しゅぷりったあえこお nano

ブログ版 シュプリッターエコー

猫婆日記 5…ひと足早く春の歌

2016-02-28 20:34:00 | 猫の町
 どうやらわたしたち猫族には春が少し早く来るみたいで。
 体がしぜんうずうずしてきて、歌なんぞ歌いたくなってくるんです。
 気がついたらよく鼻歌を歌ってます。
 とくに夜更けになるとなおいっそう。

 でも女主人のみよこさんは、鼻歌と雑談の区別がつかないみたいで。
 ときどき「近所迷惑よ、静かにしなさい」って怒るんです。

 
 ちょっと残念なんですよ。
 歌いながら、ベランダの下あたりで外猫のだれかが聴いてくれてないかなあ、って多少は期待もありますから。
 あのヴェロナのロミオさんみたいに、壁を伝ってそこまでのぼってきてくれないかなあと思ったりしてるんです。
 月の下で夜明けまでおしゃべりするって、ほんとにすてきじゃないですか。

 百四歳でも体も心もまだじゅうぶん青春です。
 恋に年齢はありませんもの。
 いまは人間さんだってそうでしょう?
 老人ホームでも痴話げんかなんかが結構あるって聞きますもの。 

猫婆日記 4…名前のこと

2016-02-21 19:27:00 | 猫の町
 あたしの名前?
 あら、言ってなかったかしら、まだ。
 ユメ。
 夢をゆめみるのあの夢のユメ。
 女主人のみよこさんの連れ合いのサトシさんがつけました。

 大震災の年の夏に神戸のこの家にもらわれてきたでしょう。
 芦屋のお屋敷でどんなふうに呼ばれていたか、はっきりとはもう思い出すことができません。
 ダリアとか、ヒマワリとか、ボタンとか、そんな名だったかもしれません。
 愛護協会のお姉さんの車でガレキの町をノロノロ走って、この家にやってきました。

 もうその日のうちにサトシさんがユメとつけてくれました。
 どうしてユメに? と訊ねられると、ヒトシさんはいつもこんなふうに答えています。
 街はもうすっかり壊滅状態でしたので、そのまっただなかで復活を夢みながら、と。
 きれいな答えなのは確かです。
 訊ねたひともそれですんなり納得します。
 でも、きれいなだけ、たぶんいくらかの嘘も混じっているのです。

 ほんとうは何も考えずにつけたんだと思います。
 ふっと思いついたことを、そのまますっとつけたんです。
 まちがいなくそんな雰囲気だったのです。
 「ユメにしよう」とサトシさんが言って、「いいわね」とみよこさんがすぐ乗って、それであっさり決まりました。
 震災からの復活を夢みてというのは、そのときの空気から言うと、あとからの理由づけだったと思います。

 でも、まあ、ふっと思いついたということが、逆にこの名前の深さを語っているのかもしれません。
 街全体に絶望の空気が漂っていて、それでひとびとの心の底にそこから脱出したいという強い希望が生まれていたのは確かです。
 絶望の街というのは、大きな希望の街でもあったのです。
 だって最も大きな絶望の時って、最も大きな希望の時でもあるでしょう?
 生き物であればこれはみんなそうなんじゃないかしら。
 底に生まれたその希望がサトシさんの心にもふっと浮かんできたんです。

 だとすると、とっても深いところから昇ってきた名前だとも言えるでしょう、これ。
 すっと軽く出てきたことが、実は考えに考えたものよりもずっと重いことだったってこと、それはよくあることでしょうし。

 いずれにしても、あたし、まあ、気に入ってます、この名前。
 よろしくね。 

猫婆日記 3…仕切りのこと

2016-02-14 20:42:00 | 猫の町
 人間ってなんでこんなふうにあっちこっちに仕切りを設けるのが好きなんでしょうね。
 ドアでしょう。ふすまでしょう。カーテンでしょう。つい立てでしょう。
 じゃまなんですねえ、わたしたち猫族にはこの仕切りが。

 わたしたち、けっこうデリケートでしてねえ。
 一日のうち何回かは、じぶんのテリトリーをこまかく巡回するんです。
 こまったことがどこかで起こってないか、それを確かめに回るんです。
 
