Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.385:行政刷新会議「事業仕分け」で「大学生の就業力育成支援事業」が廃止に!

2010年11月23日 | 授業のおはなし
久しぶりに真面目な内容のメルマガを書くと予期せぬ出来事が起こるもので
す。前述のコラムの初稿を書いたのは水曜日だったのですが、翌日の木曜日
(11月18日)行政刷新会議の「事業仕分け」で「大学生の就業力育成支援事
業」に対し廃止の判定が下されてしまったのです。

まさか自分の関係している仕事に「事業仕分け」が影響するとは考えてもい
なかったのですが、いざ仕分けられると複雑な思いです。事業仕分けの対象
はスーパー堤防のように、継続事業での無駄遣いを暴き出すというものだと
認識していたのですが、まだ始まってもいない新規事業も対象となるとはち
ょっとビックリです。

驚いたついでに、今回の決定に対して個人的な疑問(半分愚痴かも)を述べ
させていただきたいと思います。
ちなみに今回の決定については「事業仕分け第3弾 A26大学関係事業(そ
の3)」の論点シートおよび評価結果のPDFファイルをご覧下さい。
http://www.shiwake.go.jp/details/2010-11-18.html

◆民主党内での政策の方向性に対するコンセンサスはどうなっているのか?
まず第一の疑問は、今回の事業は民主党が本年6月18日に閣議決定された新
成長戦略の中で述べられた「大学の就業力向上プラン」の一環として位置づ
けられている筈なのに、なぜ4ヵ月後に同じ民主党の人がNGを出すのかとい
う点です?
文部科学省サイト「『大学の就業力向上プラン』について

さらに言うならば、当初130校の採択校数だったものが突然180校までに増や
されたり、10月の下旬に文部科学省から採択された大学に対し、

> 大学生の就業力育成支援事業は、昨今の厳しい雇用情勢を踏まえ、
> 経済対策(9月10日閣議決定)において、
> 「新卒者雇用に関する緊急対策」としてあげられていることから、
> 選定校は可能な限り早期に選定プログラムを実施し、
> 学生の社会的・職業的自立に取組んでいただく必要がございます。


という理由から、「次年度以降に整備予定のものについても可能な限り今年
度に前倒しで整備・実施」して欲しいという依頼があったばかりです。

これだけ持ち上げておきながらいきなり廃止と言われても現場は混乱するだ
けです。しかも夏前に閣議決定し、まだ始まってもいない事業を5ヵ月後に
廃止すると宣言すること自体、民主党内での歩調の乱れを感じます。

歩調の乱れついでに言わせて貰えば、この事業仕分けが行われた翌日の参院
予算委員会において、菅直人首相は大学新卒者の就職難について「最も力を
入れないといけないことの一つだ」と改善に全力を挙げる考えを示していま
す。また事業の廃止決定後、高木義明文部科学相(民主党議員です)は「驚
いている。新卒者の就職は大きな社会問題になっており、官邸とも協議して
むしろ充実を進めたい」と話しています。下記はその会見の映像です。

木義明文部科学大臣記者会見(平成22年11月19日):文部科学省


現場の我々はいったい民主党政権の何を信じればよいのでしょうか?

◆高等教育に対する公財政支出のあり方をどうしたいのか?
第二の疑問は「カリキュラムの改革なのだから、これは各大学の自助努力で
経常経費の中で賄うべきだ」という意見についてです。一見すると妥当な意
見に思えますが、ここには大学への公財政支出のあり方に関わる重大な転換
が含まれています。

例えば国立大学で見てみましょう。国立大学の場合、毎年1兆円を超える運
営費交付金が国から支給されており、その額は総収入の約半分を占めていま
す。各国立大学への配分は学生数等によって機械的に決まります。そしてそ
の使い道は、大学の自主性・自律性の向上や教育研究の活性化を図ることな
どを目的に、各大学の裁量に委ねられています。裁量といえば聞こえは良い
のですが、悪く言えばドンブリ勘定で国からお金を渡しているとも言えます。

この運営費交付金は毎年1%ずつ削減されており、その削減率は「もっと高
くしろ」という圧力が年々高まっています。こうした経常経費での支給を少
なくする代わりに、国立大学に対しては「特別教育研究費」が、公立私立も
含めた全大学に対してはいわゆるGP(Good Practice)と呼ばれる競争的
資金の制度が設けられています。

つまり「現状維持は経常経費で、現状改革は競争的資金を充当」という棲み
分けによりドンブリ勘定から脱却し、より効果的・効率的に高等教育の予算
を活用し、国家としての方向性やビジョンに沿った高等教育運営を推進を目
指しているのです。これが昨今の高等教育行政の基本的なトレンドだったの
ですが、今回の「経常経費で」という議論は、そういった流れを真っ向から
否定するものと言わざるを得ません。加えて、今回の事業廃止した分の予算
を高等教育予算(国立大学の運営交付金や私学助成金)に増額するというこ
とはおそらくないと思うので、事実上経常経費の減額とも考える事ができま
す。

日本はOECD各国の中で国内総生産(GDP)に対する高等教育への公財政支出
の割合は韓国とならび最低の国です。そうした窮状に対して「高等教育をす
べての人たちが受けられるよう抜本的な取り組みを始めていきたいとの強い
決意と意思を持っています」と訴えたのが民主党です。マニュフェストでは
より踏み込んで「高等教育(高校でなく)の無償化」まで宣言しています。

「民主党 教育のススメ「日本国教育基本法案」解説書」民主党JAPANマニフェストより


今回の事業仕分けは、果たして同じマニフェストを書いた政党のやることな
のでしょうか?

