goo blog サービス終了のお知らせ 

里山の山野草

里山と山野草の復活日記。

再び伊邪那美命

2007年09月26日 | 神 仏
帰りは立烏帽子山と池ノ段の鞍部から、立烏帽子山の中腹を巻く近道を通って横
着をしたが、駐車場が近くなった所で珍しい物があった。
鞍部の標識伊邪那美命の隠れ穴(火除け穴)


“伊邪那美命の隠れ穴”だそうで、次のような言い伝えがあると言う。
  ①伊邪那美命が迦具土神(火の神)を産んだ時に火傷をして死んだ穴。
  ②伊邪那美命がここを通りかかった時、天から火が降って来たのでこの穴に隠
   れて難を逃れた。
  ③伊邪那岐命が伊邪那美命を尋ねてきた時、夜になったので自分の櫛に火をつ
   けて明かりとして通った所。

どうも神話の世界は破天荒で、兄妹が結婚したと言うだけでなく、次のような言い
伝えもあると言う。
 ・伊邪那美命が火の神を産んだ時に火傷をして死んだ。
 ・怒った伊邪那岐命が火の神を切り殺した所、死体や血などから多くの神々が産
  まれた。
 ・死を悲しむ伊邪那岐命の涙から女神が産まれた。
 ・亡くなった伊邪那美命を探しに黄泉の国へ行った伊邪那岐命が、伊邪那美命の
  変わり果てた姿を見て逃げ帰り禊をした所、着衣や身の穢れから多くの神々が
  産まれた。
 ・亡くなった伊邪那美命は、黄泉の国でも神々を産んだ。

神話は、後に権力を握って天皇制を確立した連中が、自分達に都合の良いように歴
史を脚色したものだそうだが、それにしてもやたらに神を産む話などは奇抜過ぎて
理解しかねる。

私などの凡人には、
「女房の浮気相手との間に出来た子供を、別れた女房憎しの余りに苛めて見たもの
 のどうしても忘れ切れず、そっと様子を見に行った」
「所が、相手は再婚し子供も沢山出来てスッカリ所帯やつれしていたのでガッカリ
 して戻り、別れた女房を諦めて再婚して子供を沢山産んだ」
と言う話だと良く分かるのだが…。


“美しい国日本” の創造主

2007年09月22日 | 神 仏
昨日は竜王山・立烏帽子山・池ノ段へ登って来たが、この一帯には伊邪那美命にま
つわる伝承が多くて面白い。

何しろ伊邪那岐、伊邪那美命と言えば兄妹神でありながら結婚し、日本全土はおろ
か太陽や月、水や火などこの世の全ての物を生んだと言うのだから、安倍さんなど
足元にも及ばない究極の“美しい国日本”の創造主なのだ!


先ず最初に行った所は竜王山の麓にある熊野神社。
古くは比婆大神社と呼ばれ、伊邪那美命を葬ったとされる比婆山を奥院とする遥拝
所なのだそうで、比婆山は御陵(天皇や皇后などの墓)と呼ばれている。

境内には100本以上の老杉があり、その内11本は広島県の天然記念物に指定さ
れており、中には樹齢1000年を超えるものがあるそうだ。
中でも県下2位の杉は胸高幹囲が 8.1 mもあり“天狗の休み木”と呼ばれ、夏の
夜に比婆大神(伊邪那美命)の使いである天狗が使う団扇の音が聞こえると言う。
他にも県下3、4位の杉もあり、相当古い神社である事は間違いない。

大鳥居の脇には“イザナミ茶屋”があり、植物の葉や花を封じ込めた煎餅とゴギ
(40cmにも達するイワナ)料理が売りで楽しみにしていたのだが、残念ながら
土日祝日しか営業していなくてお預け! 
確か、「例年11月3日に大祭がありそれを過ぎると雪の為に道路が通れなくなる」
と聞いた覚えがある。 その頃もう一度行って見るとしよう。
大鳥居石 段
広島県下第2位の大杉大杉は天狗の休み木とも呼ばれる
山 門本 殿



神話の山、船通山

2007年05月08日 | 神 仏

頂上は“天狗の土俵場”と呼ばれる草原になっているが、
ここに“天叢雲剣出顕之地”と言う珍しい石碑が建っていた。

石 碑案内板

古事記によれば、
イザナギノミコト(伊邪那岐の命)が我が子
 ・天照大神に高天原(神々が住む天上の世界)を、
 ・月夜見尊に夜を、
 ・須佐之男命に海原を治めるように命じた所、
スサノオはそれを断り、母(イザナミノミコト=伊邪那美の命)がいる根の国
(死者の国)に行くと言い張り、天地に甚大な被害を与えた為に高天原を追放され
たと言う。

