子どもの頃、一番なりたかったのは探検家だった。それはボロボロに
なるほど読み返した、ウィースの「スイスのロビンソン」や、デフォーの
「ロビンソン漂流記」、「リビングストン物語」などの本の影響だと思う。
夏が終わり、秋になると私の大好きな遊びがあった。夏、私の家では、
隣家との境の板塀に、細い竹をたくさん斜めに立てかけ、それに朝顔を
這わせていた。 板塀は20メートルぐらいの長さがあった。
私はボール紙の箱に小さな窓を空け、そこにセロファンを貼り付け、
頭からかぶる。 今ならフルフェースのヘルメットだ。
半ズボンの腰のベルトには棒切れを一本差し、手にも棒を持つ。
棒はジャングルを切り開く山刀のつもり。
枯れた朝顔ジャングルの前に立つと、夢想する少年は完全に、未知の
ジャングルに勇敢に踏み込む、探検家になりきっている。
板塀と立てかけた竹の隙間を、棒をメチャメチャに振り回しながら前進する。
枯れた朝顔のツルが、箱にバシバシと当たる。(これがたまらない
快感なのだ!)
それはジャングルの中で、行く手を阻む木のツタだ。 探検家になり
きっている私は、鼻血が出そうになるほど興奮しながら前進する。
実際に興奮し過ぎて、鼻血を出したこともあった。
私はあのときの自分が懐かしく、鳥瞰図のように見てみたいと思う。
秋まで待ちきれず、朝顔のまだ咲いているうちにやろうとして、
オヤジに頭を殴られたこともあった。
小学6年の頃になって、授業で担任の先生から大きくなったら何になり
たい?と聞かれたとき、私は躊躇なく、探検家になりたいと答えた。
先生から、おまえなぁ、そんな職業はないんだよと言われ、がっかり
したおぼえがある。
未知の世界を見たい、踏み込んでみたいというのは、話が違うが、さま
ざまな分野の科学者なども同じではないだろうか。 女性にこういうの
ってわかるのかなぁ? その頃の友達にも探検家志望は何人かいたけど、
女の子では聞いたことがなかった。
形之医学・しんそう療方 東京小石川
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