これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

寒くて熱い「ルノワール展」

2016年05月15日 21時20分08秒 | エッセイ
 話題の展覧会を観るなら、金曜日がおススメだ。
 平日の昼に行かれる方ならいざ知らず、土日となれば美術館はかなり混む。せっかくの絵画をじっくり鑑賞するには、夜8時まで開館している金曜日に限る。
「お待たせ~」
「お母さん、遅いよ」
 仕事を終えてから、大学2年の娘と国立新美術館で待ち合わせたが10分遅刻。ルノワール展は1月から楽しみにしていた展示で、前売券発売の1月27日には早割ペアチケットをゲットしている。
「じゃあ、荷物をロッカーに入れて、入口に行こう」
「うん」
 今日は小さな手提げを持ってきた。ロッカーがあるのに、財布などを入れる袋がなくて、結局重いバッグごと持ち歩く失敗はしないですむ。私なりに、気合いは入っているのだ。
「あ、チケットもロッカーに入れちゃった……」
「あーあ……」
 ドジも踏むけど、まあ、こんなもんだ。



 冒頭から、自分がいかにルノワールという画家を知らないかということに気づいた。
 彼は、13歳で磁器の絵付け職人となったそうだ。
「貧しかったのかな?」
「学校制度はどうなっていたのかしら」
 4年間修業をしたあと、絵の道に進んだらしい。
 私はいつも、会場内では鉛筆を借りて、作品リストに説明や感想を書きこんでいる。今回は、娘も鉛筆を借りて、同じように記録していたのがうれしかった。
「書きにくい。下敷きが欲しいな」
 文句を言いつつ、あれもこれもと書き留めていた。大好きなルノワールだから、特別なことがしたくなったのかもしれない。
 ルノワールは19歳からルーブルで模写を始め、28歳で印象派の先駆け作品を生んでいる。29歳で普仏戦争の兵役に就くが、無事に戻ってこられてよかった。
 31歳で画商に購入してもらえるようになり、33歳には第1回印象派展で7点もの作品を発表した。
 39歳で妻となるアリーヌと出会い、44歳で長男ピエールが誕生している。晩婚だったのは、絵を描くことが最優先事項だったからではないか。子どもは3人で、全部男子だったようだ。
「三男がクロードか。次男の名前は何だっけ」
 娘が鉛筆を動かしながら尋ねてくる。
「ジャン」
「ふーん」
「焼肉のタレだよ」
「へ、何で? 焼肉といったらエバラでしょ」
 チッ、モランボンを知らないのか……。
 61歳でリウマチの激しい発作に見舞われるようになるが、変形して思うように動かなくなった手に、絵筆をくくりつけてでも描く。描く、描く、描く。
 74歳で、妻アリーヌに先立たれる。彼女は56歳だったそうだ。
 それでも、老画家は描き続ける。映像を見たが、やせ細った体を椅子に据え、真剣過ぎる視線をカンヴァスに向けて、迷わず絵筆を滑らせていた。仕立てのよい服に、威厳のあるヒゲ。



 この方は、存在自体がアートなのだ。
 77歳で「浴女たち」の制作に着手し、78歳に完成。



 そして、その年に亡くなっているから、最後の力をすべて注ぎ込んだ大作であることは間違いない。絵に対して、尋常ではない情熱と愛情、執着を持った画家だったと理解した。
 画家を支えた妻のアリーヌが、「田舎のダンス」という絵に登場している。



 木綿の晴れ着は、おそらく彼女の一張羅。もっと素敵なドレスを着ている人がいたとしても、彼女は夢見心地の表情で、世界一幸せだと思っているのでないか。そして、絵を見る人にも、幸福感を分けてくれるような気がする。
「あった、ムーラン・ド・ラ・ギャレットだよ」
 娘が目当ての絵を見つけ、喜んでいた。



 数年前にオルセーで観たときも感激したが、今度は日本に来てくれたことで心が躍り出す。
 この絵は、ルノワールが35歳のときに描いた作品である。ダンスホール兼酒場の娯楽施設に集う大衆が、仕事の憂さを晴らし、非日常の解放感を味わうひとコマを描いている。
 絵もさることながら、私は説明文に舌を巻いた。
「ポルカの音楽、笑い声、ざわめきまでも聞こえてくるようです」
 うーん、こういう表現もあったか。賑わっている様子を切り取る言葉として、ピッタリはまっている。私も、こんな文章が書けるようになりたいものだ。
 作品は全部で103点。決して多くはないが、出口にたどり着くまでに2時間かかった。
「さ、寒い」
 館内は異常に冷えている。貸し出しのストールもあったのに、「あとちょっとだからいいや」と考えて借りなかった。しかし、足の裏がつって痛い。借りればよかったと後悔した。最後にまた失敗。
 ルノワール展では、暖かい服装で、じっくりメモを取ってはいかがだろうか。
 まだまだ書きたいことはあるけれど、今日はこの辺で……。


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コメント (12)
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