 わたしのテリトリーは、この2LDKの部屋部屋ですからねえ。
 いつでもどこでも、歩き回れるようにしといてもらわないと困るんです。
 でもやたらと閉め回るんですねえ。
 とくに、女主人の連れのサトシさんというひとが。

 その点、ニュートンさんは理解がありましたねえ、わたしたち猫族に。
 ええ、りんごの実が木から落ちるのを見て、地球の引力を発見したあの天才科学者アイザック・ニュートンさんのことですよ。
 人間にはずいぶん気難しいかたで、論敵なんかはグーとも言えなくなるまでたたきのめさずには気がすまなかったおひとらしいんですが、わたしたちにはやさしかった。
 大きな屋敷のドアというドアに丸い穴をあけてくださって、わたしたちが好きな時にどこへでも行けるようにしてくださった。
 そればかりか、子猫が生まれたときには、その子猫のための小さな穴を、親猫の大きな穴の隣にわざわざ作ってくださった。
 (そんな第二の穴を作る必要があったのかは、別にして。…まあ、天才さんのなさることですから)

 でも、サトシさんんはニュートンさんほど偉くもやさしくもないですから、すぐわたしを閉じ込めてしまうんです。
 もちろんそうなったらわたしもおとなしく黙ってなんかいませんよ。
 思いっきり、ぎゃあぎゃあわめいてやる。

 だって、言うじゃないですか。
 自由を愛するもの、野山に戸を立てず、って。

猫婆日記 2…かりあげ君のミサイルのこと

2016-02-07 18:54:00 | 猫の町
 この家の主人のみよこさんとわたしは一日になんべんか、おたがいに呼びかけ合って、ああ、あなた、そこにいるのね、と確かめ合うんです。
 確かめ合って、安心し合うんです。

 でもときどき、わたしがいくら呼びかけても、みよこさん、いっこうに返事をしないことがあるんです。
 それどころか、聞こえないのかなと思って、わたしがいっそう大きな声で呼びかけると、やかましい、と言い返してきたりするんです。
 なんか、ムシのいどころが悪かったのかもしれませんけど。

 そんなときは、わたしだって、そりゃあ、ハラが立ちますからね。
 こんどはみよこさんが呼びかけてきたときに、黙っててやるんです。
 ダンマリを決めこんでやるんです。
 知らん顔して、そのまま毛づくろいを続けるとか。
 ぷいとあさってのほうを向いたりして。

 そんな日には、家の中がいつもより静かになって。
 ちょっぴり寂しくはなりますけど。

 けさもそういうわけでひっそりした午前だったんですけどね。

 テレビとラジオが急にやかましくなりだして。
 あのトッチャン坊やが歓力をふるっている不思議の国、かりあげ君を神のようにあがめているあのおかしな国が、実験ミサイルを飛ばしたっていうんでしょ。
 そのにぎやかなことといったら。
 …ミサイルはいま、沖縄県の上空方面へ向かっているもよう。
 いま沖縄県の上空を通過したもよう。
 いま南方の洋上に落下したもよう。

 周りの国々が大騒ぎするのをみながら、トッチャン坊やはずいぶん得意だったことでしょうね。
 坊やのオモチャをみんながあんなに注目してくれたんです。

 でも、わたし思うんですけど。
 あれはなにも、あなたそこにいるのねと確かめ合って、国民がたがいに安心し合うわけじゃないんでしょ。
 反対に、つべこべいうな、いちいちおまえのいうことは耳障りだ、あんまりうるさくいったらこいつをおたくの首都へブチ込むぞって、おどしでしょ。
 だったらいっそのこと、わたしたち猫族流にね、周りの国がみんなダンマリを決めこんでやったらどうだろうと思うんです。
 なにをやっても、ほったらかしにするんです。

 あら、ミサイルを発射したの。
 そうなの。
 で、それがどうしたっていうの? かりあげさん。
 どうぞ、どうぞ、御随意に。
 お好きなだけあなたのオモチャと遊びなさい。
 と、いうふうに。

 トッチャン坊やの戦争ごっこに律義につきあうことなんかないでしょう。
 大のおとなが。

 たまには猫族に学びなさい。
 損はしないんじゃないですか。