Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.450:予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大 学へ」とは?を読んでの疑問

2012年04月11日 | 授業のおはなし
「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大
学へ」とは?


妙に長くて不思議なタイトルですよね。これは平成24年3月26日に、中央教
育審議会大学分科会大学教育部会が公開した審議のまとめのタイトルです。

「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」
(審議のまとめ)
http://goo.gl/vOhWs

この答申を読んで、いくつかの疑問が浮かんできました。そこで今回はそれ
らの疑問を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

疑問1_学修時間と教育効果
予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成するために
はどうしたらよいのか?本答申での骨子は大きく2つにまとめられます。一
つは「課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)」を学士課程教
育に導入すること、もう一つは学修時間の増加です。

コガが疑問に思ったのは、後者の「学修時間の増加」についてです。本まと
めでは、「事前・事後の学修を時間をかけてやることが質の高い学士課程教
育に繋がる」と言い切っていますが、果たしてそうなのでしょうか。一般論
で言えば、確かに時間をかければ教育効果は上がるかもしれません。しかし、
効率的な学びの仕組みを考ることにより、学修時間が短くても効果的な学修
を実現できる可能性はあります。だらだらと時間をかけて事前事後学習をす
るよりも、集中して短時間で学習できる力を養うことや、そうした授業デザ
インを目指すことの方が重要だとコガは考えます。

このメルマガでも度々取り上げてきたインストラクショナルデザインでは、
どのような教え方をすれば最も効果的な教育効果が上げられるか、あるいは
同じ効果を上げるのに、より効率的かつ魅力的な教え方は何かといったこと
を研究しています。

学習と時間に関してはキャロルという学者さんが、学校学習モデル(時間モ
デル)を提示しています。キャロルの時間モデルの根底には「ある学習達成
するために必要な時間は、学習者個々によって異なる」という考え方があり
ます。考えてみると当たり前なのですが、このモデルの視点で考察すると一
律に時間を定めるという単位の考え方自体、正しいのかどうかという疑問が
湧いてきます。

熊本大学鈴木先生による「キャロルの時間モデル」の解説



また、大学生の学習時間が少ないという話を聞くたびに、コガは「自分が大
学生だった頃」のことを思い出し胃が痛くなります。授業は半期15週どころ
か13週ぐらいが標準でした。しかも休講があっても補講なんてほとんど実施
しなかったので、実質はもっと少なかった筈です。もちろん期中に宿題なん
てなかったし、テスト期間を除けば授業外に勉強している大学生はほぼ皆無
でした。自分たちがそういう大学時代を過ごしてきたことを棚に上げて、次
の世代に対して「勉強せい」とどなりつけるのはどうもアンフェアな気がし
てならないのです。

最後に英語のことわざに
"All work and no play makes Jack a dull boy."
というのがあります。
映画「シャイニング」で有名になったフレーズです。
All work and no play makes Jack a dull boyr (The Shining, 1980)
http://goo.gl/wUrDj
遊んでばかりではまずいものの、勉強ばかりの大学生活は果たして正しいの
でしょうか?昨年震災当時に話題になった立教高校の校長先生ではありませ
んが、大学生活は授業の予習復習の時間ででがんじがらめに縛るより「海を
見る自由」を与える事の方が大事であると個人的には考えております。
『卒業式を中止した立教新座高校 3 年生諸君へ。』
http://niiza.rikkyo.ac.jp/philosophy/_asset/pdf/20110315s.pdf

皆さんはどうお考えになりますか?

疑問2_1単位45時間の根拠
第二の疑問は1単位45時間の根拠についてです。
大学設置基準の第二十一条 の2に「一単位の授業科目を四十五時間の学修
を必要とする内容をもつて構成することを標準とし」となっているのですが、
そもそもなぜ45時間なのかはあまり知られていません。
これは、1週間の労働時間から来ているそうです。月曜~金曜を8時間、土曜
日は半ドンで5時間働き合計45時間というものです。

もうお分かりですね。仮に1週間の労働時間を根拠にするのであれば、今の
時代は45時間では労働基準法違反なのです。1週40時間を超えて働かせると、
6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることになります。

「学習と労働は違う」というロジックはそもそも1週間の労働時間を基準に
して1単位45時間を決めているのですから、反論になりません。では労働基準
法に従い、1単位の学修時間を40時間にすべきなのでしょうか?

個人的にはその考えにも賛同できません。なぜなら疑問1で述べたとおり、
コガは学習時間で学びの質を担保する考え方に納得できないからです。
皆さんは「1単位=45時間」をどうお考えになりますか?

疑問3_主体的な学びとシラバスへの事前・事後学習内容の明示
第三の疑問は、本答申にある「学生に事前に提示する授業計画(シラバス)
は、単なる講義概要(コースカタログ)にとどまることなく、授業のための
事前の準備や事後の展開などの指針、他の授業科目との関連性等の記述を含
み、授業の工程表として機能するように作成されること」という記述につい
てです。

そもそも主体的に学ぶというのは、授業のための事前の準備や事後の展開な
どを自分で考えるということではないでしょうか?それをいちいち「あれを
しなさい、これをしなさい」と教員が指示することは、主体的な学びとは逆
行するのではないかとコガは考えます。授業の内容をキッカケとして、教員
が思いもよらない方向に脱線して発展学習していくことこそが「主体的な学
び」ではないでしょうか?

〉疑問4_ますます増えるカタカナ改革ワード
最後は答申にちりばめられている様々な「カタカナ改革ワード」についてで
す。以前から「GPA」とか「FD」とか様々な欧米産の大学改革ワードが溢れ
かえっています。今回それらに加えて「大学ポートレート」「ナンバリン
グ」「カレッジ・レディネス」「ルーブリック」等のカタカナ改革ワードが
登場しました。それらの用語の詳細につきましては、答申の資料編1/2
に用語解説が掲載されていますのでそちらをご覧ください。
http://goo.gl/V6aEZ

問題は、言葉の“原産国”(ほとんどがアメリカ)で、それらの用語の示す
機能がどのような文脈の中で活用されているかを認識しないまま、日本の高
等教育システムに組み込もうとしている点にあります。たとえば今回の答申
で「ナンバリング」という言葉が紹介されていますが、言葉が先行して制度
だけ導入しようとしても全くの無駄となってしまいます。なぜなら、きちん
としたカリキュラムデザインにそって科目を配置することが最優先される課
題であり、その過程を飛ばし、科目にナンバリングしただけでは全く意味が
ないからです。答申の趣旨としては、カリキュラム改革を促進するために
「ナンバリング」という小道具を普及させようとしているものと思われます
が、結果として形式だけの「ナンバリング」が横行しそうな予感がしてなり
ません。

その他、本答申に対して言いたいことは山ほどあるのですが、今回はここま
でにしておきます。皆さんも答申を読んでいて「アレっ?」と思う点があり
ましたら教えていただければ幸いです。
<文責 コガ>

vol.409:大学と節電

2011年06月16日 | 授業のおはなし
今年の梅雨は早く始まったので、梅雨明けも例年より早いのではないかと勝
手に期待しております。しかし早く梅雨が明けてしまうと、梅雨明け後の暑
さの中、授業がまともに実施できるのか心配です。この夏、15%節電の指針
から冷房温度の設定は28度に!というのが官公庁や教育機関のガイドライン
となっています。しかし教室というのは人が沢山集まるため、設定温度が28
度ですと相当暑くなります。さらに一人一台パソコンを使う「情報リテラ
シー」という授業では、パソコンから放出される熱も加わり大変なことにな
りそうです。先日冷房温度を28度にして授業を実施したところ、この季節で
も相当蒸し暑いのです。正直熱中症が心配です。

噂で聞くところによると、某体育系の大学では18:00以降のクラブ活動を禁
止にしたり、とある都内の大学では13~16時の間研究室の冷房を切ることに
なったり、とラディカルな節電対策を取る大学も出現しているようです。

試しに「大学 節電対策」で検索したところ、以下のような大学の節電対策
がヒットしました。各大学とも節電対策として下記以外にも様々な項目を掲
げています。

創価大学の節電対策について
【主な節電対策】
・PCディスプレイ照度を50%以下に設定する
・各棟に「電気消し隊」を結成。責任者のもと、日に2回、見回りを行う
・プールは今夏使用しない
http://www.soka.ac.jp/newstopics/2011_0601.html参照

夏期の節電対策の実施について(神奈川大学)
【主な節電対策】
・土曜・夜間を利用した補講の前倒し実施、試験実施科目の削減
・予想最高気温24度以下での冷房運転の停止
http://www.kanagawa-u.ac.jp/news/2011/05/23/003026/参照

義塾における節電対策およびクールビズの実施について
(慶應義塾大学日吉キャンパス)
【主な節電対策】
・廊下等については,支障のない限り,日没まで全消灯とします。
・屋外体育施設については,原則として照明を使用しません。

