しゅぷりったあえこお nano

ブログ版 シュプリッターエコー

創造のダイナミズム―バケッタ・マジーカ展

2012-07-26 19:21:00 | 美術
 美術教室バケッタ・マジーカの展覧会をGALLERY北野坂(神戸市中央区)で見てきました。
 子供から大人まで、年齢の垣根を超えて描くこと、作ることの楽しさを分かち合っているグループです。
 障害者と健常者が一緒に制作していることも、この教室の特徴です。
 主宰者は現代美術家の能勢伸子さんです。

 とりわけぼくは、障害者たちの作品にいつもうならされてしまいます。

 
 阪急電車が大好きで、阪急の100年の歴史をすっかり頭に収めている若者がいます。
 時刻表もみんな即座に言えるのです。
 今回の展覧会は神戸電鉄がモチーフです。
 路線図が丁寧に描かれています。
 鉄道の地図が作品になるのです。

 画面の半分にたくさんの人の顔をきれいに並べ、もう半分にそのときに目撃した光景をかきこんでいるメンバーもいます。
 出来事の記録が作品になるのです。
 描き方がきれいなパターンになっていて、そのパターンがどれにも強く出てきます。
 似たようなニュアンスのものをどこかで見たなあ、と思ったら、マヤのインディオたちの絵文字がこんなふうでした。
 マヤ文明の人々はそうして石に歴史を刻みました。
 人間の奥底を流れている認識の秘密を見るようでした。

 地下鉄電車が走り出す、そのときのプラットホームの光景を描き続けている生徒もいます。
 画面に何本もの直線が並んでいます。
 電車がスピードをあげるにつれて、窓外でもスピードを増して走っていく柱が、そのように描かれます。
 柱に重なるようにして駅名が飛んでいきます。
 わくわくしながら描いているのがわかります。

 
 わたしたち人間のありかたをブラックホールにたとえたのは、フランスの哲学者ドゥルーズです。
 じっさい、他者とのコミュニケーションに大きな壁を持っている障害者が、こんなダイナミックな作品を発表しているのを前にすると、人間というこの存在の底知れなさにうたれます。
 奥底の広さと深さと豊かさがわかります。

 宇宙の神秘を象徴するブラックホールが、ふつう言われているように、なにもかも内部へ閉じ込めてしまう密室などでは決してなく、エネルギーを周りへ放出しているダイナミックな空間でもあるということ、そのことをあかしたのは、20世紀最大の物理学者の一人、ホーキング博士でした。
 周辺では粒子と反粒子も生まれているということです。
 閉じられている場とみえて、実は開かれてもいるのです。
 そんな宇宙の創造と人間の創造が熱く重なる展示です。 

 バケッタ・マジーカ(Bacchetta Magica 魔法の杖)の展覧会「らくがきクラブ展3」は7月24日(火)~29日(日)。31人が出品。
 GALLERY北野坂は http://www7.ocn.nr.jp/~kitano/

ソクーロフ監督 ファウスト

2012-07-20 03:39:00 | 映画
ソクーロフ監督の映画「ファウスト」をみた。ゲーテからの翻案作品。

映画作品における「象徴」の技法について考えさせられる。

象徴というのは、作品の中の事象が作品外の何かを1対1対応で示唆する技法であって、その意味では作品の自立を阻むものといえる。
「比喩」が、言いたいことをいっそう正確に伝えるための手段なら、「象徴」には言っていること、見えていることとは別のことを示そうという意図がある。
「比喩」が伝達性の向上を旨とするかぎり一般的な言い回し、慣用表現に深く浸透されているのは必然であり、対して「象徴」には占星術や夢解釈におけるそれなど、その道のエキスパートにしか判読できない、個別の、閉ざされた体系を作り上げる傾向がある。

ソクーロフの「ファウスト」はそんな象徴を散りばめた──というより、そんな象徴で散らかった作品だった。
悪魔、神、魂の自由、あるいは現代(の拝金主義)社会、といった大きなテーマを扱っていたであろうこの作品が、言い回しや小道具、プロット等、さまざまな水準でどんな象徴的表現であふれかえっていたか、いちいちここで挙げることはしない。
ただ、そこにあったのは、事象とそれが象徴するものの整然とした対応関係、というよりは、むしろ作り手と観客の混乱。
この混乱が奥深さ、深遠さと取り違えられるというのはいかにもありそうなことと思われる。

