11月5日の土曜日、北九大の学生さんで、北九州で始めた行われたレインバーパレードの実行委員長の方をお呼びして、市民センターで行われました。
参加者は、まち協の役員さんなどが多く、大先輩の方です。しかし、こうした学習会に参加されていたのは、ある意味、感動でした。
質疑のところでは、結構濃ゆい議論になりました。皆さん、役員さんが多く、それぞれ、自分の思いをもってある方です。ある質問がきっかけで、大論争になりました。
ある方が、あなたの生き方や意見は尊重するが、男性同士、女性同士のカップルの場合は、あなたの素晴らしい遺伝子を残せない。次の世代への社会の継承という観点でどう思うかという意見でした。
講師の方は、女性同士でも、養子をもらうとか、里親になるとかで、子どもを育てている人もいると答えましたが、質問者の方は、あなたの遺伝子の子が残せない。そういう人が増えれば、社会が立ちいかなくなるんじゃないかと再質問。
講師の方は、実は、性的マイノリティの人は、表面に出なかっただけで、以前から社会の中で一定数いて、現在とその割合はあまり変わっておらず、それでも、社会は世代交代が出来てきている。また、自身が性的マイノリティでも、異性と結婚しているひともいるので、同性同士で結ばれたとしても、子どもが生まれなくなって、世代継承ができないわけではないと話してくれました。
その中で、わが子を残すことや遺伝子を残すことに対して、自分は子どもがいないが、近所の子や身内の子をわが子同然と思って、接してきた。多様な生き方を勉強しているのに、子どもを残すとか、世代継承とか、趣旨が変わってきているんじゃないかとの意見があり、それに賛同して、多くの先輩の女性の方が、発言をされました。
枝光の女性たちの人権レベルは高いと感じました。
私は皆さんの話を伺って、人間は、太古から自分の血をひいていない、よその子でも、大切に育ててきた歴史がある。例外もありますが、一般的な動物は自分の遺伝子を残そうと必死になっています。
しかし、人間は当然動物である以上、自分の遺伝子を残そうという衝動はあると思いますが、ここでも例外はありますが、よその子でも、わが子同然に、愛情持って育ててきた種族でもあります。中国残留孤児のかたもそうですが、里親の方もそうです。
人間は、自分の遺伝子を超えたところの、共同体として、俺が俺がというより、人間という種族を残すために、社会を形成してきた種族です。遺伝子学的に、助け合って、分け合ってきた種族が私たちの祖先だという研究もあります。つまり助け合わなかった種族は、すでに絶滅しているのです。
この学習会の参加者の多くを占めていた、地域の方も、すでに、そういう立場で、行動しているのではないでしょうか。自分の子や孫でなくても、枝光の子という立場で、皆さん、ご自身の貴重な時間を割いて、朝の登校指導や、下校時のパトロールなどをされています。
世代継承と言っても、何も、自分の遺伝子にこだわっていては、地域活動はそもそも成り立ちません。PTAだって、わが子の幸せを願うのであれば、その友達も幸せであってほしいものです。みんなが楽しければ、わが子も楽しくなります。地域の子の成長を、わが子のように喜ぶことを、まさに、まち協の皆さんがやっていることだと思いました。
世代継承ができないと心配することでもなく、皆さんの日常の活動そのものが、世代を超えて伝わっていくものだと、その大人の背中を見て、子ども達が、また、大人になった時に、自分のことだけでなく、友達のことや、よその子のことでも一生懸命になれるんだと思います。
それを、これまで人間の歴史上、永遠と継承してきたからこそ、私たちが生きているのかもしれません。しかし、この文化を忘れ、他人に無関心になった時に、人類は絶滅するのでしょうか。
NHKで調査で、あの最も弱肉強食と言われるアメリカのウォール街の人に、心理テストを行った際、個々の人でも、本能的に、分け与えようとした人が圧倒的多数だったそうです。
人間本来のやさしさが生きる社会・政治が必要だと感じました。