「まあ、あなたにあの子が説得できるとは思ってなかったけど」
妻の叱責に、ニコラスはうつむくしかなかった。とはいえベロニカの顔は、本気で怒ってはいない。
「で、行ったのね、エストは。バスに乗って」
「うん……」
「ま、仕方ないわ」
ベロニカは拍子抜けするほどあっさりと言う。
「わたしだって、あの子の歳には祭っていう祭で踊ってたもの」
大人顔負けの踊りを披露するベロニカの姿を、ニコラスは容易に想像できた。だが思い返せば、自分だって今のエストの年齢にはギターに夢中になっていた。父ロレンソのもとを離れ、師匠につきはじめたころだ。
「あなたとわたしの娘、だものね。おとなしくしろ、というほうが無理ね」
ベロニカはおもむろに立ち上がる。
「出かけるの?」
「なに言ってるの。あなたもよ、ニコ」
「え?」
「見とどけなくちゃね、エストの“お相手”を。本場の夏至祭りも見てみたいし」
役所の前にはステージも設けられていたが、そこは無人のまま、ただ“夏至”を祝う市の旗ばかりが風にはためいていた。その代わり、ステージの下の広場にはぞくぞくとグループが集まっていた。おのおの、愛用の楽器を手にして。
始まりは、突然だった。
広場の数ヵ所で、リーダーが飾りのついた指揮棒を同時に振り下ろす。
一気に、満ちあふれる音の洪水!
ギター、ヴァイオリン、タンバリン、カスタネット、混ざりぶつかり合う数多の音。
いくつも咲いた踊りの輪から。ひときわ目を惹く、背の高い黒髪の娘が飛び出した。
妻の叱責に、ニコラスはうつむくしかなかった。とはいえベロニカの顔は、本気で怒ってはいない。
「で、行ったのね、エストは。バスに乗って」
「うん……」
「ま、仕方ないわ」
ベロニカは拍子抜けするほどあっさりと言う。
「わたしだって、あの子の歳には祭っていう祭で踊ってたもの」
大人顔負けの踊りを披露するベロニカの姿を、ニコラスは容易に想像できた。だが思い返せば、自分だって今のエストの年齢にはギターに夢中になっていた。父ロレンソのもとを離れ、師匠につきはじめたころだ。
「あなたとわたしの娘、だものね。おとなしくしろ、というほうが無理ね」
ベロニカはおもむろに立ち上がる。
「出かけるの?」
「なに言ってるの。あなたもよ、ニコ」
「え?」
「見とどけなくちゃね、エストの“お相手”を。本場の夏至祭りも見てみたいし」
役所の前にはステージも設けられていたが、そこは無人のまま、ただ“夏至”を祝う市の旗ばかりが風にはためいていた。その代わり、ステージの下の広場にはぞくぞくとグループが集まっていた。おのおの、愛用の楽器を手にして。
始まりは、突然だった。
広場の数ヵ所で、リーダーが飾りのついた指揮棒を同時に振り下ろす。
一気に、満ちあふれる音の洪水!
ギター、ヴァイオリン、タンバリン、カスタネット、混ざりぶつかり合う数多の音。
いくつも咲いた踊りの輪から。ひときわ目を惹く、背の高い黒髪の娘が飛び出した。