もちろん映画には、いま問題にしている「象徴」のような「図式」「理論」──こういってよければ「文学性」──に回収できない、映像や音響の美しさ、迫力という魅力がある。
だけどそういうなら、鼻孔を広げ欲情するマルガレーテ(イゾルデ・ディシャウク)の表情とか、絡まりながら水に落下する二人とか、確かに美しいが、ああ、これが撮りたかったんだなと──はしたない言葉だけれど──「まるわかり」な場面ばかりが目につくようで、これでは、それ以外のシーンに完全に作り手のインスピレーションが欠けていたのか、そういう印象的なシーンを印象的にすべく物語の結構の中に収める努力を怠ったのか、という話になる。

たぶん映画で象徴をやろうというときにはよほど注意しなければならない。(映画というのが特に象徴的表現と相性が悪いジャンルなのだとしたら、その理由についてまたよく考えなければならない)
映画が象徴というものとどう付き合ってきたか、また付き合ってこなかったか、その点に慎重になるなら、ソクーロフが陥ったようないくつかの罠──散漫さ、予定調和…──は避けられるものではないか。

ここまで、相当に荒っぽい議論だとは承知しているけれど、しかし「象徴」という言葉を「それ自身とは別の何かを暗示しようと意図すること」と、いちばん厳格な意味でとっていただいて構わない。
横行する「心理主義」と並んで、これを「芸術的表現」の核心と考え、またそうした作品を有り難がっている現状は退行といわざるをえない。

「ファウスト」が映画祭でグランプリを受賞したのでなければこういう形で書こうとは思わないものだろうし、賞というのはそれこそ作品外のさまざまな要因が作用する、そんなものだといえばそうだろう。
ゲーテの原作自体、とりわけ第二部には硬直した、場合によっては陳腐とさえいえる象徴性が少なからず見受けられ、そう考えると作り手のしくじりとばかりはいえないだろう、とも思う。


進化する幻想都市・神戸―戸田勝久展

2012-07-08 21:04:00 | 美術
 戸田勝久さんの個展を見てきました。
 JRの元町駅近くに出来た新しい画廊「ギャラリーロイユ」(galerie L'oeil)で16日まで開かれています。
 精緻(せいち)このうえない作品です。
 そこから深い幻想が立ち上がってくるのです。
 題して「六月の夜の神戸の空」。
 都市神戸の幻想です。

 神戸に生まれ、神戸で育ち、神戸で制作を続けている作家です。
 神戸を深く愛している作家です。

 神戸を愛するものたちには、一つの共通項があるようです。
 たいがいのひとが二つの神戸を生きてます。
 一つは、現在ここにあるこの21世紀の現実の神戸です。
 そしてもう一つは、かつてここにあって、今はもうないけれど、想像力の中でいきいきと生きている幻想の神戸です。

 こういえば、それはどの都市でも同じことではないか、と反論されるかもしれません。
 けれど、神戸の場合は他都市とちょっと違うのです。

 首都東京の100メートル先を走っていたといわれるかつての神戸(映画評論家の故淀川長治さんの言葉です)は、1945年の空襲で火の中に消えました。
 灰燼(かいじん)に帰しました。
 しかしそこで奇跡が起こったようです。
 アヴァン・ゲールのその神戸はそこで断絶しませんでした。
 場所を現実の空間から、一転ひとびとの心の空間へ移したのです。
 ひとびとの体にもぐりこんだともいえるでしょう。 
 もぐりこんだどころか、そこで再び強い成長を始めました。

 いま、神戸港を歩きます。
 するとひとはここでは大型のコンテナ船が入ってくる今の港と、大小の客船や貨物船でにぎわっていた昔の港を同時に歩くことになるのです。
 いま、北野のあたりを歩きます。
 するとひとはここでは商業施設が並んでいる今の坂道と、たくさんの西洋館(異人館)が建っていた昔の坂道を歩くことになるのです。
 現実の神戸と幻想の神戸。
 そして、特筆すべきは、その双方がいっそう美しい姿へと現在進行形で変化を続けているということです。

