さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

北国は寒いぜ 函館滞在10日間 1

2014年03月22日 | 北海道シリーズ



函館にやってきました。今回は10日間。しかもこの街だけでのんびりする!
いやも~、ここんとこがっつり毎日朝まで仕事続きだったので、これをご褒美に
頑張っていたのだ。

なぜ函館を選んだか?それはひとつに東京の花粉を逃れること。花粉のないところ
といえば、小笠原諸島とか九州西部の島、なんてのも検討しましたが、街の魅力と
食事を考えてこちらにしたのです。

北海道を移動して旅行することは考えていませんでした。北陸の旅、南九州の旅と
異動して観光するのが続いていたし、今回はとことんまったりしたかった。宿も
チェングォと泊まったベイエリアのホテルと、昨年とてもよかった湯の川温泉の
リゾートホテルを使うと決めていたのです。(^益^)b

しかしまあ、到着してみるとご覧の通り雪国。3月の北海道なんだから当たり前
なんですが。1月の鹿児島では菜の花が咲いていましたけれど、日本は広いねえー。



6連泊のシングル。ちと狭いのは安いんだからしかたないか~^^; 立派な朝食が
ついて、広い大浴場の温泉もあって、東京の素泊まり&狭~いビジネスホテルと
似たような値段なんだから、こりゃケッコ―いいよねえ。



窓からはベイエリアの倉庫街と函館山がよく見えます。すぐに露天風呂^^



んで夕暮れ時になりました。外は寒いので、もう到着したら風呂に入るのだけが
本日の予定であります。いや別に移動で疲れているわけではないんですけどね^^;

なにせ羽田から飛行機に乗っているのは1時間ちょっと。函館空港は街のすぐ近く
にあるので、駅までたったの20分なのです。昼に家を出たら、3時頃には函館の
ホテルに着いちまう。「は~~るばる、きたぜ はぁ~こだてェ~~~♪」の歌は、
上野からまる一日列車に乗って青森に着き、それから青函連絡船に乗って本州から
渡ってきたのでしょう。「つがる かいきょう、ふ~~ゆ げ~~し きィ~~~♪」も
船に乗ってやってくるんだよね。

こちらネットで飛行機をとって自宅でチケットを印刷。支払いはカード。タッチ&ゴー
で飛行機に乗れるので、出発15分前に行けばいいし、空港からはひんぱんに出て
いるバスですぐ。なんか拍子抜けするほど簡単に別世界に来てしまう感覚なのです。



夕食はホテルの前にある居酒屋にしました。北海道なのでポテトフライもひと味
レベルが高い。



酒は北海道の酒おためしセットをまず注文。3種類飲みましたが、真ん中の函館の
やつが一番旨かった。こうやって並べて飲み比べると、好みのやつがよくわかる。



というわけで、3種類飲み干したあとは、そいつを一合で(=゜益゜):;*.’:;



函館産のワカメちゃんがありました。シンプルに酢味噌。これがまた絶妙の柔らか
さと歯ごたえで潮の香りもいい。じつは買ってきて、さっき家でもこれを作ったの
です^^;



〆には岩海苔のお握り。でかかった…。

9時ごろ部屋に帰り、ベッドのなかで本を読み始めるとすぐに寝てしまった。目が
覚めると深夜の2時。また最上階の温泉に行く。若いやつらが何人かで入っている。
こんな時間まで宴会でもしていたのであろう。

