Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.450:予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大 学へ」とは?を読んでの疑問

2012年04月11日 | 授業のおはなし
「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大
学へ」とは?


妙に長くて不思議なタイトルですよね。これは平成24年3月26日に、中央教
育審議会大学分科会大学教育部会が公開した審議のまとめのタイトルです。

「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」
(審議のまとめ)
http://goo.gl/vOhWs

この答申を読んで、いくつかの疑問が浮かんできました。そこで今回はそれ
らの疑問を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

疑問1_学修時間と教育効果
予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成するために
はどうしたらよいのか?本答申での骨子は大きく2つにまとめられます。一
つは「課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)」を学士課程教
育に導入すること、もう一つは学修時間の増加です。

コガが疑問に思ったのは、後者の「学修時間の増加」についてです。本まと
めでは、「事前・事後の学修を時間をかけてやることが質の高い学士課程教
育に繋がる」と言い切っていますが、果たしてそうなのでしょうか。一般論
で言えば、確かに時間をかければ教育効果は上がるかもしれません。しかし、
効率的な学びの仕組みを考ることにより、学修時間が短くても効果的な学修
を実現できる可能性はあります。だらだらと時間をかけて事前事後学習をす
るよりも、集中して短時間で学習できる力を養うことや、そうした授業デザ
インを目指すことの方が重要だとコガは考えます。

このメルマガでも度々取り上げてきたインストラクショナルデザインでは、
どのような教え方をすれば最も効果的な教育効果が上げられるか、あるいは
同じ効果を上げるのに、より効率的かつ魅力的な教え方は何かといったこと
を研究しています。

学習と時間に関してはキャロルという学者さんが、学校学習モデル(時間モ
デル)を提示しています。キャロルの時間モデルの根底には「ある学習達成
するために必要な時間は、学習者個々によって異なる」という考え方があり
ます。考えてみると当たり前なのですが、このモデルの視点で考察すると一
律に時間を定めるという単位の考え方自体、正しいのかどうかという疑問が
湧いてきます。

熊本大学鈴木先生による「キャロルの時間モデル」の解説



また、大学生の学習時間が少ないという話を聞くたびに、コガは「自分が大
学生だった頃」のことを思い出し胃が痛くなります。授業は半期15週どころ
か13週ぐらいが標準でした。しかも休講があっても補講なんてほとんど実施
しなかったので、実質はもっと少なかった筈です。もちろん期中に宿題なん
てなかったし、テスト期間を除けば授業外に勉強している大学生はほぼ皆無
でした。自分たちがそういう大学時代を過ごしてきたことを棚に上げて、次
の世代に対して「勉強せい」とどなりつけるのはどうもアンフェアな気がし
てならないのです。

最後に英語のことわざに
"All work and no play makes Jack a dull boy."
というのがあります。
映画「シャイニング」で有名になったフレーズです。
All work and no play makes Jack a dull boyr (The Shining, 1980)
http://goo.gl/wUrDj
遊んでばかりではまずいものの、勉強ばかりの大学生活は果たして正しいの
でしょうか?昨年震災当時に話題になった立教高校の校長先生ではありませ
んが、大学生活は授業の予習復習の時間ででがんじがらめに縛るより「海を
見る自由」を与える事の方が大事であると個人的には考えております。
『卒業式を中止した立教新座高校 3 年生諸君へ。』
http://niiza.rikkyo.ac.jp/philosophy/_asset/pdf/20110315s.pdf

皆さんはどうお考えになりますか?

疑問2_1単位45時間の根拠
第二の疑問は1単位45時間の根拠についてです。
大学設置基準の第二十一条 の2に「一単位の授業科目を四十五時間の学修
を必要とする内容をもつて構成することを標準とし」となっているのですが、
そもそもなぜ45時間なのかはあまり知られていません。
これは、1週間の労働時間から来ているそうです。月曜~金曜を8時間、土曜
日は半ドンで5時間働き合計45時間というものです。

もうお分かりですね。仮に1週間の労働時間を根拠にするのであれば、今の
時代は45時間では労働基準法違反なのです。1週40時間を超えて働かせると、
6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることになります。

「学習と労働は違う」というロジックはそもそも1週間の労働時間を基準に
して1単位45時間を決めているのですから、反論になりません。では労働基準
法に従い、1単位の学修時間を40時間にすべきなのでしょうか?

個人的にはその考えにも賛同できません。なぜなら疑問1で述べたとおり、
コガは学習時間で学びの質を担保する考え方に納得できないからです。
皆さんは「1単位=45時間」をどうお考えになりますか?

疑問3_主体的な学びとシラバスへの事前・事後学習内容の明示
第三の疑問は、本答申にある「学生に事前に提示する授業計画(シラバス)
は、単なる講義概要(コースカタログ)にとどまることなく、授業のための
事前の準備や事後の展開などの指針、他の授業科目との関連性等の記述を含
み、授業の工程表として機能するように作成されること」という記述につい
てです。

そもそも主体的に学ぶというのは、授業のための事前の準備や事後の展開な
どを自分で考えるということではないでしょうか?それをいちいち「あれを
しなさい、これをしなさい」と教員が指示することは、主体的な学びとは逆
行するのではないかとコガは考えます。授業の内容をキッカケとして、教員
が思いもよらない方向に脱線して発展学習していくことこそが「主体的な学
び」ではないでしょうか?

〉疑問4_ますます増えるカタカナ改革ワード
最後は答申にちりばめられている様々な「カタカナ改革ワード」についてで
す。以前から「GPA」とか「FD」とか様々な欧米産の大学改革ワードが溢れ
かえっています。今回それらに加えて「大学ポートレート」「ナンバリン
グ」「カレッジ・レディネス」「ルーブリック」等のカタカナ改革ワードが
登場しました。それらの用語の詳細につきましては、答申の資料編1/2
に用語解説が掲載されていますのでそちらをご覧ください。
http://goo.gl/V6aEZ

問題は、言葉の“原産国”(ほとんどがアメリカ)で、それらの用語の示す
機能がどのような文脈の中で活用されているかを認識しないまま、日本の高
等教育システムに組み込もうとしている点にあります。たとえば今回の答申
で「ナンバリング」という言葉が紹介されていますが、言葉が先行して制度
だけ導入しようとしても全くの無駄となってしまいます。なぜなら、きちん
としたカリキュラムデザインにそって科目を配置することが最優先される課
題であり、その過程を飛ばし、科目にナンバリングしただけでは全く意味が
ないからです。答申の趣旨としては、カリキュラム改革を促進するために
「ナンバリング」という小道具を普及させようとしているものと思われます
が、結果として形式だけの「ナンバリング」が横行しそうな予感がしてなり
ません。

その他、本答申に対して言いたいことは山ほどあるのですが、今回はここま
でにしておきます。皆さんも答申を読んでいて「アレっ?」と思う点があり
ましたら教えていただければ幸いです。
<文責 コガ>

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