  
 戸田さんの個展の表題作品「六月の夜の神戸の空」は、そのような幻想の中で成長している神戸の壮麗な景色です。
 空には鎌のような大きな月がかかっています。
 月の下は深い影に包まれた六甲連山の一角です。
 そしてその山の斜面には、今まさに夜へ包まれようとして、たくさんの西洋館が建ち並んでいるのです。
 いくつもの尖塔が月へ向かって歌うように伸びてます。

 今わたしたちがしばしばたたずんでいる山裾の高台からかつての神戸港へまっすぐに出ていくような、そのような時間を超えた美しい坂も出てきます。
 神戸の中心部を山から海へ急な勾配で一気に下るトアロードの景色です。
 スエズ以東で最も美しいホテルといわれた「トアホテル」が建っていた坂道です。
 稲垣足穂(いながき・たるほ)があの不思議な小説「星を売る店」を幻視した坂道です。
 西東三鬼が戦時下を過ごした「国際ホテル」(実はトア・アパートメント・ホテル)、あの抱腹絶倒のホテルがあった坂道です。

 それらはむろん、巨大なコンテナ船が入ってくる今の神戸、西洋館が観光装置に変身した今の神戸、ハイセンスな老舗の店が多く絶えてしまった今の神戸にはないものです。
 しかし、だからといって、どこにもないというわけではないのです。
 ひとびとの心のなかにありありとあるのです。
 むしろ、火の中に消えたときからいっそういきいきと生を得て、新しい進化を続けているのです。
 おそらくもとあった神戸よりもっと美しい第二の神戸が、現実の神戸と並行して、形成されているのです。

 戸田さんはその幻想神戸の司祭です。
 わたしたちの中で潜在的に進行している神戸の奇跡に、目の覚めるような色と形を与えます。
 わたしたちを、わたしたちの心の底と出合わせます。

 戸田さんのこの個展は、もう一つの神戸がこの都市の奥に厳然と存在する、そのみごとな証しにほかなりません。

 ギャラリーロイユは http://g-loeil.com/ 

神戸市バスの運転士さんに感謝

2012-07-05 21:31:00 | 都市
 水曜日(4日)のことです。
 夜、家に帰るのに、バスに乗ったんです。
 JR三ノ宮駅から麻耶ケーブル行きの最終便です。
 神戸の市バスです。

 野崎通3丁目の停留所で降りようとすると、運転士さんがいきなり手を遮断機のように差し出して、止めるんです。
 神戸の市バスは降車口が前にあるものですから、そのような遮断機の役割を運転士さんができるのです。
 なんのことかわからないので、ちょっと呆然(ぼうぜん)となって突っ立つことになったんです。

 すると、運転士さんが「自転車」って、言うんです。
 運転士さんがそう言ったとたん、バスの降車口とバス停の標識との狭い空間(むろん歩道)を自転車がかなりのスピードで走り過ぎていったんです。
 若い男性が乗っていました。
 無灯だったと思います。

 やっとわかりました。
 運転士さんがバックミラーで自転車の接近に気がついて、危ない、ととっさの行動をとってくれたのでした。

 歩きはじめて、ぞっとしました。
 あのまま、もし降りていたら、たぶんぶつかっていたと思います。
 ぼくは腰と膝が悪いものですから、おそらく立ち上がれなかったろうと思います。
 運転士さんの機転のおかげで、ぼくは大けがをせずに済みましたし、おそらくそれで、その自転車の若者も救われたろうと思います(本人はそんなこと考えもしなかったでしょうが…)。

 ここ数年、神戸市の市バスの評判が市民の間でとてもよくなっています。
 昔はまるで暴走族のような運転士さんが坂道を疾走したり、まだドアが閉まりきっていないのに発車したり、ばんばん急ブレーキをかけたり、危なくってしかたがなかったのですが、ある日とつぜん運転士さんみんなのマナーがよくなって、まあ、それもいつまで続くことやら、と疑っていたのですが、もうたぶん五年以上もずっと続いているんです。、
 これはもう本物でしょう。
 ぼくの記憶が間違っていなければ、老人の無料パスが廃止されて、老人も一部料金を払うようになった、その前後から変化が始まったかなあ、と思うのですが。
 ただ、これは定かではありません。

 運転士さんが市民に信頼されるようになったからでしょうか。
 乗客の中にも、昔のように運転士さんに悪態をつくような人は見られなくなったように思います。

 このROUJINは水曜日の運転士さんに深く感謝しています。
 それで、このブログを借りました。