スサノオは葦原中津国(地上の人間が住む世界)に降り立ちその地を荒らしていた
八岐大蛇を退治するが、それがこの出雲の鳥髪山(現在の船通山)だそうで、
その尾の中から出て来た剣(アメノムラクモノツルギ=天叢雲剣)は天照大神に献
上され、その後時を経て蝦夷討伐に向かう日本武尊に手渡され、駿河で野火の難を
この剣で払った事から“草薙剣”と呼ばれるようになり、現在も皇位の印の三種の
神器のひとつとして伝わっているそうだ。

一方、スサノオは大蛇に喰われる事になっていたクシナダヒメ(櫛名田比賣)を妻
とし、出雲の須賀の地に留まり“因幡の白兎”で有名な大国主命などを産ませる
が、この大国主命は後に天照大神の「葦原中津国は、我が子が治めるべき」と言う
要求に従い、世に言う“国譲り”をした結果大和王権による国家統一が完了する。

神話や古事記などは、後に大和政権が自分達の都合の良いように脚色したものらし
いが、「本当の話はどうだったのだろうか?」と想像してみるのも非常に面白いも
のだ。
この船通山の西南の方向には比婆山も見えるが、この山には“火の神”を産んだ際
の火傷が元で死んだイザナミノミコトが葬られていると言う。

この出雲の国、或いは吉備の国と言いいずれも興味深い神話が多く、山野草を尋ね
る楽しみだけでなく二重の楽しみがある。


石鎚神社参拝

2006年07月05日 | 神 仏
昨日は、石鎚神社が夏季大祭中(7/1~7/10)と言う事なので、ご町内の人達に連
れられて家内と一緒にお参りして来た。
実は、バスツアーで「欠員が生じたから」と誘いがあったので、無信心者の私が
不届きにも「或いは山野草が見られるかも」と助平心を起こして参加したのだ。

と言うわけで、総勢20名マイクロバスに乗り賑やかに出発した。
しまなみ街道を通り麓のロープウェイ駅(下谷駅、標高455m)迄の所要時間は
約2.5時間、アッと言う間だ。

そこから、ロープウェイで標高1300mの終点まで登り、約20分歩いて中宮成就社
に到着。 成就社は、何でも願い事が叶うとかで、先ず本殿で山盛り一杯の願い
事をした。
中宮・成就社(本殿)中宮・成就社(遥拝殿)

その上に、更に遥拝殿の窓越しに見える御神体の石鎚山に向かって言い忘れ
た事をお願いした。
次は、後戻りして又バスに乗り、口之宮本社で本番の御祓いだ。

何でもこの大祭期間中は、3体の御神体(石鎚山に模した?金色で、丈は約30
cm)が頂上社から持って降りてあり、神主のお祓いを受けた後、平伏している
参拝者の背中を、気合と共にこの3体の御神体で次々と撫でてくれる。
霊験あらたかで、これがお目当てで参拝する人が多いのだそうだ。
石鎚山(神体山)口之宮・本社

さて、肝心な霊験はと言うと、
同行者達は「雨が降らなかったのは石鎚さんのお陰だ」と口々に言っており、私
も「そうですね」とお茶を濁しておいたが、私のお目当ての山野草は何も無く、
さては不心得者である事がバレてしまったらしい。
家内も私に似たようなもので、何しろ行きも帰りもずっと寝ていた剛の者だから、
さすがにお祓いの最中に鼾こそ聞こえなかったものの、半分以上寝ていたに違い
なく、これも神様がお見通しで霊験などあるべくもないだろう。

しかし、四国の石鎚山や剣山には前々から是非行ってみたいと思っていた山だし、
こう言う機会を与えてくれたのも或いは霊験なのかもしれない。
今度は、遥拝殿の約4キロ先に見える頂上を目指してみる事にしよう。
何しろ、一の鎖、二の鎖、三の鎖と絶壁が続いているらしく、不心得者が登ると
鎖が切れてしまうとも言う。
そんな頂上に立って下界を見下ろしてみるのも面白そうだ。

石鎚神社と言うのは、麓にある口之宮・本社、標高1450mにある中宮・成就社、
標高1500mにある土小屋・遥拝殿、標高1974mの弥山山頂にある奥宮・頂上社の
4社を総称して“石鎚神社”と呼び、
お祭りしてある祭神は、伊邪那岐命と伊邪那美命の2番目の子の石鎚毘古神
(イシヅチヒコノカミ)と言い、別の名を石土毘古命、石鎚大神とも呼び、その
神様が鎮まる石鎚山を“神体山”、つまり御神体と言うのだそうだ。