◆既存の教員だけでキャリア教育の開発や実施ができると思っているのか?
第三の疑問は、論点シートにある「カリキュラム開発の経費の内訳は、教員
等の人件費が大きいが、新たに人の手当てを講ずるのではなく、当該大学の
既存の教員等がこれまでの知見や成果を検証しつつ、発展的なカリキュラム
を作成すべきではないか」という意見です。

そもそも大学の教員というのは、一般に研究者としてのキャリアを積んで大
学の教員になります。彼らは研究している学問の専門知識やそれを考察する
論理的思考に長けてはいるものの、一般企業で働くことを前提としたキャリ
ア教育に関しては全くの素人です。残念ながら、キャリアや就業力という分
野において「当該大学の既存の教員等がこれまでの知見や成果」を前提にカ
リキュラム改革ができるとは到底考えられません。ロシア文学の先生や応用
物理学の先生が、いきなり学生のキャリアプランの指導ができる訳がないの
は誰だって分かるはずです。

しかし時代の要請から大学における「キャリア教育」の推進は待ったなしの
状況にあります。折しも2011年度から大学設置基準が改定され、「職業指導
(キャリアガイダンス)を適切に大学の教育活動に位置づける」ことが義務
化されることになりました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1288248.htm

多少宣伝っぽくなりますが、授業を行う教員の81%がコンサルタントおよび
実務家教員という産能大とは異なり、多くの大学では「キャリア教育」を検
討・推進する担い手が圧倒的に不足しています。そのためには新たな人の手
当てを講ずる必要があり、それにはお金がかかります。今回の仕分人達はそ
うした大学の現状を把握しておられるのかどうか疑問です。

◆吐くような苦しみの中、4年生達は今も闘っています
コガの担当している4年生にもまだ就職が決まらず、それでもがんばって就
職活動を続けている学生が沢山います。何十もの会社を受け、そして落とさ
れということを1年近くがんばって続けています。普通の年ならとっくに決
定しているような学生でも、中々決まらず苦しんでいます。

これはある4年生の親から聞いた話です。何十社目かの不採用の通知が来た
時、その学生はショックでトイレに籠もってしまったそうです。親はトイレ
の中で泣いていると思っていたら、あまりに心が苦しくなって胃の中のもの
を吐いていたそうです。

自分のことを必要な会社はないのでは?
自分は駄目人間なんじゃないか?

そう思うと生きているのが辛くなって、
嗚咽がとまらなくなり、胃の中のものを吐きだしてしまったのだそうです。

以上、かなり愚痴っぽくなってしまいましたが、メルマガ読者の皆さんは今
回の事業仕分けの結果について、どうお考えになりましたでしょうか?
ぜひご意見をお待ちしております。

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2 コメント

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よくまとめられてますね (パンチ)
2010-11-24 20:22:02
 はじめまして。廃止の決定がなされた所で、突然、ツイッターに色々と出てきたので、注目していました。このブログを紹介していたものがあったので、ちょっと覗いてみました。全体を良く見渡していて、上手く纏められていると感じました。
 こういう決定をする人々は、おそらく傲慢な考えを持っている人が多く、大学が何かを教えてくれることなど無い、と思っているのではないでしょうか。そんな考えの人に、本来業務と言われてもねえ、といった感覚。卒業後何年もしてから、何となく意味が分かったと思った人間にとっては、大学で教わることの意味は大きいと思います。どんなことも、真剣に取り組めば、後で何かの役に立つ、といった所かと。
 ただ、幾つか並んでいた、決定後の様々な人のコメントを読むと、このまま廃止に突入というのはどうかと思います。政党の考え方もそうですが、文科省の考え方もどうなるのか、少し見守っていては如何でしょう。もし、本当に廃止されたら、それこそ国立大学は概算要求でしょう。けど、私立は私学助成の増額要求って、できるのでしょうか。そういう意味で、こういう競争的資金は非常に重要なんだろうけど。
 いずれにしても、これからも暫くの間はしっかりと計画を進めていってください。期待しています。
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コメントありがとうございました (こが@さんのう)
2010-11-26 21:46:16
パンチさま
コメントありがとうございました。

> このまま廃止に突入というのはどうかと思います。
> 政党の考え方もそうですが、
> 文科省の考え方もどうなるのか、少し見守っていては如何でしょう。

事業仕分け自体の決定は法的な拘束力を持たないため、今後どうなるか正直分からないとことがありますねえ。

廃止になっても私学助成金が増額されることはないと思います。国立大学の運営交付金もしかりです。

では、本学として、今回の就業力支援の取り組みを断念するのかというと、どうもそうではなく、もう一度決めたことだから、それこそ身銭を切って推進してくというスタンスのようです。
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