さてさて、我が産業能率大学でも同様の節電対策が学内で示され鋭意推進中
なのですが、先週から私が担当する2年生のゼミで「大学の節電」というテー
マで検討を開始しました。最初の回には施設管理課の課長にお越しいただき、
本学におけるこの夏の節電の取組についてご説明いただきました。2回目以降
は学内をくまなく周り、学生の視点で無駄な電気を使っている箇所はないかを
探させ、改善案を検討させます。
ゼミの進め方につきましては、下記のプレゼン資料をご覧下さい。

キャンパスの節電を考える(PBL)

学生の視点でユニークなアイデアが出てくることを期待しています。

vol.407:初年次ゼミでの取組その2「学生活版喜怒哀楽カルタ」

2011年06月06日 | 授業のおはなし
本メルマガvol.397で、2010年度に実施した初年次ゼミの改訂についてお伝
えしました。

上記記事の最後に
「『大学生活版喜怒哀楽カルタ』の実践についは、別の機会に紹介します」
とお伝えしていたにも関わらずサボっておりました。
申し訳ございませんでした。

ということで今回は、昨年1年生対象の「チーム学習ゼミ」の後半の10週で
実施した「大学生活版喜怒哀楽カルタ」についてご報告いたします。

■■概要
「大学生活版喜怒哀楽カルタ」は、大学生活で「成長したと感じた経験」を
題材に、喜怒哀楽の分類を付加して「あ」から「ん」まで45枚のカルタをグ
ループで制作するワークショップです。このワークは私が考えたのではなく、
日本教育工学会のワークショップで知った「KARUTA workshop(下記参照)」
を大学授業版にアレンジしたものです。

vol.381:日本教育工学会第26回全国大会「かるたづくりでリフレクション」

このワークショップを企画していただいた手塚千尋先生(兵庫教育大学)、
曽和具之先生(神戸芸術工科大学)、大西景子様(SODAdesign research)
には大変感謝しております。この場をお借りして御礼申しあげます。

「大学生活版喜怒哀楽カルタ」では1チーム6人で45枚のカルタを制作します。
最終的には以下の3点をグループ活動の成果物として仕上げる必要があります。
【カルタ】
45枚のカルタの制作。字札と絵札を作る。
【レポート】
カルタを作るプロセスから大学生は、いつ、どこで、どんな体験を通じて成長し
ているのかを分析し、グループとしてレポートにまとめる。
【発表】
この科目の学習目標である「発表する力」を育成するため、上記レポートの
内容を1チーム7分から10分程度で発表する。

■■カルタづくりのポイント
カルタづくりのポイントは下記の3点となります。
【インタビュー】
まず学生は、大学の先輩、年上の兄弟、バイト先の社会人など、大学生活経
験者へのインタビューを実施します。そして、大学生活の中で成長のキッカ
ケとなった経験を聞き出し、その経験に対し喜怒哀楽のうちどの感情を抱い
たかをインタビューします。45枚のカルタを完成するには、一人あたり平均
8つの経験をインタビューで聴き出してくる必要があります。8人から1つず
つ経験を聴きだしても、反対に一人から8つの経験を聴き出しても良しとし
ています。

【オノマトペ】
作成するカルタの字札はオノマトペで開始することがルールとなっています。
オノマトペとは、「ゴリゴリ」とか「ピカピカ」といった擬音語、擬態語な
どのことです。普通の言葉でカルタを作成すると、語彙の豊富さで作成の効
率が変わってしまいます。オノマトペの場合、あまり語彙力に左右されずに
作成でき、また経験の持つ意味をより深く考えるきっかけとなるためこの
ルールを設定しています。
例えば、
「大学1年の最初の時はすごくタイピングが遅かったけど、練習して、今は
最初と比べて速くなった。」という体験を聞き出したとします。それに対し
「カタカタ」というオノマトペをつけ、「カタカタ パソコンで 日に日に
上達 タイピング」といった具合に字札の文章を考えていきます。

【分類】
各カルタのエピソードを「ヒアリング相手の属性(学校の先輩、バイトの先
輩等)」「喜怒哀楽のどれに該当する経験か」「体験場面(授業、授業以外
の大学、バイト等学校外、家庭、その他)」によって分類させました。これ
らの情報をもとに、大学生はどんないつどんな体験から成長するのかを量的
に分析し、グループレポートや発表に反映させました。

■■テーマとしてカルタづくりを選んだ理由
このようなカルタづくりをチーム学習のテーマとして選んだ理由は3つあり
ます。第一の理由は、インターネットという便利なツールに頼るのでなく、
自分の足で情報を収集して欲しかったからです。少し検索すればネットのど
こかに解答らしき情報がでている学習テーマの場合、インターネットからの
引用だけでレポートを作成し、発表が終わってしまうケースをこれまで何度
も経験し、苦い思いをしてきました。そこで、ネットに解答のない課題とす
れば、目と耳で情報を収集せざるを得なくなるだろうと考え、このテーマを
選びました。

第二の理由は、「経験を通じて学ぶ」という概念を、文字通り"経験を通じ
て"学生に気づいて欲しかったからです。「先輩達は大学生活で様々なこと
を経験し、それをキッカケに成長している」という気づきから、彼らが今後
の大学生活で様々なことに積極的に参画してくれるようになってくれればと
考えています。

そして、第三の理由は、グループ全員で何かを最後まで創り上げる経験をし
て欲しかったからです。45枚のカルタを作成するのは、かなり骨の折れる仕
事です。決して一人では完成できません。絵が得意な学生、Excelでカルタ
の分類を集計するのが上手な学生、発表用のパワポを作るのが上手い学生、
先輩に聞き出すのが上手な学生など、学生によって「強み」は違います。そ
れらの「強み」を持ち寄り、協力することで「カルタ」という具体的な「ブ
ツ」を完成させ、達成感を感じて欲しかったのです。

■■実際の授業
「大学生活版喜怒哀楽カルタづくり」のワークショップは第5週から第14週
までの10回で実施しました。

初回の第5週では、今回の課題の概要を説明し、「オノマトペ」についての
理解促進を図るため簡単なワークを実施しました。

6週~7週は、授業時間以外でのインタビューによる情報収集と、オノマトペ
+字札づくりを実施しました。字札については特に指定はしなかったものの、
あえて5・7・5にこだわって川柳風に字札を作成するチームもありました。

8週~10週は、字札づくり、絵札づくり、レポート作成、発表準備等、同時
にいくつものタスクを推進します。あるチームでは「レポート作成、発表準
備」といった一人では決められない事項はグループの集まる授業時間に検討
し、その他字札や絵札の作成はバラバラにできるため、各自持ち帰って作る
いう方法でワークを進めていました。

1回目の発表は11週目に実施しました。発表は1チーム10分。基本的には全
員に発言する機会が回るようにプレゼンの構成を考えて貰いました。各チー
ムの発表はビデオ録画し、翌週の振り返りの中で活用しました。また発表の
後は「カルタ閲覧会」を実施し、他チームの作成した絵札と字札について評
価しました。

年始の第12週には新年カルタ大会を実施しました。また自分達の発表ビデオ
の閲覧や、クラスのメンバーからのコメントシートをもとに、発表の改善点
を確認しました。そして13週目に発表内容の修正をし、最後の14週に再度発
表を実施しました。

■■今後の改善点&まとめ
コガが担当しているチーム学習ゼミのクラスでは、昨年まで「産能大人生
ゲーム」というボードゲームを作成するというテーマで実施していました。

参考:vol.286:そろそろ授業の話しをしましょう「チーム学習ゼミ」

先輩にインタビューするというところまでは一緒ですが、完成物が異なりま
す。今回「かるた」にして良かったのは、作業の分割と協力のあり方が比較
的自由にできた点にあります。人生ゲームの場合、どうしても特定の学生に
負荷が集中してしまうのですが、カルタの場合、比較的負荷を分散させるの
がやりやすかったようです。

また、発表を1回で終わらせず、最初の発表を振り返り、2度目の発表の機会
を設けたことは大変有効でした。発表はやりっぱなしにせず、必ず振り返り
を実施することと、修正して再度実施することが大事だなと感じた次第です。

残念ながら、学生からの授業評価の結果は少しだけ下がりました。これは授
業外のワークの負荷が高すぎたのが要因の一つと考えています。しかし、14
週の授業終了後に学生に書かせた振り返りレポートでは、以下のような前向
きな意見が多かったです。

「始めはすごく楽しそうだなと感じていました。しかし実際はそんなに簡単
なものではなく、チーム全員が協力しないとやり遂げられなかったものだっ
たと思います」

「インタビューを通しいろいろな先輩の成長体験を聞かせてもらいました。
いろいろな場面での成長があり、私はいつどこで成長が訪れるのかわからな
いと感じました。これから私もいつどこで成長するかわからないし、突然成
長できるチャンスが訪れる可能性もあるので、自分が成長するためにチャン
スを逃さぬよう積極的にいかなければいけないと感じました」

