Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

Vol.310:LEC大学募集停止に思う

2009年06月30日 | 大学のeラーニング
6月18日にLEC東京リーガルマインド大学が2010年度以降の募集停止を発表しました。大学の発表資料によると、

・平成21年度の入学者数は、19名(昨年29名)
・これまで、他の事業部門の黒字で学部の赤字を補填し、その継続を図るなど懸命の努力を行ってきた
・しかし、これ以上の継続は困難
・在学生の適切な修学環境の維持向上に経営資源を集中させるため平成21 年度以降、学部の学生募集を行わないことを決定した
・なお大学院は継続して存続、学生募集を行う

というものです。同じ株式会社立大学の募集停止ということでは、昨年末にLCA大学院大学が09年度からの停止を公表しておりこれで2校目ということになりました。LCA大学院大学の時は、学長の山崎正和氏が昨年まで中央教育審議会の委員長だったこともあり話題となったことを記憶しております。

実は筆者の桜美林大学院時代の修士論文がアメリカの営利大学をテーマとしたものであったため、日本の株式会社立大学の動向についてはとても気になっており、複雑な思いでこの報道を読みました。修士論文では当初日米の株式会社立大学の比較について書く予定だったのですが、アメリカの部分がどんどん膨らんでしまい、結局日本の株式会社立大学にはあまり触れずにまとめてしまいました。ちなみに筆者ができなかった点については、本メルマガでも切れ味スルドイ書評を書いてくれているナカダ君が「株式会社立大学の制度設計とビジネスモデル」という質量ともに充実した修士論文を昨年書き上げてくれています。

話しが少々脱線しましたが、今回のLEC大学募集停止については大きく2つの意見が提示されています。一つは「そもそも教育の世界にビジネスの論理を持ち込んだことが失敗の原因だ」とするもの、もう一つは「私立大学だって最近募集停止が相次いでいるのだから設置形態の問題ではない」とするものです。今回はそれらの声を比較検討してみたいと思います。

教育の世界にビジネスの論理を持ち込んだことが失敗の原因
この論調を明確に打ち出しているのが、筆者が敬愛する「内田樹」先生のBlogです。
『内田樹の研究室』2009年5月19日「株式会社立大学の末路」より
株式会社立の大学については、これは高等教育機関としては機能しないと私は最初から言い続けてきた。「教育はビジネスではない」からである。
(中略)
経営のノウハウを教える教育機関が経営破綻した場合、説明の可能性は二つある。一つは、「経営のノウハウ」を教えることを謳ったこの教育機関の経営者たちが実は「経営のノウハウ」をよく知らなかったということである。魅力的な解釈だが、私はこれをとることを自制する。私がとるのは、教育機関の経営にはいわゆる「経営のノウハウ」が適用されないという解釈である。教育はビジネスマンが来るべき場ではなかったのだと思う。そういう理解でいかがだろうか。
筆者としては、少々複雑な思いでこの主張を読んでいます。現在熊本大学で「教育ビジネス経営論」という内田先生の思想とは真逆の考え方の授業を担当しているからです。さて、内田先生は別のBlogの記事の中で、下記のようにも語っています。『内田樹の研究室』2009年1月28日「学びと暗黙知」より
「学び」というのは、「学ぶことの有用性や意味があらかじめわかったので、学び始める」というようなかたちでは始まらない。
それは商品購入のスキームである。
「学び」というのは、「その有用性や意味がわからないもの」(私たちの世界はそのようなもので埋め尽くされている)の中から、「私にとっていずれ死活的に有用で有意なものになることが予感せらるるもの」を過たず選択する能力なしには起動しない。
「実務に役立つ教育」や「現状の業務課題をもとに学習ニーズを抽出し、それを学習目標とする」といった古典的な企業内教育のプログラム設計とは真逆の事を述べています。しかし、これらの文章がとても魅力的に思えてしまうのはなぜでしょう。

