2003年が明けて間もない土曜日のこと、ゴミを出しに表に出ると、30代とおぼしき男性が近寄ってきた。
「あのう、坂巻さんのお宅はどちらですか?」
近くに電気屋の軽トラックがあるところを見ると、新年早々修理か配達なのだろう。聞いたことのない家だったので、自宅に帰って義母に聞いてみた。
「ほら……いつも雨戸が閉まっている家よ」
義母は眉間にシワを寄せ、急に声をひそめて言った。そういえば、目と鼻の先にあるオバケ屋敷のような家を、義母は気味悪がっていたっけ。あれが坂巻邸なのだ。人が住んでいるのに、昼間でも家中の雨戸が閉まっている。庭の草は伸び放題、物干し台や植木鉢はなぎ倒されたままだ。
間違いなく不気味なこの家が、まさか電気屋を呼ぶとは! ちょっと滑稽に感じられた。
私は男性に坂巻邸の場所を教え、すぐわかるようにと一言つけ加えた。
「家中の雨戸が閉まっているから、すぐわかりますよ」
思わず一オクターブ低い声で市原悦子のようなしゃべり方をしてしまったせいか、男性は日焼けした顔をサッと曇らせ「ええっ」と叫んだ。しばし一時停止したあと、思い出したように私に礼を言うと、ノロノロと車を発進させた。
店に帰ってしまうのではないかしら、と私は思った。
男性は意外に怖がりの人が多い。私の夫はスポーツマンで大きな図体をしているのに、『呪怨』『リング』といったホラー映画が観られない。なにしろ、CMを見た途端、悲鳴をあげて即座にチャンネルを変えるくらいである。あの男性も同類なのではという気がした。
坂巻邸の内部はどうなっているのだろう。私は子供のときに探検した幽霊屋敷を思い出した。あの家は大きかったけれども何年もの間無人で、昼間だというのにやけに暗く足音が響くほど静まりかえっていた。姉と姉の友人数人と忍び込んだものの、最初の勢いはどこへやら、奥に進むにつれ今にも何かが出てきそうな雰囲気に全員がビクビクしはじめた。押しくらまんじゅうができそうなくらい体を寄せ合い、リビングルームに入った。床には大きな血痕があった。誰かの悲鳴がきっかけでみんながパニックになり、叫びながら走って逃げ出したことがある。
某ホラー小説では、保険会社勤務の男が奇妙な家に呼ばれ、首吊り死体と対面する場面があったけれども、あの男性は読んでいないだろう。
窓から坂巻邸の様子を伺った。相変わらず空き家のように荒れていて、人が住んでいるとは思えない有様だ。30分くらいしてからもう一度見ると、ちょうど2階の雨戸がゆっくりと動き始めたところだった。
好奇心のおもむくままに坂巻邸を観察する。雨戸を開けたのは、白髪を振り乱しボロボロの和服を着た老婆……ではなく、その辺のスーパーで大根でも買っていそうなおばさんだった。頭に白いものが混じっているところを見ると、50代後半から60代といったところか。洋服に血糊もないし、夜叉のような形相でもなかった。
おばさんが奥に引っ込むと、先ほどの男性がベランダに現れ、緊張した面持ちでエアコンの室外機を直し始めた。私にとっては退屈な結末になってしまったけれども、男性にとっては一安心といったところだろうか。
友人にこの話をしたら、思わぬ返事が返ってきた。
「オバケ屋敷なら、ゴミ屋敷よりましよ」
確かにその通りだ。ゴミ屋敷は悪臭を撒き散らし、ネズミやゴキブリを繁殖させて近所に害を及ぼすが、オバケは他の家にやってこない。
急に坂巻さんがありがたくなってきた。
「あのう、坂巻さんのお宅はどちらですか?」
近くに電気屋の軽トラックがあるところを見ると、新年早々修理か配達なのだろう。聞いたことのない家だったので、自宅に帰って義母に聞いてみた。
「ほら……いつも雨戸が閉まっている家よ」
