しゅぷりったあえこお nano

ブログ版 シュプリッターエコー

街路樹哀れ

2006-10-31 21:50:46 | 都市
 あれは神戸市の緑地課の仕事なんでしょうが、この時期になると街路樹がね、まだ緑の葉を茂らせているのに枝を払われてしまうんです。
 ぼくの家の近くは立派なユリの木なんですが、もうみんな丸坊主。なんか不気味な光景です。
 これでは、うっそうとした緑が神戸の街を覆い尽くすような、そんな心のなごむ景観は永久にやってこないな、といつも残念に思うんです。
 
 理由はいろいろあるんでしょうけど、ね。落葉がいっせいに始まると掃除が大変だとか、木が大きくなりすぎると送電線を傷めるとか。
 でも、それって、しょせんは管理の問題でしょう?
 人の心のことを考えて街路樹を精一杯豊かにしてやろうと、そういう発想を基軸に置いたら、別の対応がありますよね。
 掃除の回数を増やすとか、送電線を地下に埋めるとか。日本の多くの都市がまだそうなんでしょうけど、この街ではとにかく管理が優先されて、どうもちょっと寂しいんです。
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街の風物詩

2006-10-30 12:45:47 | ノンジャンル
毎年この時期になると
神戸地裁近くにあるお寿司屋さんでは大々的にクリスマスツリーを飾り付ける。

わたしがその盛大な飾り付けに気付いたのは今から2、3年前。
JRに乗り大阪方面へ向かう車窓からなにげなく山側の景色を眺めていたところ
こじんまりとしたビルの屋上いっぱいにツリーやらモールやらがてんこもりになっていたのである。しかも寿司屋の屋上で。

なぜあんなところに、あれほどまで盛大に飾ってあるのかは謎だが、あの辺りでは有名らしくもう何年も前からの恒例行事なのだそうだ。

今年も賑わった屋上を眺めることが出来ますよ。えぇ、わたしがすでに確認済みですから。
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藤田佳代舞踊研究所発表会

2006-10-28 23:34:56 | 舞踊
 今年が29回目になる藤田佳代舞踊研究所の発表会を見に神戸文化ホールへ行ってきました。わがシュプリッターエコーの編集委員のひとりが研究所のメンバーで、ぜひ彼女のダンスを見なければ、とこう思ったわけなのです。

 藤田佳代舞踊研究所は、モダンダンスでは神戸で最も大きなカンパニーで、発表会も出演者が150人にもなるという大イベント。プログラムはいつも創作の新作品で、今回は「室ノ内交差点をわたるとき子守唄が聞こえてきても眠っちゃいけないよ」そして「2006年1月1日8時59分60秒 オルフェウスとわたしは出会った 彼は竪琴を奏でながら妖精や人が花に変身するはなしをはじめた」の2本でした。

 さて、わが編集委員ダンサーは、最初の作品では中世ヨーロッパの修道僧が着ていたようなフード付きのガウンをまとって神秘な樹霊の群舞を踊り、二つ目の作品では裾を桜色に染めた白いドレスでまさしくサクラの花を舞ったのですが、舞台の上ではみんなもう世俗の人間ではなくなるのですねえ、ふだんの気さくな彼女はどこかへ消えて、神につかえる巫女のように神々しい輝きでした。

 まあ、そもそも振付をする藤田佳代先生が巫女のような人で、どうしてこんな美しい形が出てくるのかといつも驚かされるのですが、とりわけこの夜のサクラときたら、音楽はモーツァルトのピアノ協奏曲第21番のあの昼下がりのゆるやかな落花のようなアンダンテ(第2楽章)、そしてダンスは、リンと立つ和装のソリストの武道めいた簡潔な動きと、清楚なドレスの17人のエレガントな花弁の舞いという取り合わせ。まったく、霊感さえわたる天才の仕事なのでした。
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皮も身も

2006-10-26 23:44:12 | ノンジャンル
本選びの基準は

タイトルまたは著者名
ジャンル
題材
友人の薦め

そして「第六感」

むかしレコードを買う時などには俗にいう「ジャケ買い(ジャケットのデザインにひかれて購入)」することもあったが、それがこの第六感である

当たりかハズレかは針をおとしてからのおたのしみ、宝くじを買うようなワクワク感も楽しめる
時には名曲にも遭遇するし、もし迷曲の場合も不思議と愛着が持てる

本の場合、ジャケットに相当するのは装丁とオビになるのだろうか

今日ジャケ買いしたこの本の結果は近いうちに報告したいと思っている
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庭を眺めに