実はAppleコンピュータのSteve Jobs氏も、伝説となったスタンフォード大学の卒業式スピーチの中で「点と点をつなぐ」というテーマで内田先生と同じような事を語っています。(H-Yamaguchi.net 「Steve Jobsのスピーチ、山口訳」より)
先を読んで点と点をつなぐことはできません。後からふり返って初めてできるわけです。したがってあなた方は、点と点が将来どこかでつながると信じなければなりません。
Jobsの場合も、大学のカリグラフィの授業のエピソードの後にこの「点」の話しをしているので、教育が中心のテーマであることは明らかです。いずれにせよ、効率最優先で「役に立つ事」だけを学ぶというのは、そもそも学校教育の世界には馴染まないという考え方には一理ありそうです。

設置形態と募集停止は別問題
一方、「この厳しい時代、私立大学だって最近募集停止が相次いでいるのだから設置形態の問題ではない」といった趣旨の論調を明確に打ち出している一人が、「大学プロデューサーノート」倉部さんのBlogです。

『大学プロデューサーズ・ノート 【早稲田塾】』2009年6月18日「LEC東京リーガルマインド大学も募集停止」より
今回のLEC東京リーガルマインド大学の場合は、以前(LCA大学院大学が募集停止を発表した時)に比べれば、あまりそういった(「ほれ見ろ、企業が金儲け目的で大学をやるからだ」といった)報じられ方はされていません。ここ最近、学校法人による「普通の大学」があまりにも連続で募集停止したので、さすがに「株式会社立」という点だけを責められなかったのかもしれません。
(中略)
個人的には、学校法人だろうが、株式会社立大学だろうが、良い大学は良いし、ひどい大学はひどいと考えています。学生を集められるかどうかも、設立母体とはあまり関係がないのでは。
どんな教育方針を持つ大学になるかは、関わる人達の考え方次第でしょう。学校法人であっても、見栄や、特定の誰か(政治家や行政)の都合だけで開設されたような、教育理念がすっぽり抜け落ちた大学はやまほどあります。
(  )内は筆者加筆
確かに4月以降、三重中京大学、聖トマス大学、神戸ファッション造形大学、愛知新城大谷大学、が平成22年度からの学生募集を決定しています。これらはすべて私立大学であり、そのうち愛知新城大谷大学は2004年開学、神戸ファッション造形大学は2005年開学とまだ出来たての大学です。これらの大学が設置審査を受けた頃はちょうど、規制緩和の方針を受けて設置認可の準則化が本格的に進んだ時期でもあり、株式会社云々の議論よりそちらの方が問題ありなのではないかと筆者は考えております。

ちなみに「教育理念がすっぽり抜け落ちた大学」というのは、以前同ブログの「コピー・ペーストでつくった教育理念?」(2008年11月26日)という記事の中で、公立大学である前橋工科大学が岡山大学の教育理念をコピペして作っていたという事が念頭にあったのかと思います。

多様性が必要
では、筆者はこの問題についてどう考えているのかというと、基本的には設置形態は二の次と考えています。また教育には多様な考え方が許されると信じているので、そこにビジネスの論理を持ち込むことについても否定されるべきでないと考えます(もちろん持ち込むべきでないという考えもあると思います)。

もっとも、ここで議論すべき「ビジネスの論理」というもの自体とても多様な概念です。例えば、内田先生が論じている学びについての考え方、「学びは、その有用性や意味がわからないものの中から、私にとっていずれ死活的に有用で有意なものになることが予感せらるるものを選択する能力なしには起動しない」は多くのビジネスパーソンにとって「まさに現代的なビジネスの論理」に思えるはずです。「目標に向けて最短距離を効率的に走って他者を出し抜く」といった20世紀的イメージをビジネスの論理と考えるビジネスパーソンはむしろ少数派であり、「ビジネスの論理」VS「教育の論理」と二項対立的に捉えること自体に無理があると筆者は考えています。

