SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

異国の鳥 第22話(最終回)

2013-02-05 19:25:17 | 書いた話
 透きとおるような薄い色の海が、ふたりの眼下に広がる。
「この辺りみたいね」
 写真と風景を見比べながら、ベロニカ。ニコラスは肩をすぼめ気味にして答える。
「そうだね。──それにしてもやっぱり、まだ肌寒いね、こっちは」
「そりゃ、ずっと北だもの」
「ティトは、こういう場所で育ったのか……」
 感慨深けに見渡すところへ、ふたつの影が相次いで戻ってきた。
「どこへ行ってたんだ、エスト」
 父の問いかけに、エストはシルクロを抱き上げて、
「“木”を探していたの」
「木?」
「だって、“鳥”が巣立つには、木がいるでしょ?」
 思いもよらない言葉だった。
 エスペランサの家から戻ったあと、公演の合間に北へ行く、と話したとき。エストは何も尋ねようとはしなかった。ただ、
「あたしも行っていいでしょう?」
とだけ言った。
“鳥”を北の山──ティトのふるさとに帰すつもりだということは、エストには話していない。いないが、わかっていたのだろう。この娘には。
「で、木は見つかったの?」
「ええ、ママ」
 エストは、先に立って歩き出した。遠くない所に、周りの緑の木々に護られるように枝を張っていたのは──
「アーモンド……!」
 ベロニカもニコラスも、目を疑った。
 アーモンドの木、だった。しかも、まるで彼らを待っていたかのように、あわあわとしたピンクの花をたわわに咲かせていたのだ。そこだけ、一足早い南の春さながら。
 ふたりの心には、同じ面影が浮かんだ。
「エスト……」
 ベロニカが、ニコラスにだけ聞こえる声で囁いた。
 ニコラスが写真を、手の届くいちばん高い枝にそっと置く。
 歌声が、した。あたたかな、うたごころに満ちた歌声が、アーモンドの花を揺らす。
 そして、鳥が、飛び立った。
 金色の翼が、名残を惜しむようにつかのま旋回し、悠々と飛び去っていった。
「さよなら……おじいちゃん」
 ベロニカが手を振る。
「なんだか、すべてがここに導かれていたみたい」
「うん。ティトと、ぼく」
「おばあちゃんと、わたし」
 そして声を揃えて、
「エストと、エスト」
 お忘れなく、と言うように、足許でシルクロが跳ねる。
ふたりはどちらからともなく頷いた。
 今が、そのときだろう。
「おいで、エスト」
 ニコラスがエストを引き寄せる。ベロニカが語りかけた。
「あなたにお話があるの。長くなるけど、大事なお話なの。ちゃんと聞いてね」
「わかったわ」
 エストは聡い眼をして答えた。
 春の恵みの光を受けて、アーモンドの花びらが風に舞う。一家の声はやがて明るいこだまとなって、北の山を渡っていった。

(了)
コメント
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