2006-10-25 12:58:01 | ノンジャンル
毎日

連なる鉄の箱に詰め込まれ、不機嫌な川に身を委ねながら
コンクリート製の鳥小屋に出勤していると
カラダから水が奪われていくのがわかる

奪われたものを取り戻すべく
たまには流れに逆らってみるのだけれど…


日本の「いけばな」には
西洋のフラワーアレンジメントにはない独特の趣きがある


もしも
一輪の華が春の陽射しを、ひと握りのススキが野をわたる風を
あなたにみせたのなら
こんな素晴らしいことはない。
わたしはわたしの庭をおみせしたいのです。

むかし、小さな流派の家元がみせてくださった「彼の庭」は
オモテをこちらに向けて佇むひと振りの桜とそのはなびらを浮かべた水面

たっぷりとはられた水が華の影を映し、そこには確かに満開の桜並木がみえた



今日も鉄の箱に揺られコンクリート製の鳥小屋に向かうのならば
JR各駅の改札口横にある少し目立たない場所を眺めてみてはいかがだろうか

様々な流派の「庭」があなたを迎えてくれるはずである
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nano

2006-10-24 11:51:57 | ノンジャンル
さて、こうして僕らは毛色のちがう3つの経路を手に入れた。

(1)「Splitterecho シュプリッターエコー」(プレス版)

(2)「Splitterecho Web版」

(3)「しゅぷりったあえこお nano」(ブログ版)

(1)から(3)への流れは批評の定義の拡大に対応していると言っていい。

要するに、ユルくなっている。

マラルメがひとりで執筆・編集しつづけた「最新流行」のように、ここでは世俗のあらゆる事象が批評の対象になる。

芸術批評(これも大層な言葉だ)に限らず、テレビドラマ批評、化粧品批評、料理批評、旅行批評、書店批評…様々な批評があり得るだろう。

感想というならそれでいい。

「熟考」と「質」がプレス版の要なら、「速度」と「量」がこのブログ版の命だ。(Web版はその中間を行くものだろう。)

いや、もうはっきり、ここでは質より量が問題なのだと言っていい。

マラルメが数々の筆名を使い分けたように、この匿名のweb世界で僕らひとりひとりが「ミス・サタン」となり「ブルトンの女城主」となり、書きに書くことだ。

僕らもまた多数になるということ。

そうして指にまかせてキーを打ち続けること。

熟考の末編み出される批評が、作品をひとつの宇宙とみなし、汲めども尽きぬ豊かさをそこにみいだす作業なら、より速やかな反射運動としてアップロードされる「軽率な」批評たちは、夜空に次々と昇る暗い小さな星たちであり、それらの布置に僕らは現在の星座が浮かび上がるのを待つ。

あるいは、それらひとつひとつの砂の集積に、現在という砂漠をみて呆然とするのかもしれない。

しかし僕らが求めるのはいつでも希望だ。

かくも多くの心動かす事象があり、かくも多くの感銘を与える人々がいるということ。

希望を支えているのは、ひとつの巨大な重力、ひとつの統一原理ではなく、あらゆる水準を通じていつも、多様性である。

そして、このサイトもまた、ひとつの星だ。銀河系のオリオン腕の一角にある僕らの太陽系のように、無数の星の漂うwebの銀河に新しく参入した小さな光である。

その場所でかくも多くの事象と人々が存在することを証立てるwebという壮大な事業の、無限小の一翼を担っている。

僕らのナノ・メートルのまたたき。

それはそれでいい。
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ハンドルネーム

2006-10-24 01:59:58 | ノンジャンル
私のハンドルネーム(HN)「hdk」について。
決して国営放送ではありません。
京都時代の私の家はこう呼ばれていた。
h=human
d=dust
K=名前
語源は隣の家。
8回生やって大学を除籍処分になって
でも今は九州の某町議会議員(サハ=麻雀用語)。
5回生やってパソコン触ったこともなくIT会社就職、
今や独立プログラマー(高給!)
5回生やってビデオ屋と居酒屋バイト掛け持ち生活2年、
中国留学して今は大連で翻訳業。
この3人の男が同居していた一軒家の表札は
「Human Dust Club」。
「サハ」の議員氏の所属を公に応する
漫画家Sイバラのギャグを英訳するとこうなるとか。
hdkの住人はもし今わるいことしたら職業は何と報道されるか
ちょっと知りたいワタクシ(昔Sイバラ風)
とりとめが無くなりすぎっ!!