そんな旅も楽しいでしょう。でもこちらひとり旅だと好きな時間に寝て、好きな時間に
風呂に入れるし、それはそれで気兼ねがなくていいぞォ~♪


桜島の噴火を見たよ

2014年03月07日 | 九州シリーズ



南九州温泉を巡る旅、最終日の鹿児島では、午後の飛行機に乗る予定なので、
ホテルから歩いて行ける「ドルフィン・ポート」というベイエリアに行きました。

昨日は桜島頂上付近に雲がかかっていて、ついにすっきりした姿が見られません
でしたが、今日は快晴ではっきり見えました~(^益^)b

平日の午前中ということもあり、賑やかなはずの観光地も人が全然いません。



ふと目をそらしていたら、桜島が噴火を始めました。ちょっと驚いてビデオを回す。
真っ黒い煙がモクモクと上がります。



黒煙はしばらく上昇すると、上空の大気の流れに乗って南へ流れてゆきました。
これが街のほうに向いてくると、火山灰が降ってくるのでしょうね。

桜島には沢山の民家がありますが、風向きによってひっきりなしに火山灰が降って
くるのかし~らw(゜゜)w


桜島の噴火

ビデオで黒煙が上がる様子をご覧下さい~(^益^)ノ



さて街中に戻って昼飯を食ったら、いよいよ空港に向かわなくちゃならない。
パトカー仕様の路面電車、まるでパトカーが縦列行進しているみたいだネ^^;



駅の近くに「かごっま屋台村」というのがあります。夜は居酒屋で賑わっています。
ここに「黒ラーメン」があるというので、最後はこれで〆ようかと思っていたのです。
富山ではついに「ブラックラーメン」を食べそびれたからなぁ。前の日に店員に
11時開店と確認していたのに、昼前に行ったら閉まってるー!「不定休」って…w
俺が帰る日に休みにしなくてもよかとが!(=゜益゜):;*.’:;

        
             俺はどうも黒いラーメンに縁がないんだなぁ~~。。。



というわけで、駅ビルでこちら産のトリを食べました。これも旨かったよ^^

しかしこのビルには、ラーメンの「こむらさき」も天文館むじゃきの「白くまくん」も
入っていました。わざわざ本店まで行かなくても食べられるのね…w



さあて空港シャトルバスに乗って、ついに鹿児島、南九州の旅も終りです。
空港は街からだいぶ北にあるので、通ってきた霧島の山並みが見えます。あの
ふもとのどこかに、俺が泊まった温泉宿があるんだ。そしてここからすぐ裏に、
妙見温泉もあるのです。「天狗食堂」のおばちゃん、元気でいてくれよー。



行きは富士山の全体像がきれいに見えましたが、帰りはこのように雲っていました。

♪あ~た~ま~を雲の~ 上に出し~

 たら、四方の山を見下ろせないよな…?


鹿児島最後の日はうまいもん食わんと

2014年03月06日 | 九州シリーズ



鹿児島では「白くま」が有名ですが、中でも一番有名なのがこちら「天文館むじゃき」。
店は真冬でもけっこう賑わっています。

かき氷に練乳がかかっているのですが、むかし銭湯で飲んだ「パンピー」の味もする。
氷は限りなく細かくて、ほとんど雪綿のよう。

これがデカイんだ。小さいサイズのものもあるのですが、私はソフトクリームがのって
いるやつが食べたくて、それはレギュラーサイズしかないのである。なのでおっさんが
ひとり、この巨大な氷を真冬に食べているのであ~る。まわりはカポーや若い娘さんの
グループばかりだ。

うまいよ~^^ うまいけど、寒いよ~~www 半分きたところで体がガクガク震えだす。
霧島温泉の冷水浴で凍死しそうになった以来だ。ついこの間だ。
しかし根性で完食!

ガタガタ震えながらホテルへ帰る。まず風呂に入って暖まり、夜になったら酒を飲みに
繰り出すぞ。



昨夜はうなぎだったし、酒も少ししか飲んでいないので、この日は酒と魚でやりますよ~
と気合が入る。下調べしてある、魚の旨いという評判の店へ。なんか高級そうで敷居が
高いぞ。



しかしそんなに値段が高いわけでもない。東京の偉そうにしてて中身はさえない
居酒屋よりもはるかに安くて質が高いぞ。一品目はヒラメでした。滅多に食べられ
ないよね!身が引き締まっている。だからこんなに薄く造るのね~。