とはいうものの、今の日本の高等教育システムの中では、株式会社立大学の経営にはあまりにも「勝ち目」がなさ過ぎると言わざるを得ません。私立大学に比較してのメリットは「株式市場からの資金調達が可能」なことぐらいしかありません。それに引きかえ「私学助成金が受けられない」「法人税を取られる」「社会的に負のイメージが確立されつつある」などデメリットは沢山あります。結果として株式会社立で設置しても厳しい大学経営が待っていることは自明です。ビジネスブレイクスルー大学院大学のように一部大健闘している株式会社立大学がありますが、これらのデメリットを認識した上で設置を考えるというのは、経営的にみてどうなのだろうかと個人的には考えてしまうのですが、それこそ「有用性や意味がわからないものの中から、いずれ死活的に有用で有意なものになることが予感せらるるものを選択する能力」のなせる技なのでしょうか?


最後まで読んでいただきありがとうございました。
気に入っていただけましtら、下記ランキングに清き一票を!
にほんブログ村 教育ブログ 大学教育へにほんブログ村

最新の画像もっと見る

9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (lamb_labo)
2009-06-30 23:00:23
こんにちは。
興味のあるテーマですので、非常に興味深く読ませていただきました。

私の場合、コンサルティング等を行っていた時期は、「株式会社立大学はアリ」だし、「大学にだってビジネスの論理は入れることができるはず」と考えていました。
でも、実際に大学の中に入って教員として働いてみると、「ああ・・ちょっと難しいかも」に変わりました。
直感的であり、うまく説明はできないのですが。
返信する
コメントありがとうございました。 (こが@さんのう)
2009-07-01 00:40:42
lamb_labo さん
いつもコメントいただきありがとうございました。
> 直感的であり、うまく説明はできないのですが。
というところに何かポイントがあるような気がしています。私自身、学校教育の現場は、客観化して誰にでも伝わるように表現しようとすればするほど、実態とかけ離れたものになってしまうなあと最近感じているからです。

ただ一方で、大学自体(私立も国立も)が「会社化」する渦中にいると、「難しいかも」と言って今までのままで居続ける訳にもいかず、ほんと難しいですね。
返信する
予備校はホクホク (たばし)
2009-07-18 01:48:55
高等教育にビジネスの論理は適用されない?
そうではなくて、やはり高等教育に携わる者がきわめて初歩的なビジネスの論理すら適用できなかっただけではないのでしょうか。

これは内田センセーが与しなかった
<「経営のノウハウ」を教えることを謳ったこの教育機関の経営者たちが実は「経営のノウハウ」をよく知らなかったということ>
と論旨は一緒でしょうね。

例えば、予備校や進学塾で大きな利益をあげているところはいくらでもあります。
彼らは実に巧みに、つまりは一生懸命マーケティングを行い、毎年、高等教育を上回る金額を1家庭から奪い取っています。

また、
<「学び」というのは、「その有用性や意味がわからないもの」(私たちの世界はそのようなもので埋め尽くされている)の中から、「私にとっていずれ死活的に有用で有意なものになることが予感せらるるもの」を過たず選択する能力なしには起動しない>
も、なんだかな、という感じです。

そういう能力が足りないから高い月謝を払って学校に行く、という要素はないですかねえ。

つまり、そういう能力の涵養も含めての高等教育(ビジネス)であり、それが最初からあふれている人は、4年間、国会図書館で独学でもしていればよいと思うわけです。

国立大付属小中学校に入学する子どもを、平均的な日本の子ども像ととらえているくらいナンセンスな前提です。
「小6の受験の段階で、中学の理科社会全部理解していなければ学芸大/筑波大附属中学の生徒として起動しない」とにさも似たり


