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里山の山野草

里山と山野草の復活日記。

因島大橋

2008年05月25日 | 
白滝山の頂上からは、本来なら周辺の島々の景色が良く見える筈なのだが生憎霞ん
でいて、これから渡る予定の因島大橋が北にようやく見える程度だった。 残念!


山を下り、いよいよしまなみ海道の因島大橋に入る。
自転車やバイクは通行料が50円要るが歩きの場合は無料で、昨今諸物価が大幅値
上がりしているだけに何だかチョッピリ得をしたような気分だ!

後は、頭上の車道を走る車の雷鳴のような轟音を聞きながら、ひたすら対岸の向島
を目指して1270mをひた歩く。
残念ながら左右がシッカリ金網でガードされている為に、視界が妨げられて折角の
景色も台無しで、その上に足元はアスファルト舗装をしてあるので海は全く見えず、
航路高が50mもあると言うのに足の裏がくすぐったくなるようなスリルも無い!
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歩道を歩く不審な一団(→拡大)金網越しに見える景色

大橋と別れ、バスの待つ下の道路へ降りる階段へ向かう。
こんな事でも無い限りおそらく通る事もないであろう徒歩での渡橋、良い経験をさ
せて貰った!
出 口大橋直下へ降りる階段に向かう一団

後ろを振り返って見た因島大橋。 
昭和58年から供用が開始された橋長1270m(中央支間770m)のこの橋も、当時
は東洋一であったが、1999年5月現在では世界第25位になってしまったとか?
時代の変化は早い!
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振り返って見た因島大橋(→拡大)下から見上げた因島大橋



因島、白滝山のジョチュウギク

2008年05月23日 | 
今回の“里山を歩く”講座は、因島の白滝山(標高:227m)。

フラワーセンターから白滝山の頂上に登った後、しまなみ海道の因島大橋を歩いて
帰るコースを楽しんだ。

先ず、今回楽しみにしていたジョチュウギク(除虫菊)の所へ直行した。
嘗て蚊取り線香用に全島で栽培されていたのだが、その後別の殺虫成分が開発され
たのに伴って栽培する者も無くなり、今やフラワーセンター周辺に観光用として植
えてあるだけだ。 約40年ぶりに再会できた!

ジョチュウギク(キク科、ヨモギギク属)和名:シロバナムシヨケギク 
地中海・中央アジア原産の多年草。
日本へは、和歌山県出身の上山英一郎が明治19年にアメリカから種子を入手して
渦巻き型の蚊取り線香を発明し、「金鳥」の名前で売り出したのに伴い和歌山県や
広島県、香川県、北海道などの各地で栽培を奨励した。
花期は5月上旬~中旬。 花の子房に殺虫成分ピレトリンが多く含まれている。


“真備美しい森”

2008年04月27日 | 
以前、真備の町から美袋に向けてアズマイチゲを見に行く途中で“真備美しい森”
という標識が立っているのを目にし、ずっと気にかかっていた。

そこで、4/20(日)に岡山の半田山植物園で開催される山草会に出席する前に立ち
寄ってみた。

〔真備美しい森の遠景〕

駐車場に車を停めて案内図を見ると、駐車場の隣にあるのが舞台芸術棟で、その後
ろがビジターセンターらしい。
駐車場隣の舞台芸術棟その後ろのビジターセンター

一段高い所にある広場に上がると、そこはイベント広場になっていて、遊具・バン
ガロー・テントサイトと炊事施設・トイレなどの立派な設備が整えられていた。
鎮守の森の下の斜面には、桜の木がたくさん植えてあり、その他にも希望者が色々
な木をたくさん植えているようだ。
遊具広場バンガロー、後ろは鎮守の森炊事施設、トイレ

お天気は良く、丁度地元の人達が施設周辺の整備をしておられたので、
「どんな“美しい森”があるのですか?」 と尋ねると、
「里山があるだけで、別に何も無い」「今、桜などを植えて育てているところ」
と返事が返ってきた。

そこで、イベント広場の三方を取り巻く尾根のハイキングコースも歩いてみた。
〔ハイキングコース〕
 登山口→(やや急坂)→“ふるさとの森”→(尾根)“ふれあいの森”、“赤松の森”
→(下り)→“思い出の森”、“育ての森”→展望広場→イベント広場

確かに地元の人の言うようにどこにでもあるような里山で、頂上付近の見晴らしも悪く、
展望広場から見える南の風景もイマイチだったが、全コースが良く整備されていて頂上
付近の尾根筋には比較的大きな雑木や花崗岩等のアクセントもあって退屈せず、鈍った
私の身体には格好のコースだった!
ふるさとの森の急坂尾根筋の大木尾根筋の大岩

“美しい森”というのは、安倍首相が唱えた“美しい国、日本”づくりの一環とし
て進められたもので、この“真備美しい森”のような森が岡山県下には10箇所も
あるそうだ。
しかし、安倍さんの理念は立派だとは思うが、私が真備で見た限りでは理念にはほ
ど遠く、例によってお金の無駄遣いと見えなくも無かった!

何故か、広島県にはこういった“美しい森”は1箇所も無いらしい。
この両県の差が何故なのかも気になってしまった!