こちらはハガツオ。歯が鋭いから、こんな名前になったそうです。普通のカツオに
比べて、身の色がこんなピンク色ですね。びんちょうマグロを思い出しますが、味は
カツオで旨かったです。食べたことがなかったのですが、それはこの魚は鮮度が
とても落ちやすく、釣れたらすぐに食べなければならないという難しさがあるからだ
そうです。ここで食べられてよかったのう(^益^)b

実はこの店に来るとき、阿久根産の「華アジ」を食べるのを楽しみにしていたんです。
それを注文しようとしたら、店のおねいさん「すみません~~。今日は入ってないん
ですよ…」ときたもんだ!鹿児島最後の夜なのォ~~に!!!

この魚は、漁師さんが一本釣りをして捕るので、海が荒れた翌日や、漁師さんの
都合で入らなくなったりするんですよ。とってもおいしいんですよ~♪

 ということでした…www  _| ̄|〇

ちなみにその華アジ、調べてみたら、一本釣りをしてから手を触れると、それだけで
身が痛んでしまうし、網をつかうと鱗が剥げて傷つくので、最後まで触ることのでき
ない、扱いがすごく難しい魚なんだとか。そんな滅多に食べられないやつ、是非
食べたかった…w  _|\O_



カウンターの真ん中にでっかいいけすがあります。注文を受けてから、おやっさんが
網を持って出てきて、生きてるやつをそのまま刺身にするんです。ちなみにこの店は
「刺身の盛り合わせ」がありません。選んだ魚を新鮮なまま、すぐにさばいて出すと
いうわけです。



「ぺったんエビ」というのが目についたので注文してみました。そしたら長崎の「うちわ
エビ」が出てきました。あ~、呼び名が違うだけねーw 産地も長崎のほうからもって
きているようです。どうせなら枕崎とか阿久根の魚にすべきだったのぅ~~。
でも季節ものだし、好みの味だからよかったかー。

            

ウルトラセブンに出てきた、「宇宙エビ人間、ビラ星人」を思い出します。そっくりその
ままですよねえ!私は子供の頃、「宇宙エビ人間」という言葉の深さに考えさせられ
ました。宇宙にエビいるの?どうしてこれが「人間」なんだ?と悩んだのです。いまだに
この問題は整理がついておりません。。。



鹿児島の夜はふける。これが南九州の旅、最後の夜なんですぅ~。


仙巌園(せんがんえん)

2014年03月05日 | 九州シリーズ



仙巌園(せんがんえん)にやってきました。薩摩藩主、島津家の別邸と庭園です。



こんな立派な庭園に囲まれたお屋敷に住みたいねー。冬は寒そうだけど^^;



水が流れていて、夏は涼しい感じかもしれん。



桜島がよく見えるスポットが庭の隅にありました。ま~た例によって頂上に雲が
かかっている。もうちょっとで見えるってところで見えない。



何枚も写真を撮りましたが、どうしても最後の一線がスッキリしないw
しばらく粘ったけれど、結局あきらめた^^;



奥の庭はすごく広いよw(゜゜)w



全然観光客がいないので、静かに散策できました。



日本庭園は、いろいろなパーツの配置が絶妙です。こういうのを見ると、ラテン語の
"Discordia concors"という言葉を思い出します。「不調和のなかの調和」という
ところでしょうか。「雑然としたなかにもきっちりした一貫性がある」という感じです。



こういう苔むした色合いも素敵です。



やっぱり桜島は最後まですっきり見えなかった。開聞岳を思い出すのぅ。。。


ザビエルさん長旅ご苦労様

2014年03月04日 | 九州シリーズ



城山公園の展望台からずっと歩いて降りてきて、街中に戻ってきたので昼飯です。
「くろいわ」のラーメンです。「こむらさき」は横浜で食べたので、まだ食べたことの
ないほうを選んだのでした。

