しゅぷりったあえこお nano

ブログ版 シュプリッターエコー

煙草の嗜み

2018-12-07 23:45:00 | くらし、商品
偏食家に対して「この美味しさが分からないなんて、人生損してるよ」とはよく聞くが、煙草の吸えない私も同じく、人生の幾分かは損をしているのかもしれない。
煙草が嫌いな訳ではない。むしろ煙草の薫りのしない喫茶店(カフェではない)は、なんだか物足りなく感じる部類の人間だ。
一口に煙草と言えども、その種類は数え切れない。何がどう違うのか、調べ始めたのが発端だった。煙草――知れば知るほど奥が深い。
昨今では文字通り煙たがられる存在だが、大岡昇平著『野火』では、フィリピン山中を敗走する日本兵が、生き延びる上で必要な食糧と引き替えてでも煙草を欲した。
中毒と言ってしまえば身も蓋もない。一言で片付けられない(片付けたくない)その魅力とは――。

煙草の味はブレンドによって数多の種類が作られる。栽培する土壌、乾燥・熟成の差、葉の等級、葉の刻み方、さらに香料や巻紙の風味などが煙草の味の決め手となる。
原料はニコチニア・タバカムとニコチニア・ルスチカに属する植物だが、その中でも複数の種類がある。ナス科の植物であり、花を付け実を成すが、葉に糖分を蓄えさせるために花は咲く前に剪定される。
収穫の後に乾燥されるのだが、この乾燥が煙草の味と風味を決める上で非常に大事な第一工程となる。計算された適切な温度・湿度を保ちながら乾燥させることで、葉の中のタンパク質や澱粉がアミノ酸や糖に分解される。煙草の銘柄や種類によって乾燥方法は都度設定される。
乾燥の後に出荷された煙草は、その出来具合によってリーフグレーダー(鑑定員)に等級分けされる。
乾燥した葉は葉脈と葉肉に分けられ、水分でほぐされ、品種によって熟成されることで香りはさらに深く豊かなものへと変化し、最終的に加工される。もちろん巻き煙草だけでなく、パイプ派、葉巻派のためにも分けて全工程が組まれる。
この工程が全世界的に行われている。いつ吸っても銘柄・品種の味が定まっているのは偏にブレンダーの高度な嗅覚の賜物である。
この工程を考えると、喫煙は香道に通ずるものがあると言っても過言ではないはず。

とは言え、「百害あって一利無し」が代名詞とも言われる煙草。しかし今一度考えてみたい。本当にそうなのか?

煙草の発祥はメキシコとされる。
本来は宗教儀式に用いられていたものが民衆に広まり、そこへコロンブスがやって来たことでスペインに煙草が持ち込まれ、新世界の嗜みとして貴族の間で流行した。
その珍しい習慣はシルクロードを伝って全世界に拡がり、各地でも煙草が栽培されることになった。
欧州全土に広まった要因は黒死病とも呼ばれるペストの蔓延による。煙草はペストに効くという珍説が信じられ、ペスト予防のためにこぞって煙草が買い求められた。児童をペストから守るため、小学校でも煙草の吸い方が教えられたと言う。憶測だが、ペストの次に民衆を襲ったのはきっと肺癌だったに違いない。

近年の科学者は言う、身体に悪いのはタールでありニコチンは身体に良い、と。
ニコチンには心拍数の上昇や感覚情報処理機能の向上、緊張緩和や覚醒効果など、言い換えるなら、脳を素早く活性化する効能がある。引いてはアルツハイマーの予防、パーキンソン病の進行を阻止する効能もあるのではないかと検証が進められている。
成る程、かのシャーロック・ホームズのトレンドマークがパイプ煙草である訳だ。現代ロンドンでは煙草は高額に課税され、2010年にBBC(英国放送協会)で復活したシャーロック・ホームズはニコチンパットを体に貼り付け推理に耽った。
しかし世論での喫煙=ニコチンに対しての嫌悪感は非常に根強い。
科学者たちはまた言う、「喫煙」と「ニコチン摂取」は分けて扱われるべきだと。むしろ「ライト」などと謳って健康に気遣っているような宣伝を打った煙草業界の欺瞞を厳しく指摘する。
昨今流行の電子タバコは「煙」を吸うのではなく「蒸気」を吸うものだから、身体に悪影響を与えない(のかもしれない)。タールを含まずニコチンのみを吸うのだから、むしろ身体や脳に良い(のかもしれない)。そう考えると、寝起きの一本を欲する人の気持ちが解らないでもない。
とは言え、科学者らの検証が解明された訳ではない。
実は愛煙家である科学者らの意地や執念に過ぎないのではないだろうか。

単に私は、言語を超越したタバコミュニケーションに憧れているだけなのだ。
中国を旅していると友好の印に煙草を差し出されるのだが、その度に断る際の申し訳無さと言ったらもう…。折角の友好も一気に冷める勢いに違いない。
「君、いけるクチかね?」と徳利代わりに煙草を進められたら、「いやー、嗜む程度ですが…」と応えたい。

煙草の嗜み――吸えない私のちょっとした憧れです。

(アサオケンジ)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