「やり終えたものを放置せず今回のように「発表→振り返り→再度発表」と
いう行為を繰り返していくことで、自然とSTSS(Sanno Teamwork Skill
Standard)のどの能力も身についていくのではないでしょうか」

初めてのテーマであったため、時間配分があまりうまくいかず、最後の方は
押せ押せになってしまった点が大きな反省点です。今年もう一度チャレンジ
して、ワークとしての完成度を高めていきたいと思った次第です。

vol.397:たまには授業についの報告『初年次ゼミ大改訂』の巻

2011年02月24日 | 授業のおはなし
■初年次ゼミとは
最近、各大学で初年次教育の重要性が叫ばれるようになっています。初年次
教育学
によると、
その理由は
「高等教育のユニバーサル化の進行に伴い、多様な学生が高等教育に進学す
るようになる一方で、卒業時の質保証が求められるようになり、入学した学
生を大学教育に適応させ、中退などの挫折を防ぎ、成功に水路づける上で初
年次教育が効果的であるという期待や評価が高まっているから」
ということです。

本学もまったく同じ課題の渦中におりまして、その解決策の一つが初年次教
育の拡充でした。中でもゼミは最も注力している科目の一つです。そこで今
回は、2010年に大幅に改訂した「チーム学習ゼミ」についてお伝えしたいと
思います。

■そもそもゼミとは何でしょう
さて、本題に入る前に大学のゼミとは一体何かについて整理しておきたいと
思います。多くの人は大学のゼミという言葉から

・少人数で実施される
・教員の講義は少なく、学生の発表や討議等が主体となる
・担当教員の専門(研究)テーマに関連した研究活動が行われる
・勉強だけでなく学生間の結びつきを深める場である

といった特徴を連想すると思われます。
ゼミの起源は19世紀のドイツのベルリン大学とされています。この大学の基
本構想を作成したフンボルトは、「大学では、学問をつねに未だに解決され
ていない問題として扱い、絶えず研究されつつあるものとして扱う」と考え
ていました。その解決のために、先生と学生が一緒になって真理を追究する
場としてゼミが登場したとされています。

しかし、ゼミを「専門分野の真理を追究する場」と捉えると、初年次ゼミは、
理解しがたいものになってしまいます。1年次に配当される「初年次ゼミ」
や「基礎ゼミ」は

・人数は20~30人ぐらい(小中学校のクラスよりやや小さめ)
・文献講読やレポート作成などアカデミックスキルの基本を修得する
・大学生としての心構えを涵養する
・大学生活を一緒に過ごす仲間と出会い、関係を深める

といった特徴があります。同じゼミでも大分内容が異なるのです。

■本学での初年次ゼミの取組
産能では、この初年次ゼミを1年生の前期・後期に分けて必修で実施してい
ます。前期のゼミは主に「個」のアカデミックスキルの修得を中心とした
「学び方修得ゼミ」です。この科目では「情報を収集し、それを考察、文章
にまとめ、発表する」といったin-put → through-put → out-putのプロセ
スを繰り返すことでアカデミックスキルを修得します。一方、後期は「チー
ム学習ゼミ」といって、チームでのテーマ検討を通じてグループ活動の基本
を学ぶ科目を実施しています。

昨年までの「チーム学習ゼミ」では、各クラス(あるいは各チーム毎)で設
定するテーマについて6人前後のグループで検討し、レポートにまとめ、発
表するといったプロセスを1セメスターの中で2回テーマを変えて実施して
いました。また、授業時間外での学生間のグループ活動の利便性を向上させ、
その活動を教員側で把握するため、GWEと呼ばれている独自開発のグループ
ウェアを活用していました。具体的な「チーム学習ゼミ」の活動につきまし
ては、一昨年に本メルマガで紹介しておりますので、下記を参照願います。

vol.286:そろそろ授業の話しをしましょう---その1「チーム学習ゼミ」

■今までの課題と改訂のポイント
しかし、この科目にはいくつかの問題点がありました。まずは、グループ活
動の基本という点において「このゼミで最低限修得すべき事」が具体的でな
かった事があります。また2つのテーマを取り上げることにより、発表後の
成果に対しての振り返りが不十分であったことも課題となっていました。

そうした課題を解決するため、今回の以下の改訂を実施しました。

・改訂1「Sanno Teamwork Skill Standard」の設定
このゼミで最低限修得すべき事はなにかを各クラス共通で認識するため、
「Sanno Teamwork Skill Standard(略称STSS)」を制定しました。具体的
には

・対話する力 Dialogue Skill
・チームで考える力 Group thinking Skill
・発表する力 Presentation Skill
・活動を振り返る力 Reflection Skill

の4つについて、できるだけ行動レベルで学習目標を示しました。例えば、
対話する力では「チームメンバーの名前をきちんと覚えて呼び合っている
か」「話す時に相手を見て話しているか、向き合って討議しているか」とい
った行動目標を設定しました。

・改訂2「3ステージ構成」
検討テーマを1つに減らし、その代わり科目全体を3ステージ構成に変更しま
した。まず第1ステージでは「Sanno Teamwork Skill Standard」のうち「対
話する力」と「チームで考える力」の2つに関して学ぶ授業内容を開発し、
これを全クラスで実践しています。講義は極力避け、グループ単位での実習
を「これでもか」というぐらい盛り込んでいます。これらの実習を通じてス
キルの修得に加え、仲間と協働で活動できる素地を作ります。続く第2ス
テージではグループ毎でテーマ検討を行います。テーマを2つから1つ減ら
しましたが、検討する週は多くしていません。多くしても間延びしてしまい
集中したグループ活動にならないからです。その代わりに多く時間を取った
のがステージ3の「2回の発表と振り返り」です。

・改訂3「2回の発表と振り返り」
今回の改訂では検討結果の発表をやりっぱなしにしないため、発表の機会を
2度設定しています。一度目の発表の後、他チームのメンバーからのフィー
ドバックコメントや発表模様を収録したビデオを閲覧することで、自分達の
発表内容や発表方法を振り返り、改善を加える時間を十分に取り、2回目の
発表をさせました。

■結果
先日、本科目を担当する教員が集まり、振り返りのミーティングを実施した
のですが、改訂内容については概ね良好な結果が得られたということでした。
特にステージ1を加えたことで、ステージ2の活動が活性化したという声を
何人かの先生からうかがいました。コガ個人としても、ステージ2の活動に
チーム間でのクオリティのばらつきが少なくなった印象を受けました。また
例年ですと。最後までチームに全く溶け込めない学生がクラスで1~2名現
れるのですが、今年は全員が恥ずかしがらずにグループディスカッションが
参加できるようになっており、ステージ1の成果を実感しました。

ちなみに第2ステージのテーマは、従来通り各先生におまかせするスタイル
を継続しました。学校の募集パンフレットづくりだったり、学生にテーマ自
体を考えさせたり、前述の「産能大版人生ゲーム」を実施するクラスもあり
ました。コガのクラスでは、「大学生活版喜怒哀楽カルタ」を各チームに作
らせました。これは日本教育工学会のワークショップで知った「KARUTA wor
kshop(下記参照)」を大学授業版にアレンジしたものです。

vol.381:日本教育工学会第26回全国大会「かるたづくりでリフレクション」

たまには自画自賛させていただくと、このテーマ設定は大成功でした。兵庫
教育大学の手塚先生、神戸芸術工科大学の曽和先生、SODAdesign research
大西さま、教育工学会のワークショップのお陰で非常に面白い授業を実践す
ることができました。この場をお借りしまして御礼申しあげます。

なお、「大学生活版喜怒哀楽カルタ」の実践につきましては、また別の機会
に紹介したいと思います。

■まとめ
今年改訂したばかりのため、まだまだ修正しなくてはならない箇所が沢山あ
ります。コガ自身一番気になっているのはSTSSの目標設定の部分です。もっ
と具体的な行動目標にしていきたいですし、達成度を判断する指標を作り、
ルーブリック化していくのも面白いのではないかと考えています。

vol.385:行政刷新会議「事業仕分け」で「大学生の就業力育成支援事業」が廃止に!

