人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

神は祭り上げられる

2023-12-15 09:30:32 | 
神は私の思いを超えている
だから、神のことはほとんど知らないと言ってもいい
しかし、これまでどれだけ神について決めつけたように言い伝えられてきたことか!
ほとんどが人間が勝手に想像したもの

古来から神は何かの支配者のように信じられてきた
民族の、国家の、あるいは宇宙全体の...
神は何かの権力の象徴として祭り上げられてきた
権力者のその支配の道具として
”わが権威は人間を超えたところ、上からから来る、だから、お上には従わなければならないのだ”、と!...
同じように神は裁き主として祭り上げられてきた
悪行の報いは神が降す!
人間は人間を裁けないのか、裁くにはその上の、犯すことの出来ない法というものを作りださなければならない
律法、因果の法、何かの宇宙の法則
神とは、法、法則の代名詞らしい...
神は又、人間の欲望を叶えてくれるものとして祭り上げられてきた
御利益信心の道具として
それはいつも神棚から、上から落ちてくるらしい
そして神は又、人間の進化の到達点にあるものとして祭り上げられてきた
人間は絶えず神になるように、上を目指さなければならない
それには、低級な欲望は無くさなればならないらしい
もっと高級な、神に到達しようとする欲望に取って代わる
神はまったく人間を超えて、上にある存在
分からないものだけに、どんな人間の都合にも合わせられて、いつも祭り上げられる存在...

もし、神に本当のみ心というものがあったなら、どういう気持ちでおられるだろう...
私には勿論それは分からない...
でも、伝わってくるものがある
”分からなくてもいい!、感じて欲しい!”...
なんて言うのか...何か哀願のような切なるものを感じてならない
”私だけを見て、感じて欲しい!”
祭り上げられた神は、けっしてこちらに降りてこない、触れてこない、私のうちに入ってこない!
何も感じられない!
悲しい、とても悲しい!...あの哀願と相まって!
人間だけの世界は!
降りてくる、臨んでくる神が感じられたら
どんなに幸福なことか!
それを知らない人間はただ...
とても悲しい!...

涙が溢れてくる...
それとも、これは神を祭り上げて、無きものにしてきたことに対する懺悔の涙だろうか?
それとも又、神を目の当たりに感じた時の、あの随喜の絶頂の涙か?
それも、これも神は涙無しでは感じられない!
祭り上げられた神が、我々にへり下ってきたのなら!...







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