コロナが5類に引き下げとなり、人の動きが活発化してきた。
毎年、春先は祖父母の墓参りをしていたので、今年こそはと母に声を掛けてみる。
「いいね、行きたい」
「じゃあ、いつにしようか」
あいにく、母と都合の合う日は今日しかなかった。だが、私は雨女である。朝は曇りだったが、11時頃からまとまった雨が降ってきて「うへえ」と顔をしかめた。
幸い、待ち合わせの時間には雨雲が去り、止んでいたのでホッとした。私にも人徳というものがあったのではと勘違いしそうである。
電車を降りて改札に向かうと、向かい側から見覚えのあるおばあちゃんが歩いてきた。あれは母だ。腹が以前よりも大きく見え、歩くペースが遅くなっている。ちょっと会わないうちに、何歳も老けてしまった感があった。
「お母さん、久しぶりだね」
「ホントだね」
「雨は大丈夫かな」
「今ならいいんじゃない」
「じゃあ行こう」
いつもだったら、まずコーヒーを飲み、一服してからタクシーに乗り込むのだが、今日はそういうわけにいかない。降っていない今がチャンス、とばかりに急いで花を買いタクシーの列についた。
「八王子霊園の○区までお願いします」
偶然にも、夫の両親と母の両親が同じ霊園で眠っているため、ここでは2か所の区を回る。まずは夫の両親の下へ行き、忘れ物に気づいた。
「しまった、雑巾がない」
汚れた墓石が嫌でも目に入る。そういえば雑巾を持参し、拭き掃除をしていたと思い出した。3年も間隔があくと、すっかり忘れてしまうようだ。
「チャッカマンもない」
しかし、線香にはマッチがついていたので何とかなった。
「ゴミはどうしよう」
花を包んでいた包装紙やセロファンはゴミになる。バッグを漁ったら、折りたたんだレジ袋が見つかり、「よかった!」と小さく息を吐いた。忘れ物ばかりして、何と準備の悪いことか。
キレイにしてあげられなかったけれど、花を活けて線香を手向けるだけでも供養になるだろう。そういえば、お菓子やお酒などのお供えも持ってこなかった。本当に会いに来るだけになってしまったと苦笑し、タクシーに戻った。
「じゃあ、駅に行ってください」
母も私も不届き者であったが、天気は味方してくれたようだ。あとはお昼を食べて帰るだけ。コロナ前は南口まで足を延ばし、揚げ物や寿司、洋食などを食べに行ったものだが、そこまでのエネルギーはない。北口改札横の一言堂にお邪魔することにした。ここは料理もデザートも美味しい。
母はメニューから料理を選ぶのに時間がかかるようになった。好みはわかっているので、誘導するように尋ねていく。
「カレーとハヤシライスがあるんだって。辛かったらイヤだよね」
「うん。辛くないのがいい」
「じゃあ、ハヤシライスにしよう」
飲み物にも目を走らせた。
「柑橘系のジュースは酸っぱいかもしれないね。リンゴにしておく?」
「うん。リンゴがいい」
現金なもので、食べ物にまつわる記憶は鮮明であり、何も忘れていない。
一方、私は母が避けたカレーライスとオレンジジュースを注文する。決して逆らっているわけではないが、好みが違うのだ。肉は崩れるような柔らかさで、柑橘系の酸味にマッチしていて美味だった。
母が食後のコーヒーを楽しみにしていることも知っている。
「食べ終わった? じゃあ、デザートにチーズケーキとコーヒーを頼もうよ」
「いいねえ」
待っている間に壁に掛けられた絵を見ていた。
高尾駅を描いたものだが、よく見ると、切手が使われている。
「へー、すごいね、これ。切手アートっていうのかな」
感心しているうちに、目当てのものが運ばれてきた。
こちらもイケる。チーズケーキのコッテリ感と、苦み走ったコーヒーの組み合わせは最強だ。「お腹が苦しい」と言いつつ、全部をペロリと平らげた母が微笑ましかった。
次回はお彼岸の9月だ。
今からゴミ袋と雑巾をバッグに入れておこうかしら。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
毎年、春先は祖父母の墓参りをしていたので、今年こそはと母に声を掛けてみる。
「いいね、行きたい」
「じゃあ、いつにしようか」
あいにく、母と都合の合う日は今日しかなかった。だが、私は雨女である。朝は曇りだったが、11時頃からまとまった雨が降ってきて「うへえ」と顔をしかめた。
幸い、待ち合わせの時間には雨雲が去り、止んでいたのでホッとした。私にも人徳というものがあったのではと勘違いしそうである。
電車を降りて改札に向かうと、向かい側から見覚えのあるおばあちゃんが歩いてきた。あれは母だ。腹が以前よりも大きく見え、歩くペースが遅くなっている。ちょっと会わないうちに、何歳も老けてしまった感があった。