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【情報】第九無料!

2006-10-23 20:52:21 | ノンジャンル
第九がタダで聴けます!!11/4(土)午後2時開演・会場はポートピアホール(ポートピアホテル内←音楽会後ホテルで宴会??)。指揮・松尾昌美、オケは大阪シソフォニカー。何故タダかというと神戸市医師会設立50周年記念演奏会とかで。独唱も結構有名な人々。合唱は神戸市医師会なのに何故か尼崎市合唱団にお医者さん有志(苦笑)。確かにお医者はクラシック好き多いから。内容の保証はしかねますがナマの第九を聴いた事無い人はまあ一度。シソフォニカーに知り合いいますが残酷物語多数…(検索引っ掛からない為に一部カタカナ表記をイラってます(陳謝))
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宮崎みよし展

2006-10-22 20:01:46 | 美術
 宮崎みよし展に行ってきました。
 宮崎みよしさんは、神戸港の人工島にたくさんの現代美術家を集めて10年も野外展を開くなど、大きなアートイベントをリードしている女性作家です。彼女のことをぼくは密かに“神戸の卑弥呼”と呼んでいます。

 会場は、住吉川を東へ渡った国道2号線沿いのBarca (バルカ)という新しいギャラリーです。勢いのいいタッチで紙に描いたドローイングが中心でした。
 黒く塗りつぶした空間に白い球体がポッカリと浮かんでいる画にぼくはとりわけ心を打たれて、宇宙を漂流する惑星を想像しながら、心が広くなるのを感じました。

 なぜ黒い空間に球体なのですか、と尋ねると、みよしさんの答えはこうでした。
 「色彩の空間にしたら、その色にどんなメッセージがあるのかと思われるでしょう。円形でなく四角にしたら、四角は円よりいびつになりやすいので、そこにもどんな意図があるのだろうと考えさせてしまうことになるでしょう。私はいま、作家としての意図はできるだけ空にして、見る人の想像力を最大限に解き放ちたい、とそう思っているのです」
 作家としてのみよしさんは匿名性の中に隠れてしまって、創造の主体を見る人の方に全面的に譲りたいと、そのように考えているというわけです。

 そういえば、最前線で制作に携わっている美術家たちは、最近めっきりと「個性」などという言葉を口にしなくなりました。ひと昔前とはすっかり変わって、一作家の個性など何ほどのものか、と思っているような表情です。なにか、個人を超えた、大きな世界(宇宙)にコンタクトを取ろうとしているような趣きです。
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Pino Eternaギター教室発表会@コンセール西宮

2006-10-22 00:02:08 | 音楽
クラシックギターの音色に諸行無常の響きを見るのは私だけじゃないだろう。
西ノ宮の住宅街に設けられた小さなホールは、情熱的な、しかし寂寥感を内包する音色に満たされた。
一戸建て住居を二階までの吹き抜けに改築したこじんまりとしたホールでは、緊張した奏者の呼吸までも聴衆の肌に伝わる。紅潮した頬を見ていると心臓の激しい鼓動まで聞こえかねない。
アンサンブルが3曲、ソロが10曲の2部構成。あぶなげなアルペジオ、ぎこちないビブラートに見ていてはらはらするものの、各部のトリを務めた新進若手奏者はさすがの風格。奇抜な曲のグリスタンド、コードを握る指が弦の上を滑る音さえ美しい。
最後は若手4人によるアンサンブル、L.ブローウェル作曲「キューバの風景とルンバ」。深い森の奥で滴り落ちる水滴や蛙の声、南国の鳥のけたたましい鳴き声、獣の走る音、さらには未開の部族の奇しい儀式をクラシックギターで再現する名(迷?)曲。
迷曲にクラシックギターの可能性の広さを、若手ギタリストたちに未来の明るさを見た。

てゆーかごめん、長くなった。
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