FF11&14『オス猫日記』

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【SS】見上げた宇宙【SF01】

2009年01月09日 01時24分22秒 | 駄文
01.

 地上から見た宇宙は美しい。たとえそこが死に満ちた世界だったとしても。



 そんなことを言っていたのは、いったい誰だったか。
 ラビの頭上には満天の星空が広がっている。
 光の砂を散らしたようなそこは、ラビが生まれ育ってきた場所とはまるで違うもののように見えた。

「――すごいわねー、これ」

 背後から聞こえた声。耳に馴染むそれに振り返れば、仕官学校時代からの同期であるメルタが、目を引く長髪を夜風に揺らしながら歩いてくるところだった。
 ラビと同様に保護ゴーグルで覆った視線は、頭上の星空へと向けられている。
 胸元まで下げられた防塵マスク。ほっそりとした形のいいあごと白い喉が見え、不意の気恥ずかしさを覚えたラビは視線を逸らす。

(思春期の学生じゃあるまいし……)

 そんな己の行動が酷く滑稽なものに思え、ラビは小さなため息をつく。
 改めて視線を戻し、こちらを見ていたメルタと視線がぶつかった。
 まっすぐにラビを捉えた翡翠色の瞳に、心臓が小さく跳ねる。
 奇妙なむず痒さは一瞬のこと。自らの口元を指差すメルタは、挑発的な笑みを浮かべている。

「“塩”、そんな強くないでしょ?」

 片方の眉を上げたメルタの笑みには、どこか人を小馬鹿にするような雰囲気があって、ラビは防塵マスクを即座に剥ぎ取った。
 直接触れる外気は冷たく、吐いた息が白く流れていく。

「万が一、ってこともあるだろ」
「神経質」

 一応の抗弁は、一言で斬って捨てられた。

「これからしばらく、地上(こっち)でやってかなきゃいけないんだからさ。いろいろと慣れてかないと」

 言うメルタは、片眉を上げた表情のままで、

「潰れちゃうわよ。気、張り詰めっぱなしじゃ」

 肩をすくめると、再び視線を空へと戻す。
 言われたラビは簡単に同意する気にもなれず、

「――――」

 結局は何も言わず、同じようにして視線を投げた。
 先ほどと同じ満天の星空の中、ひとつだけ先ほどと違う点がある。
 散った光点のうち、地平線に近い位置にある一角がゆっくりと移動している。
 同じ位置関係を保ったまま動くそれらは、巨大な航空艦に灯った明かりの群れだ。
 その向かう先、夜空の端には、はるか上空に浮かぶ長大な構造物とそこから垂らされる一筋の光の帯が見えた。

「あの航空艦って――」
「メリーランド。戦前にあった州名が由来の、合衆国の都市型航空艦」
「都市型、ね……」

 あれも、一種のコロニーなのかしら。と、メルタがつぶやく。
 宇宙と、地上の空と。その内に多くの人間を抱えて漂う様は、確かに似ていると思えなくも無い。

「ま。どっちでもいっか」
「いいのかよ……」

 あっさりとした結論を出したメルタは、ラビの突っ込みに答えず、視線をさらに下へと落とす。
 進むメリーランドの下――実際の位置関係はまるで違うのだろうが――地上に広がる光の群れがある。
 遠方に、市街の光が見えていた。

「明日にはあそこに入ることになるわね」

 言うメルタの声には、静かな緊張の色がある。
 心情を隠すのが得意なメルタのそれを読み取れたのは、ラビ自身、同じように緊張する思いがあったからだ。

「初の地上が、まさか最前線になるとはね」
「最前線っていったって、今は停戦中でしょ。宇宙と地球は」
「停戦中っていっても――最前線、だろ」

 わずかな沈黙。
 ラビの言葉に、メルタの反論は無い。
 代わり、肩をすくめる気配が伝わってきた。

「ま、その通りなんだけどさ」
「えらいあっさり肯定するな、また」

 メルタなりに、重くなった空気を振り払う態度だというのは、付き合いの長いラビにはわかっている。
 それでも、多少の呆れを覚えてしまうのは仕方が無い。
 見れば、メルタはすでに市街地のほうを見てはいなかった。
 視線はラビから見て背後へ、二人が所属する部隊の陸上艦が停泊するほうへと向いている。

「夜よりは昼間に。大々的に市街に入るってのは、まだわかるけどさ――」

 陸上艦の前方甲板。そこにうずくまる影を見やりながら、メルタがわずかに不満げな表情を見せる。

「何だってランドモビルを出す必要があるのよ」
「それこそ昼間に入るのと同じ理由だろ。こっちにだってオリジナルのランドモビルがある、ってデモンストレーション」

 四脚の下半身をもち、状況に応じて二脚形態への変形も可能とするランドモビルは、戦時から地上にあっての戦闘の主役だった。
 As粒子と流体素粒子装甲の研究において先んじるコロニー陣営が、地上においてもその優位性を見せ付けるため、独自に開発したランドモビルという存在は重要なものになる。
 ラビとメルタは、部隊におけるランドモビルのパイロットとして、失敗の許されない重責を負っていることになる。
 そういって、整備員の連中に散々脅かされたのはついこの間の話だ。

「メルタはまだいいだろ。重力下でのシミュレータ成績、俺よりずっと上なんだから」
「でもあたし、本番に弱いのよねぇ」

 なおも愚痴をこぼすメルタにため息をつき、ラビは下げていたマスクを引き上げる。単純に、少し強く吹き始めた夜風が冷たかった。
 メルタもそう思ったのか、二人とも、自然に艦へと向かって歩き出していた。



 横に並んだメルタに気づかれないよう、そっと頭上を振り仰ぐ。
 地上から見た宇宙は、確かに美しく、幻想的だ。
 だがそれならば、宇宙から見た地球もまた、そうであったように思う。
 実際の宇宙が美しいだけの場所ではないことを、ラビはよく知っている。
 ならば、果たして地球はどうなのだろうか。

「明日は、“塩”、強くないといいけど――」

「――ああ、そうだな」

 今はまだ、ラビにはわからなかった。

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2 コメント

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凄い遅いですけどw (メル)
2009-01-19 21:41:30
読ませていただきましたw
SFですか~。
あんまりSFに慣れていないので雰囲気だけで読んだ感じですが、面白そうな雰囲気でした。
雰囲気だけなのでよくわかりませんけどw
でも、プロローグ的な部分では面白そうな雰囲気を出すのが重要ですよね。

これから続いていくのかな?
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シリーズになるかはわかりませんが (sobael@管理人)
2009-01-19 22:35:40
何の展望もなく書き始めた割りにこの一作はちょっと気に入ったので、上げてみましたw
何の気負いもなく書き出したのが逆によかったのか、本当に久しぶりに綺麗にまとまったので。

設定的なものは下地として作ってありますが、シリーズとして書くかどうかはまだ決めてませんねー。
やるとしたら、今回みたいなあんま動きの無いシーンを切り抜いた超短編のオムニバスみたいになるかもしれません。
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