今日はもうひとネタ、『日付ネタ』を。
身延線旧国時代の主力の中から・・
クモハ51 816と・・
クモハ60 816です。
この両車、幌枠の有無などからも判るように嘗ては東と西に
別れていました。
クモハ51 816(元クモハ51 017)は新製配置から十数年は
三鷹にいましたが、その後、宮原~高槻~明石と渡り歩くうちに
すっかり関西型へと変貌。
1970年に低屋根改造され、身延線へと転属して来ました。
クモハ60 816(元クモハ60 124)は蒲田に新製配置され、
松戸への寄り道の後、1968年に沼津へ転属。
1970年に低屋根改造されるまでは御殿場線で使用されたようです。
そんな事を踏まえながら、両車を観察してみるのも旧国趣味の
楽しさかもしれません。
なお、今回の写真は当ブログ初期の頃にUP済みのモノですが
その時は画像の一部が切れてしまっていたため、再スキャンし
再利用する事としました^^;
1978年3月26日、富士電車区にて。
身延線旧国時代の主力の中から・・
クモハ51 816と・・
クモハ60 816です。
この両車、幌枠の有無などからも判るように嘗ては東と西に
別れていました。
クモハ51 816(元クモハ51 017)は新製配置から十数年は
三鷹にいましたが、その後、宮原~高槻~明石と渡り歩くうちに
すっかり関西型へと変貌。
1970年に低屋根改造され、身延線へと転属して来ました。
クモハ60 816(元クモハ60 124)は蒲田に新製配置され、
松戸への寄り道の後、1968年に沼津へ転属。
1970年に低屋根改造されるまでは御殿場線で使用されたようです。
そんな事を踏まえながら、両車を観察してみるのも旧国趣味の
楽しさかもしれません。
なお、今回の写真は当ブログ初期の頃にUP済みのモノですが
その時は画像の一部が切れてしまっていたため、再スキャンし
再利用する事としました^^;
1978年3月26日、富士電車区にて。
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