南九州にくると、酒は焼酎、ラーメンはとんこつばっかりだなぁ~。



先日荻窪の有名店「春木屋」でラーメンを食べました。東京だと有名店は並ぶことが
多くてなぁ。こちらはガラガラでしたよ。



とんこつラーメンを食べたので、食後のコーヒーを飲みたくなって喫茶店を探しましたが
見つけるのに苦労しました。鹿児島には喫茶店が少ないのかー。あ、ちなみによくある
米国資本のチェーン店は嫌いなので最終手段です。スターバックスは他になくても
入りません。俺が探すのは古き良き時代の、落ち着けて新聞雑誌などが置いてある
ところで、やたらに狭くて客の回転を早くしようと計算しているところじゃありません。
最近は東京では絶滅危惧種で、地方でもめっきり減って、ヴァーサンがロウソクを灯す
ようにやっていて、常連のズィーサンがちらほらいるようなところです^^



そこからちょっと歩くと「ザビエル公園」があります。ここも観光地なので、「まち巡り
バス」の停車場があり、そこから次の目的地「仙巌園」に行く予定なのです。

スペイン北部、バスク地方出身のフランシスコ・ザビエルちゃん、長い旅をして
天文18年、西暦1549年に鹿児島へやってきました。500年近く前だよ!

こやつ地方貴族の生まれで、いまも残っている「ザビエル城」に住んでいました。
19歳でパリ大学に留学し、哲学を学んでいたのですが、同じバスク地方出身の
イグナチオ・デ・ロヨラと意気投合、モンマルトルの聖堂で神様に生涯を捧げるという
誓いを立てて「イエズス会」が創立されました。そしてローマに行って、カトリック教会
の精鋭部隊となるのである。

このイエズス会というのが強烈で、創設者のロヨラが騎士だったことから軍隊的な
特徴があり、厳しい戒律、上には絶対服従、恐ろしく詰込み型の教育を受けた
エリートたちがヨーロッパ中に神学校を建て、世界中のどこにでも行って布教活動を
するという精力的な拡大志向を持っていた。

んでザビエル君、ポルトガルから出発してアフリカ沿岸をぐるりと回り、インドに渡って
そこを拠点にし、マレーシア、インドネシアに行って一旦インドに戻り、それからまた
中国を経て、ついに1549年に鹿児島にやってきたのです。


       真ん中がザビエル、左右の二人は弟子となった日本人。


ザビエルの書簡から、日本の印象記を抜粋します(=゜益゜):;*.’:;

日本人は、我々が知った限りの異教徒のなかで最も優れた国民であり、これほど
の人々は他にいないでしょう。親しみやすく善良で、驚くほど名誉心が強い。大部分の
人々は貧しくてもそれを不名誉とは思っていません。盗人は少なく、知識欲は旺盛
です。彼らは道理にかなったことを聞くのを喜びます。

うむう。彼らは自分たちが最も優れた文明を持ち、特にキリスト教信者は自分たちが
唯一正しいと信じて疑わないので、アフリカ、インド、中国、東南アジアを巡って
西洋以外の様々な文化が世界には存在することを知り、のちに東の一番はずれに、
また違った日本の高度な文化や価値観を見てかなり驚いたことでしょう。

しかし日本に宣教師が来たら、「迫害を覚悟しなければいけない」と言っています。
え!と思いましたが、それはとにかく質問攻めにあい、お祈りをしたり眠ったりする
時間も全くなくなってしまうほどだったからだ、というのです。日本は島国で遠い外国の
ことは何も知らないし、こちらの文化が成熟していただけに、外界に対する好奇心や
知識欲も高かったのだろうと思います。それにしても「迫害」はちと言い過ぎじゃ^^;



さてまたバスに乗って仙巌園に向かいます。観光地を巡るバスなので、またさっきの
城山に登って展望台を通過してゆくのです。途中せごどんが最後に過ごしたという
洞窟を通りました。西南戦争で総攻撃を受け、もうダメだと追い詰められた場所です。
たしか右がその洞窟で、左は太平洋戦争のときの防空壕だったような。

歴史散歩をするにしても、ちょっと時代をまたがりすぎて消化不良になってしまい
ますよねえ(^益^;