが、信州の山に比べたら丘のようなものという慢心があった気がする。

登山というのは、登るときはなんでこんなつらいことをと思いつつ、下山するとまた行きたくなるものだ。イギリスの登山家ジョージ・マロリーが、なぜ登るのかと聞かれて答えたと伝えられる「そこに山があるから(Because it’s there.)」は、けだし名言である。

梓川と焼岳

河童橋と穂高岳

(いずれも2004年5月撮影)

 

STOP WAR!

コメント (4)
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