「美しい森」事業
安倍首相当時に、林野庁が中心になって推進された美しい森林づくり国民運動で、
「我が国には古来から木の文化があり、森林が“美しい国、日本”の礎となるよう、
 国民が一体となって“美しい森林づくり”を進めて行こうとの考えから、幅広い
 解釈と協力のもと、木材利用の推進、地域づくり、森林づくりへの参画促進を進
 めて行く」
として、全国に事業が展開された。

“美しい森”は、豊かな緑に覆われた広大なエリアに、
「思い出の森」「ふれあいの森」などの六つのテーマに基づく森の他に、ビジターセ
ンターを中心に、キャンプ場・宿泊施設(炊事場つき)などが設けられている。



玉野市、王子が岳

2008年04月18日 | 
実は、
もう1年で地学の講座を卒業し今度は登山の講座を受講する予定なので、それに備
えて一昨日、同じ講師の“里山を歩く”という新講座に参加してみた。
「登山には未だ自信が無い」と言う人が中心なので、お互いの様子を見る為に先ず
初回は瀬戸大橋東の海岸沿いにある“王子が岳”に決まったらしい。

王子が岳は、標高234mの新割山の東西の尾根を総称した俗名で、南側は海岸か
ら切り立った崖で険しいが、登山コースは木の階段が設けられて比較的緩やかに登
れるように作られており、良く整備されていた。 市民にも人気の山なのだそうだ。

(登山ルート)
倉敷側(画像左端)のお寺→新割山の頂上(昼食)→矢出山を経由→(画像右端の)
玉野市側へ下山。


新割山頂上の少し北西側尾根まで登ると車道と合流し、付近には(旧)国民宿舎と
レストハウスがあった。
(旧)国民宿舎レストハウス(屋上は展望台)

ところがこの国民宿舎、営業不振で閉鎖されている! 絶好のロケーションなのだ
が、山頂まで道路がついているものの便利が悪いのでお客さんから敬遠されたらしい。

嘗て年金基金で建てられたものだと思うが、我々の年金がこんな所に捨てられてい
るのかと思うと腹立たしい! 
おまけに南山麓には、また新しい国民宿舎が建てられている。 果たして儲かって
いるのか? 誰も責任を取らない事業ばかりで許せない思いがした!
窓の割れた建屋窓が割れ、板で囲まれた建屋


この一帯から新割山頂上に至る尾根は360°見渡せ、特に南の瀬戸内海側は、案
内図のように、瀬戸大橋・讃岐富士(飯野山)・坂出番ノ洲・象頭山(琴平さん)、
更にその先には四国連山迄見えるという絶好のロケーションらしいが、生憎の雨模
様で霞んで何も見えない!  何だか余計に残念で悔しい!


新割山の山頂に着くと、北東方向に僅かに“おもちゃ王国”の大観覧車が見える程
度で、肝心な南の方は何も見えない! おまけに大雨に見舞われ、11時だと言う
のに“早弁”だ!
山頂間近(間もなく大雨とも知らず!)頂上から北東に“おもちゃ王国”
南西の瀬戸大橋方向(何も見えず!)北西の(旧)国民宿舎と眼下の児島港


後は、合羽を着て這々の体で逃げ帰ったが、山頂東側の尾根にはツツジが満開の上
その南側は海岸の430号線まで花崗岩の大岩の絶壁で見応えがあった。
お天気の良い日に改めて訪れてみたい思いがした!




荒戸山火山

2008年03月27日 | 
鯉が窪湿原の少し東北にある荒戸山中腹には、約200万年前に噴火していた頃の
火道(熔岩の通り道)と思われる部分が露出しており、熔岩が冷えて出来た玄武岩
の“柱状節理”を見る事が出来るという。
何の事か分からないが、ダボハゼとしては興味津々で、早速熔岩を触りに行った。

荒戸山(標高:761.9m)は、“鍋山”とか“阿哲富士”と呼ばれるだけあって、
遠くから見ると正しくその通りで小さいけれど形の良い山だった。
登山口は、標高600mくらいの所にある荒戸神社の脇。  登山開始だ!
荒戸山(上南北バス停より撮影)荒戸神社

中腹まで登った所で、その“柱状節理”が急に出現した。
径が20cm余りの無数の柱状の石が束ねられて、地中に斜めに埋めてある感じだ。
束を上から見ると5角形か6角形をしていて、まるで石垣を積んだように整然と並
んでいる。

“柱状節理”というのは、熔岩が冷えて固まる時に収縮して出来た柱状の割れ目の
事で、この石垣に見えるものは嘗て熔岩が上昇する火道だった部分が、長い年月を
かけて侵食されて露出したものと考えられているそうだ。

因みに、玄武岩マグマは温度が高く(1200℃前後)粘り気が弱い為に、ドカン!と
噴火するのではなく、比較的穏やかな噴火(噴出)であったらしい。

幸いな事に、今は噴火から約200万年後。 いくら触っても蹴飛ばしても火傷はしない。 
熔岩を尻の下に、ゆっくりとお弁当を食べさせて貰った!
>>
側面から見た柱①(→②)上部から見た柱①(→②)
玄武岩玄武岩が風化して出来た黒土

頂上には平坦な短い尾根が続き、360°見渡せる展望台もある。
名前は“幸運の塔”で、その高さ15.1mを加えると荒戸山の標高が777mになる
というシャレらしい。本当のところはパチンコ好きな人が考えた事かも知れない?