「お母さん、久しぶりだね」
「ホントだね」
「雨は大丈夫かな」
「今ならいいんじゃない」
「じゃあ行こう」
いつもだったら、まずコーヒーを飲み、一服してからタクシーに乗り込むのだが、今日はそういうわけにいかない。降っていない今がチャンス、とばかりに急いで花を買いタクシーの列についた。
「八王子霊園の○区までお願いします」
偶然にも、夫の両親と母の両親が同じ霊園で眠っているため、ここでは2か所の区を回る。まずは夫の両親の下へ行き、忘れ物に気づいた。
「しまった、雑巾がない」
汚れた墓石が嫌でも目に入る。そういえば雑巾を持参し、拭き掃除をしていたと思い出した。3年も間隔があくと、すっかり忘れてしまうようだ。
「チャッカマンもない」
しかし、線香にはマッチがついていたので何とかなった。
「ゴミはどうしよう」
花を包んでいた包装紙やセロファンはゴミになる。バッグを漁ったら、折りたたんだレジ袋が見つかり、「よかった!」と小さく息を吐いた。忘れ物ばかりして、何と準備の悪いことか。
キレイにしてあげられなかったけれど、花を活けて線香を手向けるだけでも供養になるだろう。そういえば、お菓子やお酒などのお供えも持ってこなかった。本当に会いに来るだけになってしまったと苦笑し、タクシーに戻った。
「じゃあ、駅に行ってください」
母も私も不届き者であったが、天気は味方してくれたようだ。あとはお昼を食べて帰るだけ。コロナ前は南口まで足を延ばし、揚げ物や寿司、洋食などを食べに行ったものだが、そこまでのエネルギーはない。北口改札横の一言堂にお邪魔することにした。ここは料理もデザートも美味しい。
母はメニューから料理を選ぶのに時間がかかるようになった。好みはわかっているので、誘導するように尋ねていく。
「カレーとハヤシライスがあるんだって。辛かったらイヤだよね」
「うん。辛くないのがいい」
「じゃあ、ハヤシライスにしよう」
飲み物にも目を走らせた。
「柑橘系のジュースは酸っぱいかもしれないね。リンゴにしておく?」
「うん。リンゴがいい」
現金なもので、食べ物にまつわる記憶は鮮明であり、何も忘れていない。
一方、私は母が避けたカレーライスとオレンジジュースを注文する。決して逆らっているわけではないが、好みが違うのだ。肉は崩れるような柔らかさで、柑橘系の酸味にマッチしていて美味だった。
母が食後のコーヒーを楽しみにしていることも知っている。
「食べ終わった? じゃあ、デザートにチーズケーキとコーヒーを頼もうよ」
「いいねえ」
待っている間に壁に掛けられた絵を見ていた。
高尾駅を描いたものだが、よく見ると、切手が使われている。
「へー、すごいね、これ。切手アートっていうのかな」
感心しているうちに、目当てのものが運ばれてきた。
こちらもイケる。チーズケーキのコッテリ感と、苦み走ったコーヒーの組み合わせは最強だ。「お腹が苦しい」と言いつつ、全部をペロリと平らげた母が微笑ましかった。
次回はお彼岸の9月だ。
今からゴミ袋と雑巾をバッグに入れておこうかしら。
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久しぶりのお母さまとのランチ美味しそうですね。
姉と妹を安心させようと思い、このあと中央線で記念写真を撮りました。
私の自撮りに母が入った感じです。
「楽しそうだね」と言ってもらって、ちょっと嬉しかったです。
明日から暑いみたいで、この涼しさが懐かしくなるかも?
僕も両親を連れて行きたいと思っているのですが、なかなか体調と都合が合わなくて。暑くなる前には行きたいと思いながら、今日は暑いです。
切手を使っているなんて最初の写真ではわかりませんでした。面白いですね。落ち着いた感じのお店みたいで、僕もコーヒーとケーキが食べたい。
僕も行く時は忘れ物しないように気をつけますわ。
さすがに花と線香は忘れませんが、他は印象薄いです。
このお店はコーヒーが美味しいです。
以前はシュークリームがあり、こちらもgoodでした。
駅の絵はいつから飾ってあったのか、まったく気づきませんでした。
食べるのに夢中だったからかも(笑)
この日は雨だったので空いていましたが、いつも混雑しています。
細々持ち物があると、何かは
忘れてしまいそうです。
ご先祖様もだけど、お母様も大事。
ゆっくりランチもできて、よかったですね。
はい、大事な母です。
食欲が落ちてきたと思いましたが、ハヤシライスとチーズケーキをペロリと平らげ、安心しました。
たぶん、揚げ物も好きだと思います。
忘れ物には注意しないといけませんね。
次回は墓石をキレイにしてあげたいです。