2010年11月23日 | 授業のおはなし
久しぶりに真面目な内容のメルマガを書くと予期せぬ出来事が起こるもので
す。前述のコラムの初稿を書いたのは水曜日だったのですが、翌日の木曜日
(11月18日)行政刷新会議の「事業仕分け」で「大学生の就業力育成支援事
業」に対し廃止の判定が下されてしまったのです。

まさか自分の関係している仕事に「事業仕分け」が影響するとは考えてもい
なかったのですが、いざ仕分けられると複雑な思いです。事業仕分けの対象
はスーパー堤防のように、継続事業での無駄遣いを暴き出すというものだと
認識していたのですが、まだ始まってもいない新規事業も対象となるとはち
ょっとビックリです。

驚いたついでに、今回の決定に対して個人的な疑問(半分愚痴かも)を述べ
させていただきたいと思います。
ちなみに今回の決定については「事業仕分け第3弾 A26大学関係事業(そ
の3)」の論点シートおよび評価結果のPDFファイルをご覧下さい。
http://www.shiwake.go.jp/details/2010-11-18.html

◆民主党内での政策の方向性に対するコンセンサスはどうなっているのか?
まず第一の疑問は、今回の事業は民主党が本年6月18日に閣議決定された新
成長戦略の中で述べられた「大学の就業力向上プラン」の一環として位置づ
けられている筈なのに、なぜ4ヵ月後に同じ民主党の人がNGを出すのかとい
う点です?
文部科学省サイト「『大学の就業力向上プラン』について

さらに言うならば、当初130校の採択校数だったものが突然180校までに増や
されたり、10月の下旬に文部科学省から採択された大学に対し、

> 大学生の就業力育成支援事業は、昨今の厳しい雇用情勢を踏まえ、
> 経済対策(9月10日閣議決定)において、
> 「新卒者雇用に関する緊急対策」としてあげられていることから、
> 選定校は可能な限り早期に選定プログラムを実施し、
> 学生の社会的・職業的自立に取組んでいただく必要がございます。


という理由から、「次年度以降に整備予定のものについても可能な限り今年
度に前倒しで整備・実施」して欲しいという依頼があったばかりです。

これだけ持ち上げておきながらいきなり廃止と言われても現場は混乱するだ
けです。しかも夏前に閣議決定し、まだ始まってもいない事業を5ヵ月後に
廃止すると宣言すること自体、民主党内での歩調の乱れを感じます。

歩調の乱れついでに言わせて貰えば、この事業仕分けが行われた翌日の参院
予算委員会において、菅直人首相は大学新卒者の就職難について「最も力を
入れないといけないことの一つだ」と改善に全力を挙げる考えを示していま
す。また事業の廃止決定後、高木義明文部科学相(民主党議員です)は「驚
いている。新卒者の就職は大きな社会問題になっており、官邸とも協議して
むしろ充実を進めたい」と話しています。下記はその会見の映像です。

木義明文部科学大臣記者会見(平成22年11月19日):文部科学省


現場の我々はいったい民主党政権の何を信じればよいのでしょうか?

◆高等教育に対する公財政支出のあり方をどうしたいのか?
第二の疑問は「カリキュラムの改革なのだから、これは各大学の自助努力で
経常経費の中で賄うべきだ」という意見についてです。一見すると妥当な意
見に思えますが、ここには大学への公財政支出のあり方に関わる重大な転換
が含まれています。

例えば国立大学で見てみましょう。国立大学の場合、毎年1兆円を超える運
営費交付金が国から支給されており、その額は総収入の約半分を占めていま
す。各国立大学への配分は学生数等によって機械的に決まります。そしてそ
の使い道は、大学の自主性・自律性の向上や教育研究の活性化を図ることな
どを目的に、各大学の裁量に委ねられています。裁量といえば聞こえは良い
のですが、悪く言えばドンブリ勘定で国からお金を渡しているとも言えます。

この運営費交付金は毎年1%ずつ削減されており、その削減率は「もっと高
くしろ」という圧力が年々高まっています。こうした経常経費での支給を少
なくする代わりに、国立大学に対しては「特別教育研究費」が、公立私立も
含めた全大学に対してはいわゆるGP(Good Practice)と呼ばれる競争的
資金の制度が設けられています。

つまり「現状維持は経常経費で、現状改革は競争的資金を充当」という棲み
分けによりドンブリ勘定から脱却し、より効果的・効率的に高等教育の予算
を活用し、国家としての方向性やビジョンに沿った高等教育運営を推進を目
指しているのです。これが昨今の高等教育行政の基本的なトレンドだったの
ですが、今回の「経常経費で」という議論は、そういった流れを真っ向から
否定するものと言わざるを得ません。加えて、今回の事業廃止した分の予算
を高等教育予算(国立大学の運営交付金や私学助成金)に増額するというこ
とはおそらくないと思うので、事実上経常経費の減額とも考える事ができま
す。

日本はOECD各国の中で国内総生産(GDP)に対する高等教育への公財政支出
の割合は韓国とならび最低の国です。そうした窮状に対して「高等教育をす
べての人たちが受けられるよう抜本的な取り組みを始めていきたいとの強い
決意と意思を持っています」と訴えたのが民主党です。マニュフェストでは
より踏み込んで「高等教育(高校でなく)の無償化」まで宣言しています。

「民主党 教育のススメ「日本国教育基本法案」解説書」民主党JAPANマニフェストより


今回の事業仕分けは、果たして同じマニフェストを書いた政党のやることな
のでしょうか?

◆既存の教員だけでキャリア教育の開発や実施ができると思っているのか?
第三の疑問は、論点シートにある「カリキュラム開発の経費の内訳は、教員
等の人件費が大きいが、新たに人の手当てを講ずるのではなく、当該大学の
既存の教員等がこれまでの知見や成果を検証しつつ、発展的なカリキュラム
を作成すべきではないか」という意見です。

そもそも大学の教員というのは、一般に研究者としてのキャリアを積んで大
学の教員になります。彼らは研究している学問の専門知識やそれを考察する
論理的思考に長けてはいるものの、一般企業で働くことを前提としたキャリ
ア教育に関しては全くの素人です。残念ながら、キャリアや就業力という分
野において「当該大学の既存の教員等がこれまでの知見や成果」を前提にカ
リキュラム改革ができるとは到底考えられません。ロシア文学の先生や応用
物理学の先生が、いきなり学生のキャリアプランの指導ができる訳がないの
は誰だって分かるはずです。

しかし時代の要請から大学における「キャリア教育」の推進は待ったなしの
状況にあります。折しも2011年度から大学設置基準が改定され、「職業指導
(キャリアガイダンス)を適切に大学の教育活動に位置づける」ことが義務
化されることになりました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1288248.htm

多少宣伝っぽくなりますが、授業を行う教員の81%がコンサルタントおよび
実務家教員という産能大とは異なり、多くの大学では「キャリア教育」を検
討・推進する担い手が圧倒的に不足しています。そのためには新たな人の手
当てを講ずる必要があり、それにはお金がかかります。今回の仕分人達はそ
うした大学の現状を把握しておられるのかどうか疑問です。

◆吐くような苦しみの中、4年生達は今も闘っています
コガの担当している4年生にもまだ就職が決まらず、それでもがんばって就
職活動を続けている学生が沢山います。何十もの会社を受け、そして落とさ
れということを1年近くがんばって続けています。普通の年ならとっくに決
定しているような学生でも、中々決まらず苦しんでいます。

これはある4年生の親から聞いた話です。何十社目かの不採用の通知が来た
時、その学生はショックでトイレに籠もってしまったそうです。親はトイレ
の中で泣いていると思っていたら、あまりに心が苦しくなって胃の中のもの
を吐いていたそうです。

自分のことを必要な会社はないのでは?
自分は駄目人間なんじゃないか?

そう思うと生きているのが辛くなって、
嗚咽がとまらなくなり、胃の中のものを吐きだしてしまったのだそうです。

以上、かなり愚痴っぽくなってしまいましたが、メルマガ読者の皆さんは今
回の事業仕分けの結果について、どうお考えになりましたでしょうか?
ぜひご意見をお待ちしております。

vol.385:文部科学省 平成22年度「大学生の就業力育成支援事業」に採択されました

2010年11月23日 | 授業のおはなし
さて今回はちょっと真面目なお話しです。

文部科学省が平成22年度より実施する「大学生の就業力育成支援事業」に、
産業能率大学が申請した「四年一貫で真の就業力を育成する教育課程」が採
択されました。

「大学生の就業力育成支援事業」とは、各大学・短期大学における学生の卒
業後の社会的・職業的自立に向けた新たな取組を国として支援するものです。
現在の厳しい雇用情勢において、新卒学生の就職率の向上、学生の資質能力
に対する社会からの要請や、学生の多様化に伴う卒業後の職業生活等への移
行支援の必要性が高まっていることが本事業の背景にあります。

折しも文部科学省と厚生労働省の調査で、10月1日時点での大学生の就職内
定率(就職希望者に締める内定者の割合)が1996年度以降で最悪の57.6%に
留まっていることが判明したという報道がありました(日経新聞11月16日)。
就業力の向上は待ったなしの課題と言えるでしょう。

本事業の期間は平成22年から26年と5年間の長丁場です。この期間をかけて
本学では何を実施しようとしているのかを今回はお伝えします。

◆申請まで
産業能率大学は「就職に強い大学」ということで、1年次から3年次までのキ
ャリア教育、2~3年の夏休みに行うインターンシップ、キャリア支援セン
ターを中心に実施している個別の就活支援、実務家を招聘しての実践的な授
業等、一般に考えられている就業力支援の施策は既に実施しておりました。
そのような状況から新たに取り組む事項が見あたらなかったため、当初本事
業には申請しないつもりでおりました。
しかし厳しい就業環境の中、今まで見逃されていた事項が一つだけあり、そ
の解のため申請しました。それが今回の事業で中心的に取り組む予定の「卒
年次キャリア教育」です。

