先日、先の大戦で亡くなった方達の慰霊祭に招待して頂き、面白い経験をしました。
厳かな慰霊祭だからしめやかに。って感じではなくて、終始賑やかで笑い声が途切れない慰霊祭でした。
どなたが主催している慰霊祭かはさておき、参加者は九州中から集まり、その中でも特異な体質を持たれる長崎佐世保の郵便局員、野元さんの話は面白く、また説得力に満ちた話で少しだけ紹介出来たらと思います。
野元さんはいつからか、兵隊さんの幽霊(言い方が難しい)を良く見るようになります。と言っても怖い感じや地縛霊の様な陰湿な感じではなく、厳かで凄く義理堅い(幽霊なのに,,,)感じで、干し草の様なとても良い匂いがするらしいのです。
ずっと出てきてはうつむいているので、何かをして欲しいのかと聞くと頷き、その兵隊さんの所属部隊、姓名、等をつらつらとお話されたそうです。
とうとう俺もキチガイになったかと野元さんは驚きながらも調べてみると、その方が実際に存在した事実、名前や所属部隊もピシャリと合うことから驚き、その兵隊さんが聞きたいと言われる軍歌や民謡等をYou Tubeでリストを作り、その兵隊さんたちがまつられている神社にて演奏会を開いたそうです。するとそこに何十人もの兵隊さんの霊が集まり、たいそう喜びなはったそうであります。
それからこの演奏会が毎年2回開催される事になり、その少し前にはリクエストをしに来られるとの事でした。
漫画みたいな話ですが事実で、今回ボクもその場に同席させて貰い、齋藤くん、今、きとらすばい。あすこ。と言われるのですが、不思議とその時は旋風が気持ち良いのが吹くのです。
同じく同席していたヤンチャ盛の子ども達がボクにしがみついて大声を出していたのですが、「兵隊さん達は子供が好きだからもっと騒いで良かとよ。逆に子供を叱ったりするとえらい気分の悪ならすよ。モッサリしたオッサンとか来ても喜ばっさんけんね。」等と説明を受けて、なるほどなと納得。
話は大陸に残された残留孤児達の話になりましたが、敵兵の国の子供ながら可愛がって育てた中国農村の方達の懐の深さ。これは見習わなければならない事実だなぁと感じました。
タイやラオスでも、統率された部隊の日本兵に対する敬意を今でも持ってらっしゃる人の話を聞いたりしたので、当時を知る数少ない人達をガッカリさせるような事は、絶対にしたくないなと。最近は海外の日本人に対する評価はお世辞にも高くはない。
それもそのはず、たった戦後70年ほどで骨抜きになった現実は否定仕様がない。それから立ち直るのは、やはり当時、それ以前、そして古代までを辿り知ることからだと思う。
なぁーんて言ってても、世間や国が変わることは到底無いので、自分の中の物を大事にして、縁のある人間に繋げて行くしかないなと改めて思いました。
本当の歴史を知ると、いつの時代も大変な犠牲の上に一時の平和があり、それを忘れた頃にまた乱世が来る。平において乱を忘れず。ってのはまさに金言だな。
兵隊さんのリクエスト曲はいくつもありましたが、「ラバウル小唄」は特にお気に入りらしく、そしてそれを少女が歌っているこの動画はえらい喜ばれたそうです。
野元さんは何かお礼がしたいと兵隊さんに言われるそうだが、気持ちだけで光栄ですと断ります。すると兵隊さんはムキになって何かせねば気が済まん!となるらしいです。(笑)
では、私は蜂を飼っているのですが、今年は全く箱に入ってくれないのです。分蜂の時期はとうに終わっていますが、一群の蜂たちをを箱に導いて頂くことは可能でしょうか。と野元さんがお願いすると、その何日か後に強い勢いのある群れが入ったそうです。
何だか日本昔ばなしみたいですね。
そうそう!ボクも、その会が終わったらお土産貰いましたよ!兵隊さんから。
古い風呂敷に包まれたもの。何を貰ったかは、なーいしょ!!