義母は眉間にシワを寄せ、急に声をひそめて言った。そういえば、目と鼻の先にあるオバケ屋敷のような家を、義母は気味悪がっていたっけ。あれが坂巻邸なのだ。人が住んでいるのに、昼間でも家中の雨戸が閉まっている。庭の草は伸び放題、物干し台や植木鉢はなぎ倒されたままだ。
間違いなく不気味なこの家が、まさか電気屋を呼ぶとは! ちょっと滑稽に感じられた。
私は男性に坂巻邸の場所を教え、すぐわかるようにと一言つけ加えた。
「家中の雨戸が閉まっているから、すぐわかりますよ」
思わず一オクターブ低い声で市原悦子のようなしゃべり方をしてしまったせいか、男性は日焼けした顔をサッと曇らせ「ええっ」と叫んだ。しばし一時停止したあと、思い出したように私に礼を言うと、ノロノロと車を発進させた。
店に帰ってしまうのではないかしら、と私は思った。
男性は意外に怖がりの人が多い。私の夫はスポーツマンで大きな図体をしているのに、『呪怨』『リング』といったホラー映画が観られない。なにしろ、CMを見た途端、悲鳴をあげて即座にチャンネルを変えるくらいである。あの男性も同類なのではという気がした。
坂巻邸の内部はどうなっているのだろう。私は子供のときに探検した幽霊屋敷を思い出した。あの家は大きかったけれども何年もの間無人で、昼間だというのにやけに暗く足音が響くほど静まりかえっていた。姉と姉の友人数人と忍び込んだものの、最初の勢いはどこへやら、奥に進むにつれ今にも何かが出てきそうな雰囲気に全員がビクビクしはじめた。押しくらまんじゅうができそうなくらい体を寄せ合い、リビングルームに入った。床には大きな血痕があった。誰かの悲鳴がきっかけでみんながパニックになり、叫びながら走って逃げ出したことがある。
某ホラー小説では、保険会社勤務の男が奇妙な家に呼ばれ、首吊り死体と対面する場面があったけれども、あの男性は読んでいないだろう。
窓から坂巻邸の様子を伺った。相変わらず空き家のように荒れていて、人が住んでいるとは思えない有様だ。30分くらいしてからもう一度見ると、ちょうど2階の雨戸がゆっくりと動き始めたところだった。
好奇心のおもむくままに坂巻邸を観察する。雨戸を開けたのは、白髪を振り乱しボロボロの和服を着た老婆……ではなく、その辺のスーパーで大根でも買っていそうなおばさんだった。頭に白いものが混じっているところを見ると、50代後半から60代といったところか。洋服に血糊もないし、夜叉のような形相でもなかった。
おばさんが奥に引っ込むと、先ほどの男性がベランダに現れ、緊張した面持ちでエアコンの室外機を直し始めた。私にとっては退屈な結末になってしまったけれども、男性にとっては一安心といったところだろうか。
友人にこの話をしたら、思わぬ返事が返ってきた。
「オバケ屋敷なら、ゴミ屋敷よりましよ」
確かにその通りだ。ゴミ屋敷は悪臭を撒き散らし、ネズミやゴキブリを繁殖させて近所に害を及ぼすが、オバケは他の家にやってこない。
急に坂巻さんがありがたくなってきた。
らしくないからちゃんと文句いいなよ!!
てか、窓から成り行きを見守っていた時点で、私も十分変なヒト……。
よく、廃墟だと分かっている建物になら探検しに行ったよ。その後、そこを買った新たな住人が入居したら、当然夜に電気もついている訳なんだけど、そしたら「あの明かりは霊の仕業だ!」なんて言い触らす人がいたりしたっけ。(笑)
あっ、こんな古いところにもコメントが(笑)
昔の記事はすっかり忘れているなぁ。
一度読み返さないと、何を書いたかおぼえていなかったりする…。
今も、この家は同じ状況なんだよ。
害があるわけじゃないから、そのままでもいいけど。
廃墟を買う人がいるんだね。
気持ち悪くてダメだ。