◆空白の10ヵ月がもたらすもの
現在、就職活動は3年生の秋から始まります。そして早い学生ですと4年の
ゴールデンウィーク頃に内定が出ます。一方で遅い学生は4年の終盤になっ
ても就職活動を続けています。そうした状況が3~4年での大学での学び、特
に専門教育に対し大きな支障をもたらしています。特に問題なのが早めに内
定の決まった学生です。4年の5~6月に就職内定を決めた後、残りの10ヵ月
間の大学生活の目標を見失ってしまい、卒業まで漫然とした日々を過ごして
しまう学生が少なくないのです。例えば、各学年の一人あたり平均取得単位
数を見ても、4年生は1,2年生の半分以下しか取得していません。

「4年次は卒業論文の制作を頑張るから良いではないか」と思われるかも知
れませんが、本学では卒論は任意であり、卒業論文に取り組まない学生は最
終年次に6単位分科目を修得すれば卒業できる仕組みとなっています。ちな
みに2009年度に卒業した4年生のうち卒業論文を提出したものは約4割となっ
ています。詳しく調べていないので分かりませんが、おそらく入試偏差値40
~50の私立の社会科学系の大学では、このような状況が一般的なのではない
かと推察しています。

こうした内定取得後の学習意欲の低下の影響は深刻です。前述のとおり本学
では1年から3年までの様々な支援により、学生のキャリア観の醸成および就
業力の向上を行っており、それらは就職活動を体験することでさらにブラッ
シュアップされます。しかし、いざ内定が決まってしまうと、この「空白の
10ヵ月間」でそうした意欲やスキルが一気に低下してしまい、中には目標を
見失ってしまったことからメンタルな面で深刻な状況に陥る学生もいるので
す。

◆卒業論文に代わる新たな卒年次教育の必要性
では「卒業論文指導」を強化すればそれで良いのでしょうか。卒業論文はそ
の制作プロセスを通じて、論理的な考察力、文章の能力、問いを見つけ自ら
研究する能力等が修得され、それらは社会に出た時も役に立つと考えられて
います。
しかし、東京大学経営・政策研究センターの「大学教育に関する職業人調査
-第1次報告書」(2010)によると、大学時代の勉強や生活について10の項目
を掲げ、それぞれが現在の仕事や生活にどの程度重要であるかを大卒社員に
尋ねたところ、卒業論文・卒業研究を「とても重要」と回答した人の比率は
12%であり、10項目の中で最低だったのです。大学人達は良かれと思い、何
の疑問も持たずに「4年生=卒論」と考えてきましたが、学生はそう認識し
ていないのです。
特に本学のように研究者養成でなく、普通の会社できちんと働けるビジネス
パーソンを育てる教育中心の大学、決して偏差値的には高くない大学におい
ては、従来の「卒業論文・卒業研究」を中核に据えた卒年次教育を再考し、
ユニバーサル時代の卒年次教育のあり方を検討すべきと考えています。

◆卒年次キャリア教育とは
現在、新たな卒年次教育のあり方として「卒年次キャリア教育」のコンセプ
トを検討し、その中身を検討しております。コガの個人的な意見としては
「学士課程教育以上内定者教育未満」のコンセプトで様々なメニューをカフ
ェテリアプランのように用意していければ考えています。
まず、内定が決まった学生とそうでない学生、本人の能力上の強み弱み等の
要件を勘案し、アカデミックアドバイザー(教員)と学生が相談しながら、
一人一人にあった履修パターンを作成します。
プログラムに加えるメニューは、企業の採用人材開発担当者を交えたプロジ
ェクトで検討し、本学社会人教育部門の企業内教育の研修開発セクションと
共同で開発する予定です。メニューの実施については、外部の実務家を招聘
することで、単に知識やスキルの修得に留まらず、この期間に学生がビジネ
スの現場の雰囲気や考え方に慣れることを目指したいと考えています。同時
に、4年生のアカデミックアドバイザーを担当する教員に対して、キャリア
教育に資する研修参加や勉強会を開催し、実施体制の強化を図っていく予定
です。

◆今後に向けて
今期は基本デザインの設計を行い、2011年度の上期にプログラムの開発、早
ければ2012年の下期にパイロットセミナーの実施を予定しております。学内
の様々な部署との連携だけでなく、学外の方々も巻き込んで、産能から新た
な卒年次教育のモデルが発信できればと考えております。そして今後本メル
マガの中でも皆様に進捗をお伝えしていきたいと思います。

vol.368:大学キャリア教育の分類項目

2010年07月12日 | 授業のおはなし
■そもそものきっかけ「なかなかピンと来ない」
現在産業能率大学でキャリア教育の担当をしているコガは、その改善のためと称して様々な研究会や学会に参加し、他大学でのキャリア教育の実践事例に関する情報を収集しています。そんな中、キャリア教育に関する事例発表は他のテーマの教育と比較し、内容をきちんと把握できるまで時間がかかるのに気がつきました。話の内容は理解できるのですが、ピンとくるまでの時間が長いのです。

その原因は、大学のキャリア教育は他の科目に比べ実施内容や対象等が「多様」なためではないかと考えています。例えば産業能率大学での1~2年を対象としたキャリア教育は、正課の授業で、かつ学部の必須科目として実施しています。仮にそうした前提条件を明確しないまま実施内容だけを紹介すると、正課外でキャリア教育を実施している大学や、正課内でも選択科目として実施している大学の関係者にとっては、キャリア教育の前提がずれているのでその内容にピンとこないはずです。

こうした認識のズレを小さくするためには、発表の冒頭に各大学のキャリア教育の前提条件を共通の枠組で明確にすることが有効と考えます。この「共通の枠組による前提条件の明確化」を効率的・簡便に実施するため、大学キャリア教育の「分類項目」というものを考えてみました。

■大学キャリア教育5つの分類項目
今回考えた大学キャリア教育の「分類項目」はやや強引ですが、5W1Hに基づき、下記の5つの項目を設定しました。

【1.Who=授業の実際の担当者】
他のテーマの教育と比較し、キャリア教育ではその授業の実施者が多様です。法政大学大学院キャリアデザイン学専攻調査委員会の『大学におけるキャリア支援・キャリア教育に関する調査報告書』(2006)によると、その選択肢は、

・専任教員みずから実施
・専任教員がコーディネーターとなり外部講師を活用
・非常勤講師みずから実施
・非常勤講師がコーディネーターとなり外部講師を活用
・担当部局が直接外部講師に依頼
・担当部局が業者に委託し、業者が講師を選定
・職員がみずから実施

と多岐に渡ります。
なお非常勤講師と外部講師の違いは、
非常勤講師=別の大学で専任教員の先生
外部講師=キャリアコンサルタント等普段大学教員以外の仕事に就く人
と区別されるのものとコガは考えています。

【2.When==授業実施年次】
どの学年を対象にキャリア教育を実施しているのかで分類します。大学によっては特定の年次の学生を対象としてキャリア教育を実施するのでなく、複数年次の学生が受講可能とするケースもありますし、各年次で異なる内容のキャリア教育を段階的に実施している大学も存在します。それらを明確にすることが認識のズレを軽減する上で必要と考えます。

【3.Where=授業提供の場】
やや苦しい当てはめとなっておりますが、Whereはキャリア教育の提供が正課のカリキュラム内なのか、それとも正課外のプログラムなのか、さらに正課の場合は必須科目なのか選択科目なのかという分類を考えました。学生のモチベーションは、正課必須→正課選択→正課外という順番で高くなっていくため、それぞれの提供の場ごとに動機付けの方法が異なってくると考えます。

【4.Why=授業目的】
「キャリア教育-小道具と本筋」(『IDE現代の高等教育No.521大学とキャリア教育(2010/6)』)の中で、金子元久先生は大学キャリア教育の方向性として「マッチング主義」「構え主義」「能力主義」の3つを挙げています。この方向性に基づき、キャリア教育の授業の目的を3つに分けてみました。

「マッチング主義」とは、「学生と職業のマッチングをスムーズにするために、一方で学生自身の適性を診断するとともに、他方でどのような職業があり、またどのような内容をもっているかについて情報を提供することをねらう」というキャリア教育の方向です。ここでは己を知り、相手(会社)を知るための『知識』を習得することがキャリア教育の目的となります。

次の「構え主義」とは、「学生に職業に対する意欲や興味、言いかえれば『構え』を育成すること」です。つまり、就業感や職業観の醸成といった意識面の涵養がここでの目的となります。

