「のう、主人よ」
『“風の止り木”亭』と彫られた金属製のプレートを磨いていた男は、カウンター席に座した銀髪の少女の呼びかけにその視線を上げた。
プレートを磨く手は休めず、視線をもって言葉の続きを促す。
「あの二人。どこで拾ってきたんじゃ」
尋ねる少女の見やる先には、酔っ払い同士の喧嘩を煽り立てるミスラ族の女と、その横で我関せずと酒を呷っているヒューム族の男の姿がある。
宿の主人兼酒場のマスターでもある男は、「ふむ」とひとつ頷くと、
「おら! ナーハ! ロイ! 仕事しろ仕事ぉ!!」
酒場の喧騒に負けぬ声で、ミスラとヒューム――この“風の止り木”亭の用心棒である二人組の冒険者を怒鳴りつけた。
その声に、ミスラが親指を下へ向け、口を尖らせて見せる。一方のヒュームは杯をテーブルへ置き、静かに立ち上がった。
酒場の喧騒にかき消されて声は聞こえないが、ヒュームの男が喧嘩している酔っ払いの間に入って何事かを諫めているようだ。やがて、やや冷静になったらしい酔っ払いを改めて説得しようと――したところで、その背に浴びせ蹴りをくらい、酔っ払いたちとテーブルの上の諸々を巻き込んで男は床へ倒れこんだ。
それをきっかけに再び大騒ぎになる店内。先ほどまでと違うのは、その中心になって暴れているのが、今しがた相方に蹴りを見舞ったミスラの女であるということくらいだ。
――と、そこまでを見て取って、銀髪の少女は視線を酒場の主人へと戻した。
プレートを磨く手を止めた主人は、何かに耐えるように顔をうつむかせて肩を震わせていたが、
「……で。何だったっけか? あいつらの素性だったか?」
やや引き攣った笑顔を浮かべたまま、現実から逃避するように少女へと意識を移した。
「まあ、直接的な物言いをしてしまえばそういうことじゃ」
少女の方は一から店内の喧騒になど興味がないらしく、先ほどまでと変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。
それに、主人はやや声の調子を落とし、
「あんたは知ってるかい? 何年か前にこの辺りで「軍」と“三旗”がちょっとしたいざこざを起こしたのを」
逆に聞いた。
その言葉にはいくつかの固有名詞が含まれており――そもそもその意味について知っていなければ、ここから先を話す意味もないと、言外に告げている。
対し、少女の返答は首を一振り。否定を示す横ではなく、肯定を示す縦方向への、だ。
その表情――相変わらずの無表情だが、そこにかすかに緊張の色が差したような気もする。
「――“こちら側”について知っておるなら、知らぬわけもあるまい」
言って、嘆息。
「発端すら知れんような、どうでもいい諍いじゃったはずが……何がどう間違ったものか……噂では一部の人間の暴走とも言われておるが、ともかく抗争は闘争にすら発展し――」
そこで、一旦言葉を切る。
次に来る言葉を、言うべきか否か。しばし逡巡するように間を空け、
「そこに現れたわけじゃ。何の因果か、はたまた完全な偶然なのか。こちら側の世界で知らぬもののない、『絶対の具象』が……」
「“魔天狼”」と、主人にすら聞こえないような声で呟き、少女はそこで初めて背後の喧騒が幾分和らいでいることに気づいた。
振り返ってみれば、倒れ伏す酔っ払いたちの中央で高らかに拳を突き上げたミスラが、背後から接近したヒュームに頭を鷲掴みにされているところだった。
「……その話を持ち出すということは……」
再び主人に視線を戻したとき、少女は完全にいつもの無表情にも見える顔に戻っていた。
「そう。あいつらはその戦場――と呼べるかどうか――の生き残りさ」
もはや完全にプレートを磨くことをやめた主人の、どこか疲れたような言葉に、少女は再度背後を見やる。
静かに、ただ静かに、子供に何かを言い聞かせるようにしてミスラへ言葉を紡ぐヒュームと、その前で床に正座させられているミスラ。
「……ふむ」
少女はただ、そう呟いた。
「ま。終わった話さ」
主人はそう言い、再びプレートを磨き始める。
「ジュノにあるってぇ本部からの増援だけを残して、“三旗”側は全滅。「軍」の方も、それ以上“三旗”と争ったところで何の益もないってことで、話はそこで終わったわけだ」
