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ブログ版 シュプリッターエコー

奇妙に似ている二つの動き…神戸山口組と大阪維新の党

2015-08-30 19:57:00 | 社会
 暴力団の世界と政治の世界で、よく似たことが並行して起こっています。
 ちょっとおもしろい現象です。

 暴力団のほうでは、日本最大の組織の山口組から神戸や大阪などの関西勢が飛び出して、神戸山口組というような新しい組織を作ろうとしているということです。
 いっぽう政治のほうでも、全国組織の維新の党から党の看板だった橋下徹さん(大阪市長)たちが飛び出して、大阪維新の党といった新政党を作ろうとしているということです。

 神戸とか大阪とか、頭に地域の名を載せただけではないかといえば、それはそうなんですけれど、これ、けっこう微妙な意味が読めるんです。

 
 神戸という都市と山口組との間には、なかなか濃厚かつ微妙な関係がありまして。
 話は敗戦直後の1945年ごろにまでさかのぼっていきますが、そのころの神戸というのは、まあ、混乱のきわみにあったわけでして。
 なにしろそれまで威張りかえっていた大日本帝国の警察がすっかり威信を失って、機能マヒに陥ってしまっていましたから。
 神戸に住んでいた朝鮮人や中国人の一部のひとが、戦争中はひどい差別に苦しんできましたから無理もなかったんですが、街で勝手放題をやりだして、それでも警察は手をこまねいてただ傍観しているだけという、そんな状態だったんです。
 警察官の目の前で乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)が起こっていても、見て見ぬふりをしていたっていいますから。
 ひどい目にあうのは一般市民。
 どんな仕打ちにあっても、もっていくところがない。
 けっきょくは泣き寝入り。
 そんなときに、市民を守ったのが山口組の親分衆や一般組員だったんです。
 かれらが警察官に代わって、それこそ体を張って市民を守ったんですね。

 いまではもう想像できないことですが、三代目の田岡一雄組長は、それこそ市民から英雄とみられていました。
 それどころか警察もかれを頼みにしていたようで、あるときなど田岡組長が一日水上署長になって、神戸港を巡視艇で視察したりもしてるんです。

 十年ちょっと前までは、山口組への恩義を語るお年寄りがまだぼくの周囲にもいましたよ。
 神戸の大震災のときなども山口組は被災者への救援物資をせっせと運んでいましたが、なかでも婦人たちが、女性の生理用品まで配ってくれたのはあそこだけだった、と振り返っていたのはとても印象的でした。
 いまでも故田岡組長のことは田岡さんと特にサンづけで呼ぶひとがほとんどです。

 そんなことを知らない若い世代にとっては、もう遠い昔の話としても。

 まあ、そんなわけで、神戸と山口組との間には、ほかの地域では考えられないような濃密かつ微妙な関係があるんです。
 それが大きく様変わりを始めているのが昨今です。

 現在の組長(六代目)の司忍さんは名古屋の弘道会の出身です。
 もう神戸の市民とは直接のつながりはありません。
 今回の分裂劇も司さんが組の中枢部(ちゅうすうぶ)を弘道会の出身者で固めてしまった、それが原因だといわれています。
 神戸や大阪など関西勢がそれに反発して、ついに離脱を決めたというんです。
 もちろんそのような内部の事情はぼくら一般の市民にはなんの関係もありません。
 ただ、田岡さんが亡くなってから、ほかの都市あるいはほかの地域の実力者たちがどんどん組の幹部に入ってきて、それだけ山口組が神戸の市民から遠い存在に変わってきた、そのことはこの街に長く住むひとならだれもが感じていることです。
 生前の田岡さんは、罪のない一般市民には決して迷惑をかけるなと配下の組員に厳しく命じていましたが、そんな市民と組の暗黙の約束ごとももう薄れてしまったようですし。

 
 ほかの都市ほかの地域との温度差というのは、なかなか溶け合わないもののようですね。

 
 離脱組の中心に神戸の山健組がいるというのも、あんがい市民との間にミゾができてしまうことへの危機感が、どこかで働いていてのことかもしれません。
 暴力団という、言うところの反社会的勢力が、それでも社会で生き抜いていくうえでは、市民と陰で交わし合う微妙なシンパシーこそが大きな資産なわけですから。

 さてもうひとつ、橋下さんの大阪維新の党ですが。
 橋下さんの離脱の原因となったのは、幹事長の柿沢未途さんとの対立が厳しくなったからですが、やっぱりここにも地域の温度差が読めるんです。
 柿沢さんは東京が選挙区です。
 東京スタイルの政治にとっぷり浸かってきたひとです。
 今の大阪の野性的な熱さを理解するのはちょっとむずかしいでしょう。

 先の大阪都構想にしても、東京から見れば、反対派が住民投票で勝利して、都構想はそれで消えたと、その結果が残っているだけです。
 都構想はもうこれで終わったと、そう見ているひとが多いでしょう。
 けれど、大阪ないし関西で見ていたものには、たったあれだけの短期間に、賛成派が反対派をあそこまで僅差に追い上げた、そのダイナミックなプロセスが大きく記憶に残っています。  
 もう一度住民投票を行ったら今度は勝つのではないかと、そういう予感さえ漂っているのです。