そして、最後の「能力主義」とは、「職業に具体的に役立つ知識を習得させる」ことです。古くから大学が行ってきた、医師や弁護士などプロフェッショナルの養成に加え、最近では職業関連の資格取得、あるいは社会人基礎力等の「コミュニケーション能力や論理的思考能力などの基本的な能力」を大学の中で育成する機会が増えており、これらが「能力主義」に含まれます。
さらには、就職活動に役立つ知識やスキルの修得といった目的も、広い意味でこの「能力主義」の範疇に入るとコガは考えております。

これら3つの方向性(目的)のうち、どれか一つを狙ってキャリアの科目を実践する場合もありますし、複数のねらいを単一のキャリアの科目の中にもたせる場合もあります。

【5.How many=クラス規模】
1クラスあたりの学生数は、大学のキャリア教育を理解する上で重要なファクターとなります。何百人もいるような大教室での授業と、数十人の少人数クラスでは、自ずと授業の運営方法や授業形態が異なってくるからです。

また、キャリア教育が学部の必須科目になっている場合、多くの大学では複数のクラスを並行して運営することになります。その際、クラス数やそこに関わる教員数の設定は、運営上大きな課題となります。例えば少人数クラスで実施すると、当然クラス数が多くなります。その場合、一人の先生が複数のクラスを担当するか、それとも複数の先生で分担して担当するかという選択に迫られます。前者の場合特定の教員に多大な負荷がかかることになりますし、一方後者の場合、内容の共通性や質の保証をどう担保するのかという課題を抱えることになります。

■具体的な表示例
以上のような5つの前提を明らかにした上で、授業内容(What)や授業方法(How)の説明をすれば、より「ピンとくる」キャリア教育の実践事例発表になるのではと考えております。ちなみに産業能率大学で実施している「キャリアを考える」というキャリア科目を、この分類項目で表示すると下記のようになります。

【1.Who=授業の実際の担当者】
基本は専任教員みずから実施しているが、15回の授業のうち3~4回は専任教員がコーディネーターとなり外部講師を活用している。
【2.When=授業実施年次】
大学1年生後学期に実施。ちなにみ、大学2年の前学期、後学期にも継続してキャリア教育を実施している。
【3.Where=授業提供の場】
正課の授業で、必須科目として実施している。
【4.Why=授業目的】
就業に対する「構え」の育成が主たる授業目的であるが、書く力を中心とした基礎能力の養成、会社についての基本的な知識の修得も一部教えている。
【5.How many=クラス規模】
1クラス100名弱の比較的大人数のクラスを4クラス同時間帯並行で実施。専任教員4人で担当している。

さて、こうした分類項目というのは、他の教育テーマでも意外と整理されていないのが実情ではないでしょうか?キャリア教育以外の大学教育、あるいは企業内教育においても、こうした分類が整理されると、互いの教育実践内容を共有化するのにも役立ちますし、自己の実践を客観的な視点から再確認するのにも役立つのではないかと思った次第です。

今回お示ししました分類はあくまでもコガの試案です。こんな風に変えた方がよい、あるいは別の分野で分類項目を考えてみたというご意見等ございましたら、本メール宛に返信いただければ幸いです。

vol.361:大山ミシュランプロジェクト World Cafeを実施しました

2010年05月24日 | 授業のおはなし
以前「vol.330: 大山ミシュランプロジェクト」でお伝えした、観光地としての大山の活性化に向けたゼミでの取り組みですが、今年度はさらに本格化してきました。

今年の3年生ゼミはOMP(大山ミシュランプロジェクト)を全面的にPRして応募したところ、物好きな三年生が16人集まってくれました。4月中のゼミではマーケティングや観光の基本的な知識の復習を行い、いよいよ連休明けから地元の方々と一緒に「大山」の明日を考えるゼミの取り組みが開始しました。

大学のゼミや研究室はその性格上、学生と教員だけの「閉じた」世界になってしまいがちです。コガとしては、ゼミをそうした閉鎖性の強い場にすることがどうしても嫌でした。そこで地域のオトナの人もゼミに巻き込んでしまえ!と開始したのが大山ミシュランプロジェクトです。

今回ゼミの活動をお手伝いいただいているのは、大山で20年以上前から活動を続けている「大山観光青年専業者研究会」(青専研)というまちづくりのグループの皆さんです。この活動には私の大先輩である本学の教員が古くから関わっており、その方の紹介を受けて青専研の皆様にご協力をいただくことになりました。

青専研も当初のメンバーは40~50代となり、世代交代の時期にさしかかりつつあります。また長年に渡り様々な取り組みを推進してきたこともあり、最近はやや閉塞状態にあったようです。そこで今回ゼミに参画し、学生の若い発想に触れることで、新しい展開に繋がることを期待されています。

そして、ついに大山の皆さんと本学の学生が最初に出会う場を演出する日が訪れました。どのように実施するかを悩んだ結果「そうだWorld Cafeをやろう」と思いつき、Koga's Monday World Cafeを5月10日に開催しました。前置きが長くなりましたが、今回はその時の模様と今後の予定についてお伝えしたいと思います。

World Cafeとは
Human valueさんのサイトに書かれている定義によると、ワールド・カフェとは、「『知識や知恵は、機能的な会議室の中で生まれるのではなく、人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできるカフェのような空間でこそ創発される』という考え方に基づいた話し合いの手法です。」
とあります。

具体的には、数人のグループを教室内に作り、それぞれのグループのテーブル上に模造紙を置きます。そこで自由に対話しつつ模造紙にみんなが寄せ書きのようにメモを取っていきます。20~30分話し合ったら、グループの中で一人を残し、他のメンバーは他のグループのテーブルにバラバラに移動します。そこで各グループで話し合ってきたことをお互い紹介し、より対話の中身を深めていきます。そして最後に各テーブルでの話し合いの結果を全体で発表してもらうといったステップで進めていきます。

予想を上回る参加者数
今回古賀ゼミのメンバーは16人。大山の旅館や商店の経営者の方々、伊勢原市議会議員、伊勢原青年会議所メンバーが12名、と様々な人が多数集まり、ワールドな雰囲気になりました。ワールドカフェの模様については、本学のWebサイトに写真が掲載されておりますので下記Webサイトをご覧下さい。

なかなかいい風景ですよ。

アイスブレイクはレゴで!
今回のワールドカフェで一番悩んだのが、最初のアイスブレイクです。初対面の学生と社会人の混成グループでいきなり活発な対話が進むとは思えず、短時間でスパーンと打ち解けたムードをつくるアイスブレイクが必要でした。そこで、最近ワークショップのキラーコンテンツとして定着しつつある「レゴ」を活用してみました。

実施したワークは「レゴタワー」と「人間コピー」の2つ。前者は制限時間内にいかに高くレゴのタワーを組み立てるかを競うゲームなのですが、今回は「赤いブロックは使わない」というルールを入れてやや難易度を高くしました。後者は、教壇の裏側に5つのブロックで組み立てたレゴの形を置いておき、グループごとにそれを再現するというゲームです。ただしレゴを組み立てる人は教壇の裏に置いたレゴを見ることはできず、見に行ける人はレゴの組み立てには参加できないというルールになっています。

2つのワークとも相当盛り上がり、一気にグループ内の緊張がほぐれました。人はレゴを触ると不思議に嬉しくなるんですよね。企業内研修の中でももっとレゴを活用していくとオモシロイと思いますよ。

夜、エコ、女性客、パワースポット
レゴでの肩慣らしが終わった後、さっそく本題です。今回は「夜、エコ、女性客、パワースポット」という4つのキーワードを中心に「観光地としての大山の活性化」を検討してもらいました。また対話の中で、落ち着いて話せる秘密のグッズ「トーキングオブジェクト」を用いました。話をする時はトーキングオブジェクトを持っている人だけが話をし、他の人は聴きます。
話終わったら次の人にトーキングオブジェクトを渡します。トーキングオブジェクトを活用することで一斉に皆がしゃべってしまったり、誰かがしゃべりすぎてしまったり、また逆に誰も発言しなかったりといった事態を回避できます。ちなみに今回は「うまい棒」をトーキングオブジェクトとして用い、グループの中で一番対話に貢献したと思われる人にワールドカフェの後にプレゼントしました。

結果
短い時間だったのですが、沢山のおもしろいアイデアが沸き上がってきました。また心配だった沈黙状態も発生せず、終始和やかに対話が弾んでいました。後日大山の旅館や商店の経営者の方々に感想を聞いたところ「とても楽しかった」「久しぶりにアタマを使ったので終わった後はくたびれた」といった声をいただきました。学生とはワールドカフェの後に飲みに行ったのですが、初めての体験にやや興奮ぎみの模様でした。ちなみにコガの率直な感想としては授業3コマ分ぐらい疲れ果てました。

地域からの反響も高く、市役所の方から次回はぜひ参加させて欲しいといった声をいただいたり、地元のタウン誌でも取り上げられました。
http://www.townnews.co.jp/0405/2010/05/14/48708.html

今後の予定
次回の開催は6月21日。今回出たアイデアを元に、これから1ヶ月間学生が企画を具体化しプレゼンする予定です。その後プレゼンをもとにワールドカフェ方式でブラッシュアップしていきたいと考えております。もしこのメルマガを読んで興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、参加大歓迎です。ご連絡お待ちしております。

vol.330:大山ミシュランプロジェクト?