それじゃあフツーの学生しか集まらない大学の経営は成り立たないでしょう。

eラーニング大学がバタバタと倒れていくのも、そのあたりに通じるものがあるのではないでしょうか。

以前に唖然としたのは、
「非営利大学のeラーニングは厳しい。営利大学は先行投資を受けて、それによって利潤を生み出す仕組みを作ることができるが、非営利大学は独自で予算を用意しなければならない」
という主張です。http://www.jagat.or.jp/story_memo_view.asp?StoryID=5899

営利大学なら誰でも先行投資してくれると言うような書きぶり。よほどの御大尽でもなければそんな無謀な出資しませんて(でもしてしまって大変な目に逢っている人散在しますが)。

なんか、営利とか非営利とか言う前に、このお小遣い帳レベルの経済感覚すら疑いたくなる方々が大学経営の要にいるとしたら、そりゃつぶれますよ。と言いたいです。

返信する
コメントありがとうございました。 (koga@さんのう)
2009-07-18 22:50:34
たばしさん
いつも内角を抉るような鋭いコメントをありがとうございました。
「お小遣い帳レベルの経済感覚すら疑いたくなる方々が大学経営の要にいるとしたら」
というコメントは確かにそういう一面もありますよね。以前金融機関からある大学の経理担当役員に移籍した方が
「そもそも年間収入が4月の段階でほぼ確定してしまう商売なんて学校の他にありえない。あとは1年間その収入の枠内で支出と剰余金を計算していけばいいだけなのだから、収入が見込みでしか分からない民間企業にくらべて楽ですよ」
とおっしゃっていたことを思い出しました。
でも産能の場合は社会人教育部門の収入の比率が多いから、そのあたりが民間的なんですよね。
返信する
買えば? (まちゅもと@さんのう)
2009-07-29 14:10:44
今のような状況だと、無理に株式会社立にするより、休眠状態になっている“学校法人を買う”という方法もあるような気がするんですが、実際のところはどうなんでしょうね。売られている宗教法人なんてものもあるわけですし(買う方は脱税目的なんだろうけど)。
返信する
Unknown (koga@さんのう)
2009-07-29 19:59:15
まちゅもとさん
コメントありがとうございました。
私もよく分からないのですが、買う場合「誰」に代金を支払えばいいのでしょうか?

企業の場合、株主=持ち主なのですが、学校法人の場合「寄附」によって成立しているので、持ち主がいない筈なのです。

以前にアメリカの私立大学を株式会社立大学がどんどん買収しているケースについて読んだのですが、購入する際、学校のある地元に教育基金のような財団を設立し、その財団に対してお金を支払うといった面倒な事をやっていると聞いたことがあります。

もう一つの方法としては、株式会社でなく学校法人を作り、その上で大学を設置するという方法があります。一昨年設立したSBI大学院は当初株式会社立で設立する予定だったものの、様々な経緯から学校法人を設立し開学したと聞いております。
返信する
お代はいただきません (まちゅもと@さんのう)
2009-07-31 16:38:33
そうなると理事長ってのはいったい何なんだろうか??

あんまり売り買いのことは考えていなかったのかもですねぇ。
設置認可を取るのと、売り買いと、どちらが楽か?という話になると。
前例の無いことには手出ししたくないってとこでしょーか。

あとは合併して吸収するくらい?

そういえば、上智と聖母大ってところが合併しますね。
返信する
Unknown (koga@さんのう)
2009-08-02 12:58:28
> そうなると理事長ってのはいったい
> 何なんだろうか??

企業でいうところのCEOと同じです。
所有者でなく、執行責任を負う人です。

学校法人というのは、土地と建物に法人格がついたようなものなんですねえ~。

>そういえば、上智と聖母大ってところが合併しますね。

カソリック系の大学の場合はさらに複雑のようです。
返信する
Global link education (john winchester)
2022-04-26 16:57:28
Great and valuable content.Thanks for sharing this amazing article and stay blessed
返信する

コメントを投稿