 維新の党は国会での勢力を広げるために他の勢力との連携をめざしてきました。
 それが一定の成果に結びついたことは確かですが、政治改革を急ぎたいという大阪の情熱はかえって希薄になりました。
 橋下さんが維新の党を離脱して、あらたに大阪維新の党を構想する背景には、大阪の濃度をいしづえにした濃厚な運動を再度くわだてたいという強い思いがあるはずです。

 政治にしろ社会にしろ、新しい状況へ向かう動きはしばしば関西で生まれてきました。
 今度はどんな展開になるのでしょう。

 ただ暴力組織の再編には常に血を血で洗う抗争が伴います。
 その点が予断を許さないところです。 

戦争状態へ着々…統幕の内部資料

2015-08-23 20:05:00 | セイジ
 自衛隊の最高幹部たちが、戦争状態へ向けて着々と態勢を整えていることがわかってきました。
 自衛隊とアメリカ軍がいっしょに軍事行動に出るときに両国の連絡はどうするか、そのような問題が自衛隊の心臓部にあたる統幕(とうばく、統合幕僚監部)で詳細に研究され、資料が作られていたのです。
 安保法案(集団的自衛権)が国会を通ることを、すでに見越してのことでした。
 それも安倍さん(首相)や中谷さん(防衛大臣)に知らせないままの、隠密行動だったのです。

 安倍さんは「研究は防衛大臣(中谷さん)の指示のもとに行われていた、問題ない」と語っています。
 けれどそれはたぶんウソなのです。
 中谷さんは国会の答弁で、自分が統幕に資料があると知ったのは「8月11日だ」と答えています。
 けれど資料が作られたのはその3か月も前の5月中のことでした。
 3か月間の空白は、防衛大臣がないがしろにされていたことの明白なあかしです。

 防衛大臣の下にはピラミッドのような巨大な防衛省の組織があって、そこでは省の幹部たち(高級官僚)が大きな権限をもっています。
 表向きは、民間から出た文民政治家の大臣が、防衛省ないし自衛隊の幹部官僚をコントロールすることになっていて、これを特に文民統制(シビリアンコントロール)と呼んでいます。
 軍部の独走にブレーキをかけるためのシステムです。
 しかし防衛官僚をコントロールできる大臣など実際にはいやしません。
 官僚たちのほうがはるかに専門知識に長(た)けていますし、経験も豊かで、しばしば頭もいいのです。

 残念なことにコントロールされているのはたいがいは大臣のほうなのです。
 安倍さんが、自衛隊幹部の独走を批判するどころか、「統幕が法案の内容や政府の方針を分析・研究するのは当然だ」と、逆に追認、弁護するところなど、政府と官僚の逆転を、ある意味ではみごとに象徴しているといえるでしょう。

 雲はますます不気味な方向へ行くようです。
 巧妙にもわたしたち大衆には見えないところで、わたしたちを戦争へ運ぼうというプログラムが進行しているけはいです。

中学生の歴史のおさらい…安倍談話

2015-08-16 18:58:00 | セイジ
 戦後70年の区切りに、安倍さんが首相談話を発表しました。
 首相官邸は「出すぞ」「出すぞ」と前評判をあおっていましたし、マスコミも「出るぞ」「出るぞ」と盛んに言い立てていましたから、安倍さんの主張や意見が濃厚に出るのではないかと、ぼくもいつもより少し構えて待ってました。
 けれど実際は、首相らしい強力な主張や意見は、談話にありませんでした。
 思っていたよりずいぶん希薄(きはく)なものでした。
 せいぜい中学生の歴史のおさらいのようでした。

 戦争で命を落とした人びとへの追悼、戦争を起こしてしまったことへの反省、戦後の復興に努めてきた先人たちへの感謝、アジアの国々を侵略したことへの謝罪、今後の世界平和に貢献するという決意、おおよそそういう文言(もんごん)が記憶に残りましたが、いろんなことがつながれつながれ、平坦(へいたん)に語られたという印象で、なにかきわだって心を打つものがあったかというと、そういうものはほとんどありませんでした。

 およそ首相談話といわれるかぎりは、安倍さん独自の強力な主張がせめて一つくらいはあって当然のことでしょう。
 歴史上の出来事は、その強力な主張をそばから支える傍証として述べられるものでしょう。
 それが安倍さんの談話では、ほとんど傍証ばかりが並んでいるように見えました。

 
 考えれば、アメリカ政府から許されることしか言えない首相ですから、それも無理のないことです。
 秋には国連で核廃絶の提案を行う、とこれがほとんど唯一の具体的な行動計画でしたが、それとてもオバマ大統領がすでにヨーロッパでの演説で基本線を打ち出していることなのです。
 首相が強力な主張を表明するには、アメリカも他の国と同等の一国に扱うという、強い主体性がどうしても必要になるのです。

 結局のところ、安倍さんがめざす安保法制(集団的自衛権)も、アメリカ政府がそれを望んでいるからその成立に必死になっているのですし、次にめざす改憲も、アメリカ政府が今の日本国憲法を変えたがっているから、それに力を注ごうとしているのです。