2009年11月30日 | 授業のおはなし
枯れ葉の舞い散る季節の到来と同時に、そろそろ本メルマガもネタ枯れしてまいりました。そこで今回は筆者の日常-つまり現在担当している授業-について久しぶりに紹介したいと思います。今回はワークプレイスラーニングのコメンテーターとしてもお馴染みの長岡先生と一緒に担当している「マーケティングの実践」という授業の内容についてお伝えします。長岡先生や筆者を知っている人は、「なんであなた達がマーケティングの授業なんて担当しているの?」と思われるかもしれませんが、まあそれの疑問は3Km先に置いてお付き合いください。

◆「マーケティングの実践」授業の概要
この科目は情報マネジメント学部の中でマーケティング企画コースに進む2年生の選択必修科目となっています。履修者は約80人おりまして、長岡先生と筆者で40人ずつ担当しております。この授業は14週の授業の間に2社のゲストにご登壇いただき、その企業の生のマーケティング課題を提示してもらいます。それを学生が6人1チームに分かれて検討し、後日コンペ方式でプレゼンし、優勝チームを決めるという内容となっています。授業の流れは

第1週---クライアントからの提案
第2週---クライアントの各チーム毎への巡回指導
第3週---企画内容の立案
第4週---企画書デザイン。プレゼン方法の検討
第5週---最終検討
第6週---クライアントに対してのプレゼン
第7週---活動・企画内容・企画デザインのリフレクション

となっており、これを2サイクル回します。今までこの授業にご協力いただいた企業は、小田原にある鈴廣かまぼこ様、表参道にあるパーツケアビジネスのリューヴィ様、そして先週より取り組んでいる大山先導師会旅館組合の2社1組合となっています。


◆大山ミシュランプロジェクト?
さて、今回取り組みにご協力いただいている大山先導師会旅館組合様ですが、我々の大学の裏にある大山の旅館組合さんです。今回の取り組みは「大山ミシュランプロジェクト」略してOMPと名付けて開始しました。

かつては関東きっての霊峰として名高かった大山ですが、近年観光客の高齢化や日帰り化が進み、やや停滞ぎみとなっております。そこでOMPは観光地としての大山の活性化を目指し、地元の皆さんと学生が一緒になって活動するプロジェクトを目指しております。

なぜミシュランなのか?と申しますと、それは下記の記事を発見したことに
端を発します。
高尾山が“ミシュラン”三つ星観光地に(八王子市)
高尾山は東京八王子の西に位置する山ですが、なんと今年「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で三つ星の観光地としての評価を獲得したのです。東京からの距離はそんなに変わらない高尾山が三つ星なのに、なぜ我々の大山は星一つすらないのか?大山もいつかはミシュランの星を取ろうという思いをこめて「大山ミシュランプロジェクト」と命名しました。


◆自転車通勤での発見

話は少し飛びますが、現在筆者は小田急線伊勢原駅から大学キャンパスまで
の約20分のバス通りを自転車で通っています。途中バス通りが細くなり自転車で走るとやや危険な区間があるので、そこは裏道を通るようにしています。
この裏道が中々風情がありまして、1mぐらいの小川沿いに畦道を舗装したような道が続いています。あまりにいい感じの道なので調べてみると、江戸時代「大山道」といわれている街道だったのです。

江戸時代、大山は庶民にとって一番の信仰の山であり、最も訪れたい観光地でした。各地から大山に向かう道が「大山道」と言われており、その一つが今の国道246号線です。筆者の見つけた風情のある道は昔からの名残を残す街道の姿でした。下記のBlog「C^ielblogo:biciklado kaj vojag^o」に写真が掲載されておりますので、雰囲気をお確かめください。
http://blog.livedoor.jp/malmondo/archives/51194186.html

そのような発見から、江戸の昔から由緒正しい観光地だった大山がミシュランに選ばれないのは悔しい。学生と一緒にその魅力を伝える方法を考え、観光地としての活性化ができたらいいなあという思いが芽生え、今回の授業につながりました。


◆学生の地元志向
筆者の独善でテーマを決めたかのように思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。本学の情報マネジメント学部の学生の大半は神奈川県の中・西部を中心とした地元出身者が占めています。地元から大学に進学した彼らにはあまり都会志向がありません。満員の小田急線に1時間半ゆられて都会の大学や会社には行きたくない。だから地元の大学を選択した。できれば地元の企業に就職し、近隣の友人との繋がりを大事にしていきたいという学生が多いのです。とするならば、地元をテーマにした課題であればきっと興味を持って取り組んでくれる筈と考えこのテーマでいくことにしました。


◆クライアントからの課題提示
先週大山先導師会旅館組合の組合長の内海様に講義をお願いし、大山観光の動向、大山の麓にある旅館の現状についてお話しいただきました。加えて名産の「大山とうふ」や「きゃらぶき」もご用意いただき、スーパーの豆腐と食べ比べる「利き豆腐」も行いました。学生たちは授業に食べ物が入ると盛り上がります。

そして、今回大山先導師会旅館組合の方に出していただいた「お題」は
「継続して宿泊してくれる若い世代の顧客層の開拓」です。
具体的には「週末大山に1泊2日の旅に出掛けるカッコイイ人のショートストーリー」を考えさせています。

条件としては
・主人公は男女不問
・ただし登場するカッコイイ人のプロフィールを呆れるぐらいに細かく、かつオモシロク検討することが条件
・旅行は一人旅、カップル、家族、会社の仲間、学校の同窓生等問わない
・ストーリー(ある週末)のディテールにこだわること!
・そのストーリーを聞いた後、「ああ大山に宿泊するのっていいなあ、僕(私)も行ってみようかなあ」と思わせることがポイント。
としています。

なお企画には
1)今回描いた「カッコイイ人」を演じる俳優
2)ストーリーのイメージにあった大山の宿坊のキャッチコピー
を盛り込むこととなっています。

「なんか、いい加減な課題だなあ」と思われる方がいらっしゃるかも知れませんが、これは「ペルソナ法」というマーケティング手法の一つを用いています。この分野の第一人者であるアラン・クーパー氏は

「幅広いユーザー層を満足させる製品をつくろうとしたら、理屈からいえば、機能をなるべく多くして、最大の人間に対応できるようにするべきだということになる。この理屈は間違っている。たった一人のためにデザインした方がずっと成功するのだ」
とペルソナ法の利点について語っています(『コンピュータはむずかしすぎて使えない!』アラン・クーパー、2000、 翔泳社、p.226)。

これだけの指示で学生にどれだけの企画案ができるか不安に思われるかもしれませんが、昨年鈴廣様の蒲鉾で同様の課題を提示した際は、そこそこ面白い企画ができていたので、まあ今年も大丈夫ではないかと期待しております。


◆今後の展開&地域社会と連携した学びの場づくり
コンペ(プレゼン)は年明け1月13日の授業となります。
まずは手始めに23日(明日)に任意ですが「大山紅葉ライトアップ」に学生を連れて行ってきます。


コンペの内容はともかく、まずは地域社会との接点を作っていきたいと考えています。昨今大学改革を「学生-職員-教員」という三者の関係性だけで語るケースが多いのですが、筆者は大学という小さい村社会の中で三者の調和が保てたとしても、「社会」という外部からその活動をみた時、その活動に疑問符がつくようであれば、まずいと考えます。特に産能大のように産学協同を大学の理念として掲げている場合、大学で行われている教育・研究が「社会(地域社会、企業社会 etc.)」に役立ってなんぼのものではないかと思うのです。ですから「学生-職員-教員」プラス「(地域)社会」を巻き込んで大学の活動は続けていきたいと思います。

また、この科目の延長として3年次のゼミでも「大山」を取り上げ、地元の皆さんと一緒に学び、大山の活性化とミシュランの星獲得を目指したいと考えています。OMPのこれからの活動経過については、いつか本メルマガにてご報告していきたいと思います。

vol.329:学習させる大学

2009年11月22日 | 授業のおはなし
このメルマガでも何度か取り上げている「IDE現代の高等教育」という雑誌の2009年11月号で「学習させる大学」というテーマの特集が組まれていました。

IDE現代の高等教育
http://ide-web.net/publication/index.html
収録されていた論考は下記の12編です。

・「学習させる」大学 金子 元久
・最近学生学習事情 岩見 和彦
・学習する学生たち 武内 清
・授業実践と学習行動 浦田 広朗
・学習行動と大学の個性 両角 亜希子
・「学習させる大学」における教員の役割 井下 理
・学習させる学習システム 坂本 辰朗
・学習させる授業と「2つの文化」の克服 小笠原 正明
・リベラルアーツ教育の深化 日比谷 潤子
・初年次教育と自己学習 濱名 篤
・自己学習を促すティップス 大江 淳良
・資料 学習の日米比較 谷村 英洋 金子 元久