淡々と語る主人の表情。あるいは何かを懐かしむようなその表情を眺め、
「……」
少女は、杯を一口呷る。
「――ぬるいのぉ」
○
はい。「軍」とか“魔天狼”というものについて知りたい方は、右側の柱にあるブックマークから、『銀河に輝くのアクアマリン』に飛んでみましょう。
自分が名乗っている「オス猫」というのが、どんな存在なのか。それも分かるかと思われます。
まあ、完全にお遊び設定ですね。今回の話は。これからのお話に「軍」や“魔天狼”が関わってくるかと言えば、まあ全然無関係です。と言うしかないですし^^;
(相変わらず他者の作品から設定を借りてくるのが好きなようじゃな)
二次創作だからこそ。世界設定を同じくするからこそ可能なことですからねー。
(主の場合、自身の作品の根幹に関わりかねん設定にまで、他所から借りてきた設定を紛れ込ませたりするから妙なことになるんじゃ)
だから今回はそこまで重要な要素になってしまわないように気をつけたんですけどね。
ただナーハとロイが“三旗”(こっちの組織についてはまた今度)にかつて所属してて、今は所属してない。と、そこだけが最初からあった設定で、その理由付けとして師匠のところから「軍」を借りてきただけですから。
……加えてぶっちゃけてしまうと、この“三旗”も大して重要でもない……かどうかはこれからの展開次第ですけども。
(本当に行き当たりばったりで話を書いとるんじゃな……)
ですよ?
(いや、だからどうこう言うつもりはないが……適当に勢いだけで書いたものを、ノリだけで人の目に触れる場に掲載して、見返したときに後悔したりはせんものかの。と)
そりゃしますよ。
今回のこれだって、今の書きあがってテンション高めの自分ですら「ちょっと痛いな……」って思ってるくらいですし。
(何故そこまで理解しておきながら公開に踏み切るかのぉ)
それは、今公開しなかったら絶対に次の機会が巡ってこないからです。
冷静になってからじゃ遅いんですよ。
(そこまでして公開して。楽しいか?)
さぁ……それについてはよく分かりませんねぇ(´・ω・`)
(……わしには主が分からんわ)
『“風の止り木”亭』と彫られた金属製のプレートを磨いていた男は、カウンター席に座した銀髪の少女の呼びかけにその視線を上げた。
プレートを磨く手は休めず、視線をもって言葉の続きを促す。
「あの二人。どこで拾ってきたんじゃ」
尋ねる少女の見やる先には、酔っ払い同士の喧嘩を煽り立てるミスラ族の女と、その横で我関せずと酒を呷っているヒューム族の男の姿がある。
宿の主人兼酒場のマスターでもある男は、「ふむ」とひとつ頷くと、
「おら! ナーハ! ロイ! 仕事しろ仕事ぉ!!」
酒場の喧騒に負けぬ声で、ミスラとヒューム――この“風の止り木”亭の用心棒である二人組の冒険者を怒鳴りつけた。
その声に、ミスラが親指を下へ向け、口を尖らせて見せる。一方のヒュームは杯をテーブルへ置き、静かに立ち上がった。
酒場の喧騒にかき消されて声は聞こえないが、ヒュームの男が喧嘩している酔っ払いの間に入って何事かを諫めているようだ。やがて、やや冷静になったらしい酔っ払いを改めて説得しようと――したところで、その背に浴びせ蹴りをくらい、酔っ払いたちとテーブルの上の諸々を巻き込んで男は床へ倒れこんだ。
それをきっかけに再び大騒ぎになる店内。先ほどまでと違うのは、その中心になって暴れているのが、今しがた相方に蹴りを見舞ったミスラの女であるということくらいだ。
――と、そこまでを見て取って、銀髪の少女は視線を酒場の主人へと戻した。
プレートを磨く手を止めた主人は、何かに耐えるように顔をうつむかせて肩を震わせていたが、
「……で。何だったっけか? あいつらの素性だったか?」
やや引き攣った笑顔を浮かべたまま、現実から逃避するように少女へと意識を移した。
「まあ、直接的な物言いをしてしまえばそういうことじゃ」
少女の方は一から店内の喧騒になど興味がないらしく、先ほどまでと変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。
それに、主人はやや声の調子を落とし、
「あんたは知ってるかい? 何年か前にこの辺りで「軍」と“三旗”がちょっとしたいざこざを起こしたのを」
