「……ったく、千客万来だな」ベルナルドがからかうように呟く。「さっさと出発していれば、もっと話は早かったんだ」言葉つきこそ愚痴のようだが、風神の表情も明らかに、このなりゆきを楽しんでいるふうだった。急ぐ風情もなく、雷鳴と水音とともに自分のかたわらに現れた青年をかえりみる。「そうだな、ある意味ちょうどいいところに、水神。こちらは地上の歌うたい君。姉上の婚礼の歌い手の座を懸けて、おまえと歌くらべをすることになりそうだよ」「……はあ⁉」言われた青年──水神は、思いきり要領を得ない顔だ。無理もない。いきなり宣戦布告されたようなものなのだから。「水神、て……」「きみが競う相手だよ、歌うたい君。さっき話したろう。わたしの弟だ」「ああ、水の神さま」「……おれが、誰のなんだって?」ようやく立ち直ってきたらしい水神が、よく透る声で訊く。「悠長に歌をうたってる場合じゃないんだがな、兄上。さっきの雷でわかったろ、母上のご機嫌が」「ああ、だいぶ斜めであられるな」「なら」「ま、遅くなりついでだ。おまえも一緒に叱られなさい。ちょうどいま、婚礼歌にさしかかるところなんだそうだ。せっかくだから、この地上の歌うたい君とおまえとで、この場で歌くらべをしてみたらどうかね」「……ひとの話を聞いてたか、兄上殿?」水神の口調が尖る。カレータはひそかに水神に同情した。マイペースな相棒に振り回される苦労は、地上も天上も変わりないらしい。ましてやそれが兄弟同士では……。しかしカレータの同情もそこまでだった。「ま、それも一理あるか」水神があっさり言ったのだ。「……は⁉」今度はカレータのほうが不意打ちを食らったような顔になる。「あの、水神…さま? いま、なんて?」「いや、どうせどこかで競い合うことになるなら、早いほうがいいかなと。それに、だ」水神が意味ありげににやりと笑う。「おれとしても、いまのほうが緊張せずに歌えそうだしな」
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