どれも筆者にとって「学習」とは何かを考えさせる内容のものばかりでした。すべてをお伝えするのは無理なので、いくつか気になった文章をピックアップし、筆者の考えを述べてみたいと思います。

◆「『学習させる大学』とは読み手に小さな疑問を抱かせる」◆
これは井下先生の論考「『学習させる大学』における教員の役割」の冒頭の一文です。確かに何かがオカシイのです。一言でいうと「そんな当然のことが何故特集になるの?」という違和感なのです。

まずありえない事は「学習させない大学」です。たとえある種の国家試験の合格を目指して詰め込み型の教育ばかりをしている大学であっても、そのプロセスで学生が何かを修得し、行動変容できたならばそれは学習と言えるからです。大学そのものの存在意義が「学習させる」ことにあるのは自明なのにそれを敢えて問う事の違和感が「学習させる大学」というタイトルへの小さな疑問に繋がっていると言えそうです。

それから本来あってはならないのが「学習しない学生」です。そもそも学ぶ
ために進学するのだから「学習しない学生」というのは食欲がないのにレス
トランに入るようなものです。しかし昨今の大学進学率上昇により、学ぶ気
はないものの、とりあえず大学に来てしまう学生が存在することも事実です。

「そういった学生は授業に出席せず退学してしまうので『学習しない学生』は自然淘汰される筈」という仮説も一見成立しそうです。しかし事はそう簡単ではありません。全国大学生協の調査によると、各大学の授業への出席率は近年高くなっているそうなのです(CAMPUS LIFE DATA 2008)。
http://www.univcoop.or.jp/introduction/magazine/index.html 参照

この結果から「学生は学ぶようになってきている」と思われるかもしれませんが、別の視点で考えると不安な状況でもあるのです。最近の大学は昔と比べて出席をきちんと取る傾向になっており、出席率の向上は彼らの自発的な学習意欲でなく、出席管理の厳格化によって実現している可能性があるからです。

恐ろしいことに、出席確認の厳格化を含め、学習の統制を強化した授業を経験した学生の総学習時間は、そうでない学生に比べて少なくなっているそうなのです(金子元久「『学習させる』大学」より)。

本来の「学習させる大学」は、単に授業にまじめに出席して知識を受動的に吸収するだけでなく、自らの自律的な意志で授業時間外にも学ぶような大学生を育成することを目指すべきです。しかし、この実現は今日的かつ難しいテーマでありまして、この雑誌で今回特集した意図はまさにその点にあると筆者は考えています。

◆増え続ける従順な学生◆
前のトピックで授業の出席率が向上しているという話を書きましたが、CAMPUS LIFE DATA 2008調査からは、それ以外の当世学生気質が垣間見えます。武内先生の『学習する学生たち」はそんな学生気質を同調査結果からまとめたものです。
例えば
「大学生活の重点は勉強である」(80年19.5%→07年24.7%)
「授業の出席を厳しくとるべき」(97年40.3%→07年52.4%)
といった調査結果の経年変化を紹介しています。

筆者の実感としても、特に今年の1年生あたりから凄くまじめになったなあと感じています(vol.298:「今年の新入生の傾向と対策」を参照)。


しかし、従順な学生と自律的に学習できる学生は明らかに異なる概念です。武内先生が「1960年代の大学闘争の時代には、学生たちが大学外の知識人(マルクスや吉本隆明等)に思想や生き方をもとめ大学教師の授業をボイコットしたことと比べると隔世の感がある」とおっしゃるよう、どうも与えられた知識を吸収するだけで、自分で物事を探索していく力に欠ける気がしてなりません。

とは言うものの、筆者が大学生だった1980年代の学生気質は、外に知識を求めず、さりとて授業にも出席せずだったので、今の学生を非難できる立場にはないのではありますが。。。。

◆日本の文系大学4年生の57%は週10時間以下しか学習していない◆
東京大学大学経営・政策研究センターによる「全国大学生調査
の結果を分析した「資料 学習の日米比較(谷村英洋、金子元久)」によると、日本の文系大学4年生の総学習時間(1週間あたり)は、7.4%が「0時間」、約半数にあたる49.8%が「1~10時間」と全体の6割近い学生が週10時間以下しか学習していないそうです。

一方理系の場合、21-31時間が16.6%、31時間以上が44.2%と、約6割がの学生が20時間以上学習しているという対照的な結果となっています。おそらく卒業論文・卒業研究の必修の比率が理系の方が高いためと考えられますが、筆者は最近「本学4年生の学習をどうすべきか」を考えていたので、自分の大学だけに留まらない深刻な問題だという事を認識しました。

最近の大学はキャップ制といって、1セメスターに履修できる単位の上限が決まっているのですが、二十数単位は履修できるので、普通に単位を取得していけば卒論以外の卒業に必要な単位は3年生までにほぼ取得できてしまいます。

筆者が大学生4年の時も、確かに卒業に必要な単位を3年までに取得し、4年は卒論を仕上げるのみとなっていました。しかし秋頃まで就職活動があったので、それなりに張り詰めた大学4年生生活を過ごしていたのを憶えています。一方、現在の就職活動は初夏には内定がでてしまうため、文系の4年生のその後約10ヵ月はノホホンパラダイスになってしまうのです。

近年「初年次教育」が何かと話題になっていますが、筆者は「終年次教育」の方が重要なのではないかと最近考えております。せっかく3年間学び成長してきても、4年生の10ヶ月ノホホン生活で能力レベルが下がっているとしたら一大事です。しかし「終年次教育」でなにを学ぶべきか?単位の必然性という縛りがないところで、どうやって「終年次教育」に参画させるか等、課題は山積しています。「終年次教育」のコンセプトにご賛同いただける大学関係者、企業の新入社員教育担当の方がいらっしゃいましたら、一緒にこれらの課題を考えてみませんか?ご連絡お待ちしております。

◆「学習ピラミッド」ピラミッドは全くの虚構である◆
坂本先生の「『学習させる』学習システム」の中で書かれており、確かに言われてみればそうだと気づかされました。「学習ピラミッド」とは、講義を聴いただけでは、内容の定着率は5%だが、自分で読めば10%、視聴すれば20%、デモンストレーションを受ければ30%、グループで話し合えば50%、練習すれば75%、他の人に教えれば90%と定着率が増えていくという考え方です(詳細は、富山工業高等専門学校PBLのWebサイトを参照のこと)。

坂本先生曰く
・この数値の根拠となる数値データは見つかっていない
・この数値を実証するには気の遠くなるような実験が必要
・あまりも綺麗なパーセンテージが並んでいるのがおかしい
等からこの説の信憑性を否定しています。

確かに教育やマネジメントの世界では、科学的に立証されていない事が定説として広まっている例はたくさんあります。メラビアンの法則しかり、マズローの欲求五段階説しかりです。学習ピラミッドのように実感に近いなあと思うような説が一番ひっかかりやすいのかもしれません。それとピラミッドで図解されると熟慮しないで鵜呑みにする傾向が高いのかもしれないですね。

◆いったん手を貸すとその後は2度と手を離せなくなる◆
前述の「全国大学生調査」によると、授業関連学習時間(授業時間以外で授業に関連する学習をした時間)の増加を促す効果が最も高いのが「学生の提出物にコメントをつけて返却する」ことなのだそうです。筆者は現在「レポートにはなるべくコメントをつけて返却する」ことを自己目標として掲げて授業を担当していまして、自分の実践は無駄ではなかったと勇気づけられました。

しかし、喜んでばかりはいられません。浦田先生は「授業実践と学習行動」という論考の中で同調査をより深く分析し、「学生は世話をしてもらうと、ますます世話をして欲しいと思う」「いったん手を貸すと、その後は2度と手を離せなくなる」と述べています。つまり手をかけるほどに、学生は教員への依存度を高め、自律的に学ぶ力を衰退させてしまうのではないかという懸念があるのです。

では、何にもしないで育つかというと、そんな事は絶対にあり得ない訳ですし、いったい学びを支援するとは何なのだろうと、筆者はまた振り出しに戻ってしまった次第です。とりあえずは「コメントをつけての返却」は今後も続けていきたいと考えています。しかしこの先どうすればいいのでしょうね?

おそらく認知的徒弟制でいうところの
1)モデリング
2)コーチング
3)スキャフォールディング(Scaffolding:足場づくり)
4)フェーディング
の2~4あたりをうまくに実践していくということだとは思うのですが、一人の学生とは半期の授業期間しか接しないこともあり「言うは易し行うは難し」です。
試行錯誤は続くのでした。