 こんなことを考ええました。
 もし今の憲法を貫くことに情熱を傾ける首相だったら、どんな談話になるだろうか、と。
 
 おそらくかれは日本国民がこの70年間、この平和憲法を懸命に守り、いっさいの戦争に手を貸さずにきたことに、大きな誇りを語ったことでしょう。
 いま世界中が苦しんでいる恒常的な戦争状態に対して、平和を切り開くための大いなる理性の行使を、すべての国に情熱的に訴えたことでしょう。
 核廃絶ももっと人びとの心に響く声で強調したことだと思います。

 そういう首相談話なら、ぼくはきっとそれを誇りに感じただろうと思います。
 そういう人を首相に選んだこの国の国民のことも誇りに思い、そういう人びとにあらためて感動を感じさえしただろうと思います。

 そういう首相談話なら、世界中の人々も真剣に聴いてくれたのではないかと思うのです。

戦争を嫌うのは利己的か…武藤発言

2015-08-09 18:22:00 | セイジ
 若者が戦争に行くのは当然のことではないか、とそのような考えをおおやけにしてはばからない国会議員が、ついに自民党議員の中に出てきました。
 衆議院議員の武藤貴也さんです。
 安保法制(集団的自衛権)に反対している学生たちの組織「自由と民主主義のための学生緊急行動」の運動を批判して、ツイッターにおおよそ次のような書き込みをしたのです。
 政府を批判する学生たちの行動は、戦争に行きたくないという自己中心、極端な利己的考えから出ている、と。

 
 おそろしく短絡的(たんらくてき)な考えで、これが国会議員の言葉かとあきれますが、少し気になるのは、武藤さんを選出した滋賀四区の選挙民の心です。
 武藤さんを選んだ人たちは、そりゃあそうだ、武藤さんの言う通りだ、と納得しているのでしょうか。
 その人たちはすでに戦争を従順に受け入れる構えで、開戦すれば、若者は率先して戦場におもむくし、親たちは喜んで息子を戦地へ送り出すのでしょうか。

 少なくとも、ぼくの選挙区でこういう代議士が出てきたら、次の総選挙ではずいぶん苦戦することになるだろうと思います。

憲法を邪魔に思っている人びと…礒崎発言

2015-08-02 21:30:00 | セイジ
 安倍さん(首相)の側近中の側近の礒崎陽輔さん(いそざき・ようすけ、首相補佐官)がどえらい発言をしました。
 「法的安定性は関係ない」と、そこだけ取り出しては何のことか分かりませんが、要するに、今は自衛隊がアメリカ軍と一緒に戦えるようにすること(集団的自衛権)が最も大事なことで、そのためにはいつまでも憲法にこだわっていることはない、憲法の解釈をどう変えようとそれはわれわれ為政者の自由ではないか、というのです。
 政府のそのときの思いひとつで憲法がさまざまに解釈されては、私たち大衆の運命も政府の思いひとつで変えられることになるでしょう。
 そんな憲法はもう憲法とは言えません。

 しかし礒崎さんの発言は、実は、権力を握っている人たちが、憲法をどんなふうに考えているか、そのことをとても分かりやすい形で私たちにあらわに見せてくれたのです。

 近代の憲法はもともと国王や政府など、そのときの為政者が勝手な政治をしないよう、かれらの権力を制限するために生まれてきました。
 大衆の日々の暮らしを権力者から守るために作られたのです。
 戦前の明治憲法は、日本が近代国家の外観を整えるために急いで「上から」作ったものですが、これは近代憲法のほんとうのあり方からすれば、逆立ちの憲法だったというわけです。

 ですから、権力を握っている人たちにとって憲法というものは、もともとうるさいものなのです。
 じっさい、今日の日本国憲法の、とりわけ第九条があるおかげで、日本の権力者は日本の大衆を兵士に仕立てて海外へ送り出すことができません。
 中国や韓国との間で起こっている領土問題も、昔ならすぐ軍隊派遣ということになっていたでしょうが、それができないので、外交に知恵を絞って解決を目指すことになるのです。
 日本の外務省にもっと知恵のある役人がいれば、もっとスムーズに解決へ向かって進むでしょうが、そんな有能な人材がいないものですから、いつまでもモタモタを続けているのです。

 むろん安倍さんにとっても憲法は目の上のたんこぶで、ほんとうは憲法を変えて日本をアメリカと一緒に戦争のできる国にしたいのでしょうが、当面それが無理だと分かってきたので、まずは憲法に都合のいい解釈をほどこして、戦争への道を広げようとしているのです。
 礒崎さんの発言は、今のところ周りの高官たちの画策で、政府の中でも浮き上がったものに見えるよう、さかんにカモフラージュがほどこされていますが、実際のところは、安倍さんの思いをもっとも率直に述べたものだといえるでしょう。

 私たち大衆は、憲法がもともと権力者のためのものではなく、私たちのためのものだということをこの機会にもういちど確認して、この問題を考えてみる必要があるのでしょう。