険しく寂しい山道の上にそびえ立つチェイテ城の地下の牢獄では、ある女が囚われていた。
冷たい石の床は残飯と排泄物にまみれ、食事と水は1日一度、小さな覗き窓から差し出されるだけ。
全身が痩せ細り、乾き切った顔にはシワが深く刻み込まれているにも関わらず、目だけが獣の様にぎらついている。誰が信じられるだろうか、この女が嘗ては神秘的な美貌を誇るこの城の主だったとはーーー。
女の名はエリザべート・バートリ。ハンガリー屈指の名家バートリ家の出である。
このバートリ家は、莫大な財産を守る為に、数世紀に渡って近親相姦を繰り返し、てんかん、発狂、淫乱症と云った変質的な人間を生み出した血族でもあった。
陶器の様な透き通る肌に黒い大きな瞳、近寄り難い程の美しさを備えていたエリザべートは、15歳でナダスティ家のフェレンツ伯と結婚する。姑に監視され、軍人の夫は留守がちと云う欲求不満な環境の中で、彼女に流れていた不穏な血が目覚め始める。
エリザべートは、男女を問わず手当たり次第にベッドに誘っては、淫靡な行為に耽ったり、侍女の爪の間にピンを刺す、真っ赤な焼きゴテを口に突っ込むと云ったサディスティックな罰を課したりしていた。
また、自室の鏡の前で己の容姿をうっとりと眺めては、ナルシシズムに満ちた傲慢さを増して行ったのである。
ある日、エリザべートは侍女の顔を思い切り殴り、手に返り血を浴びる。
拭き取ると、その部分の肌だけとてもツヤツヤとしているではないか。
4人の子どもを産み、年齢と共に美貌に陰りが見え始めた折のことでもあり、それを切欠に、彼女は若い女性の血に異常な執着を見せる様になる。
エリザべートは、妖術使いや醜い小男の取り巻きを使って、恐るべき行為に走る。侍女を裸にして腕を縛りあげ、あちこちを切りつけて全身の血が抜けるまで放置した後で、溜まった生き血の風呂に浸かるのだ。そこで得られる喜びは、屈折した性の快感とも結びつき、彼女を絶頂へと誘うのだった。
1600年、エリザべートが40歳の時に夫が死ぬと、残虐行為は更に加速する。貧しい家柄の娘を、奉公と偽って城に集めては、斬首して血を集めた。また、機械じかけの処刑用具「鉄の処女」を開発する。
それは一見、人間大の人形の様だが、観音開きに開く胸の左右の扉に鋭利な刃物が着いており、犠牲者の娘を人形の体内に閉じ込めては、その刃で全身を突き、肉を砕いて血を絞り取る装置なのだ。
最終的に、己の美貌を保つ為に惨殺した少女の数は、実に600人以上に上ったと言う。
しかし、あまり相次ぐ城での行方不明者の情報に、遂に捜査の手が及び、10年に渡るエリザべートの悪行が明るみに出る。取り巻き連中は生きたまま火炙りにされたが、エリザべートの場合は、超名門の家柄故に死刑だけは免れ、チェイテ城に幽閉された。そして、投獄から3年後、54歳になったエリザべートは、栄養失調による緩慢な死を、あの暗闇の牢獄で迎えたのである。
世界と日本の怪人物FILE
暴虐と狂気に魅入られた者たち