英語で、「YAIKS(ヤイクス)」という言葉がある。
うわー!とか、うげぇー!とか、そういう意味に使う。
これを耳にするとき、私は祖父を思い出す。
祖父は時々、「やいやい」と言った。
なにかしらの災難な状態のときに口をついて出る言葉で、
「○○さんがバイクで転んで入院したって」
「やいやい」
「今日はスーパーに良いお刺身がなかったから太刀の塩焼きにしたよ」
「やいやい」(祖父は太刀を甘辛く煮たのが好き)
というふうに使われる。
標準語でないことは確かだけれど、祖父以外に使っている人をみたことがないので、
静岡弁でも、祖父が生まれた地域だけの限定言葉なのかもしれない。
祖父とは毎日顔をあわせていたのにもかかわらず、私は祖父が楽しそうにしているのを見たことがない。
口数は少なく、楽しい話もしなかったが、苦労話も一切しなかった。
戦争のときも、三菱で働いていたときも、会社を興したときも相当苦労したはずである。
理系に強くて、かなり頭のいい人だったと思う。
昔の人にしては背が高く、いつも背筋をのばして、おもしろくもなんともないという顔をしていた。
冗談を言うとか、おどけるとか、大声で笑う祖父など一切記憶にない。
祖父とはなにもかもが正反対な息子が、私の父である。
父の弟である叔父たちも、祖父のそういうところは受けつがなかったのは幸いだったと思う。
そんな祖父が、頭の後ろをかきながら「やいやい」と言う様が、今も目に浮かぶ。
私の友達が家に遊びに来ると、祖父は顔を歪めて挨拶した。
それは祖父の笑顔なのだが、笑い慣れていないので、顔がぎくしゃくするのだ。
「シロのおじいちゃん、背中がぴんとしててかっこいいね」
そう言う友達もいた。
祖父は家ではいつも、紺色の着物を着て、黒い帯をゆるく締めていた。
祖父は88歳で亡くなった。
最後の1年は自宅で寝たきりで、でも頭はずっとしっかりしていた。
その夜、医者が家に来て、家族が見守っていたが、
今夜は大丈夫かもしれないと母が言い、私は歯を磨きに洗面所に行った。
洗面所に行く途中に、隣の、薄暗い居間を祖父が歩いているのを見た。
いつもの紺の着物を着て、ぴんと背筋を伸ばして、仏間に向かって歩いていた。
「おじいちゃん元気になったんだ」
と私は思い、すぐにそんなはずはないと気づき、仏間に行ったけれども、祖父はどこにもいなかった。
祖父の部屋に行くと、祖父は呼吸器をつけ、パジャマを着てベッドに寝ていた。
ほどなくして祖父は息をひきとった。
あのとき、祖父の魂はすでに肉体を抜けていたのだろう。
「おじいちゃん、そっちでも やいやい って言ってるの」
仏間の壁にかかっている祖父の写真に聞いてみても、
祖父は相変わらず、おもしろくもなんともないという顔をしてどこかを見据えているのだった。
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うわー!とか、うげぇー!とか、そういう意味に使う。
これを耳にするとき、私は祖父を思い出す。
祖父は時々、「やいやい」と言った。
なにかしらの災難な状態のときに口をついて出る言葉で、
「○○さんがバイクで転んで入院したって」
「やいやい」
「今日はスーパーに良いお刺身がなかったから太刀の塩焼きにしたよ」
「やいやい」(祖父は太刀を甘辛く煮たのが好き)
というふうに使われる。
標準語でないことは確かだけれど、祖父以外に使っている人をみたことがないので、
静岡弁でも、祖父が生まれた地域だけの限定言葉なのかもしれない。
祖父とは毎日顔をあわせていたのにもかかわらず、私は祖父が楽しそうにしているのを見たことがない。
口数は少なく、楽しい話もしなかったが、苦労話も一切しなかった。
戦争のときも、三菱で働いていたときも、会社を興したときも相当苦労したはずである。
理系に強くて、かなり頭のいい人だったと思う。
昔の人にしては背が高く、いつも背筋をのばして、おもしろくもなんともないという顔をしていた。
冗談を言うとか、おどけるとか、大声で笑う祖父など一切記憶にない。
祖父とはなにもかもが正反対な息子が、私の父である。
父の弟である叔父たちも、祖父のそういうところは受けつがなかったのは幸いだったと思う。
そんな祖父が、頭の後ろをかきながら「やいやい」と言う様が、今も目に浮かぶ。
私の友達が家に遊びに来ると、祖父は顔を歪めて挨拶した。
それは祖父の笑顔なのだが、笑い慣れていないので、顔がぎくしゃくするのだ。
「シロのおじいちゃん、背中がぴんとしててかっこいいね」
そう言う友達もいた。
祖父は家ではいつも、紺色の着物を着て、黒い帯をゆるく締めていた。
祖父は88歳で亡くなった。
最後の1年は自宅で寝たきりで、でも頭はずっとしっかりしていた。
その夜、医者が家に来て、家族が見守っていたが、
今夜は大丈夫かもしれないと母が言い、私は歯を磨きに洗面所に行った。
洗面所に行く途中に、隣の、薄暗い居間を祖父が歩いているのを見た。
いつもの紺の着物を着て、ぴんと背筋を伸ばして、仏間に向かって歩いていた。
「おじいちゃん元気になったんだ」
と私は思い、すぐにそんなはずはないと気づき、仏間に行ったけれども、祖父はどこにもいなかった。
祖父の部屋に行くと、祖父は呼吸器をつけ、パジャマを着てベッドに寝ていた。
ほどなくして祖父は息をひきとった。
あのとき、祖父の魂はすでに肉体を抜けていたのだろう。
「おじいちゃん、そっちでも やいやい って言ってるの」
仏間の壁にかかっている祖父の写真に聞いてみても、
祖父は相変わらず、おもしろくもなんともないという顔をしてどこかを見据えているのだった。
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