学生村のこの伊那谷の農家へは、その後何度か遊びに行った。
一度は、生まれて初めての田植えを手伝いに行ったこともあった。
あるとき、北アルプスでの夏山合宿の帰りに、ザックを持ったまま
農家に寄った。 ザックの中には、岩登りの道具も少し入っていた。
オヤジさんはそれを見て、岩ヒバを採ってくれんかな、
と頼んできた。
岩ヒバ、ご存知だろうか? 私はまったく知らなかったが、湿気の多い
岩に生えている植物で、盆栽のようにそれを育てるのが趣味の人がいる
らしい。 人口栽培するのは難しいらしく、おまけに岩壁などの険しい
所に出ている。 そのため希少価値が高く、けっこういい値で売れる
という。 オヤジさん自身も売るだけでなく、自分の趣味で小さな鉢に
沢山育てていた。
盆栽の鉢に寄植えにしたものなど見せてもらったが、正直、見たところ、
私にはどこがいいのか、さっぱりわからなかった。 ヒバの葉をボソッと
束にしたようなもので、高さは10~15センチぐらい。それが岩の裂け目に
張り付いている。 木の檜葉(ヒバ)とは関係なく、シダ類の仲間で、
別名を岩マツというそうだ。
天竜川のその断崖はかなりの高度があるが、壁のところどころに岩だなが
あり、そこに小さいが木も生えていた。 ザイル(登攀用のロープ)もあるし、
攀じ登るのは簡単そうで、二つ返事で引き受けた。
腰に岩ヒバを入れる籠を下げ、ザイルと岩登りの道具を持って登り始めた。
オヤジさんは下ほうの手の届く範囲は、自分で採り尽くしてしまっている。
上のほうにあるのは、見えていながら採れないから、悔しい思いをしていた
らしい。 下からあっちだ、こっちだと指図され、たちまち籠に一杯になる
ほどの収穫をあげた。
夜、大喜びのオヤジさんは、とっておきの酒を振舞ってくれた。
形之医学・しんそう療方 東京小石川
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