逆に聞いた。
その言葉にはいくつかの固有名詞が含まれており――そもそもその意味について知っていなければ、ここから先を話す意味もないと、言外に告げている。
対し、少女の返答は首を一振り。否定を示す横ではなく、肯定を示す縦方向への、だ。
その表情――相変わらずの無表情だが、そこにかすかに緊張の色が差したような気もする。
「――“こちら側”について知っておるなら、知らぬわけもあるまい」
言って、嘆息。
「発端すら知れんような、どうでもいい諍いじゃったはずが……何がどう間違ったものか……噂では一部の人間の暴走とも言われておるが、ともかく抗争は闘争にすら発展し――」
そこで、一旦言葉を切る。
次に来る言葉を、言うべきか否か。しばし逡巡するように間を空け、
「そこに現れたわけじゃ。何の因果か、はたまた完全な偶然なのか。こちら側の世界で知らぬもののない、『絶対の具象』が……」
「“魔天狼”」と、主人にすら聞こえないような声で呟き、少女はそこで初めて背後の喧騒が幾分和らいでいることに気づいた。
振り返ってみれば、倒れ伏す酔っ払いたちの中央で高らかに拳を突き上げたミスラが、背後から接近したヒュームに頭を鷲掴みにされているところだった。
「……その話を持ち出すということは……」
再び主人に視線を戻したとき、少女は完全にいつもの無表情にも見える顔に戻っていた。
「そう。あいつらはその戦場――と呼べるかどうか――の生き残りさ」
もはや完全にプレートを磨くことをやめた主人の、どこか疲れたような言葉に、少女は再度背後を見やる。
静かに、ただ静かに、子供に何かを言い聞かせるようにしてミスラへ言葉を紡ぐヒュームと、その前で床に正座させられているミスラ。
「……ふむ」
少女はただ、そう呟いた。
「ま。終わった話さ」
主人はそう言い、再びプレートを磨き始める。
「ジュノにあるってぇ本部からの増援だけを残して、“三旗”側は全滅。「軍」の方も、それ以上“三旗”と争ったところで何の益もないってことで、話はそこで終わったわけだ」
淡々と語る主人の表情。あるいは何かを懐かしむようなその表情を眺め、
「……」
少女は、杯を一口呷る。
「――ぬるいのぉ」
○
はい。「軍」とか“魔天狼”というものについて知りたい方は、右側の柱にあるブックマークから、『銀河に輝くのアクアマリン』に飛んでみましょう。
自分が名乗っている「オス猫」というのが、どんな存在なのか。それも分かるかと思われます。
まあ、完全にお遊び設定ですね。今回の話は。これからのお話に「軍」や“魔天狼”が関わってくるかと言えば、まあ全然無関係です。と言うしかないですし^^;
(相変わらず他者の作品から設定を借りてくるのが好きなようじゃな)
二次創作だからこそ。世界設定を同じくするからこそ可能なことですからねー。
(主の場合、自身の作品の根幹に関わりかねん設定にまで、他所から借りてきた設定を紛れ込ませたりするから妙なことになるんじゃ)
だから今回はそこまで重要な要素になってしまわないように気をつけたんですけどね。
ただナーハとロイが“三旗”(こっちの組織についてはまた今度)にかつて所属してて、今は所属してない。と、そこだけが最初からあった設定で、その理由付けとして師匠のところから「軍」を借りてきただけですから。
……加えてぶっちゃけてしまうと、この“三旗”も大して重要でもない……かどうかはこれからの展開次第ですけども。
(本当に行き当たりばったりで話を書いとるんじゃな……)
ですよ?
(いや、だからどうこう言うつもりはないが……適当に勢いだけで書いたものを、ノリだけで人の目に触れる場に掲載して、見返したときに後悔したりはせんものかの。と)
そりゃしますよ。
今回のこれだって、今の書きあがってテンション高めの自分ですら「ちょっと痛いな……」って思ってるくらいですし。
(何故そこまで理解しておきながら公開に踏み切るかのぉ)
それは、今公開しなかったら絶対に次の機会が巡ってこないからです。
冷静になってからじゃ遅いんですよ。
(そこまでして公開して。楽しいか?)
さぁ……それについてはよく分かりませんねぇ(´・ω・`)
(……わしには主が分からんわ)