SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

木の若者と火の娘 プロローグ

2014-05-31 12:51:06 | 書いた話
 野を囲む空が、淡い藍色に染まる。
 林を揺らして、一陣の風が吹いた。林の奥で、鳥が騒いだ。
 林の中にぽかりとひらけた緑の野。
「……ふう」
 かすかな溜め息を、風は聞き逃さなかった。
「どうしたのさ、退屈そうに」
 野原には、2本のアーモンドが立っていた。1本は樹齢90年を超えようかという木、もう1本はまだ若々しい木。溜め息のあるじは、年かさの木のほうだった。
「耳ざといですね、風神さま」
 しかしその声は、思いがけず若者のそれだ。逆に若木のほうから、重々しい声がした。
「そろそろまた、旅に出たくなったんじゃないのか、フアン」
「……お見通しだね、父さん」
 伝わる、苦笑の気配。
「隣り合っとる親子だ。息子の考えぐらいわかるさ」
「ここは静かでいいとこだけど、時々やけに懐かしくなるんだ。母さんと旅した、都会の賑わいやざわめきが」
 沈黙。
 近づく、夜の足音。
「行ってきたらどうだ、フアン」
「──え、でも」
「母さんには、わたしから話しておこう」
 ほどなく、ひとりの若者が、すっかり暗くなった野を抜けて林の奥へ消えていった。

コメント (4)
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