しかし、肝心な展望は北に大山が見えるというのに、立ち木が少し邪魔をする上に
霞がかかっていてサッパリだった。  残念!!

吉備高原の火山活動とその名残り
先ず、約8000万年前に地下深くでマグマがゆっくり冷やされて花崗岩となり、やが
て長時間をかけて押し上げられて地表に出現した。
次に、約960~1000万年前にこの花崗岩の岩盤を貫いて至る所で火山の噴火が起き
て玄武岩を噴出し、その後長い年月を経て侵食されて現在の富士山型やドーム状の
小丘が出来上がったと考えられている。

しかし、各地に沢山残っているこの玄武岩の小丘の多くは噴火した当時より相当侵
食が進み、荒戸山などは今や噴火した時の火道や地下の熔岩溜まりが地表に出て来
ていて、火山の最後の末裔とも考えられている。 
火道が地表に露出しているその他の例としては、(男鹿山・女鹿山の北方の)上下
町矢野に、火道内の角礫岩と火道周りの地層との接触部が見られるそうだ。

(吉備高原に残っている玄武岩小丘)  
広島県:猪辻山、米見山、仙養山、男鹿山、女鹿山、新山など
岡山県:荒戸山、日野山、弥高山、須志山など
 ※噴火活動の時代
  米見山 100万年前
  荒戸山 200万年前


蔵王山

2008年02月01日 | 
昨日は久しぶりの晴天だったので、山野町のセツブンソウの偵察に行って来た。
ところが、セツブンソウは20cmの雪の下。 敢え無くも空振りであった。

そこで南に転進し、日曜日に“森林整備講習会”が行われる蔵王山の下見に行って
来た。 この蔵王山、北の郊外と南の市街を分断していて、標高(225.5m)は低いが
眺望が良い為に市民の格好のハイキングコースになっていて、今日も何十人もの
小父さんや小母さん達と出会った。

(上段:南の入江大橋から見た蔵王山、下段:展望台と蔵王山の山頂)


蔵王山の北側には神辺平野が見える。 
この平野は、
芦田川などから流れ出た土砂が堆積して出来たらしいが、大昔は“穴の海”と呼ば
れる入り海だったという説もある。

平野には、弥生時代になると多くの人達が住むようになり、古墳時代になると平野の
北の丘の上には多くの古墳が造られている。
画像中段の小山の北側には山陽道が走っていて、古くから東西交通が盛んであった
らしい。

遠くには蛇円山が見え、その下流の平野との境の服部大池には“お糸さん”が眠っ
て居る。

(展望台から北に見える神辺平野)


蔵王山の南も平野だ。
平野の先には瀬戸内海が広がっていて、画像中段の左側(東)にはJFE(日本鋼
管)が見え、曲がりくねった入り江を挟んだ右側(西)には箕島沖工業団地が見える。 
共に昭和30年代以降に造成されたものだ。

それに対し、その手前の平野は右奥の芦田川まで福山藩水野氏が今から約350年
も前に干拓したもので、今は多くの人が暮らす町並みが続いている。
高みから見ると、改めてその工事の巨大さに驚かされる。 良くやったものだ!

(蔵王山頂から南に見える平野)



ダイヤモンド冨士

2008年01月01日 | 
明けましておめでとうございます。
昨年は、日本中“偽”だらけでした。
今年は、汗を掻き真面目に働く者だけが報われる年であって欲しいと思います。

本栖湖から見た日の出(日の出前7:26→日の出直後7:29)
<>

ところで、年末には大寒波がやって来るという事だったのに、富士山は快晴になっ
てしまった!
うちのオバサンは恐ろしくも、「私の執念で快晴にした!」と言う。 
でも私は、「私の誕生日(1月1日)を全国民と共に富士山も祝ってくれた」
と密かに自負している!?

いずれにせよ、道路にも雪は殆ど無く、風も無く、空には一点の曇りも無い。
そのせいで本栖湖のホットポイントは車が渋滞して我々のバスも立ち往生し、その
場所で日の出を見る羽目になってしまった。

富士山の天辺からの日の出を拝めると想像していただけにいささか残念だったが、
そこまで求めるのは強欲と言うものだろう。
天が与えてくれたこの機会に感謝し、一日を存分に楽しんだ!
渋滞で身動き出来ない道路日の出を見に来た人達



ダイヤモンド富士?

2007年12月31日 | 
家内が「“ダイヤモンド富士”を見に行こう」と言う。
バス会社のツアーだが、富士山の5合目から日の出を見ると言う企画で、頂上付近
からの日の出が丁度ダイヤモンドのように見えて綺麗なのだそうだ。

私は、
「晴れると良いが、この時期期待できない」
「雪でも降ったら往き帰りとも渋滞に巻き込まれるだけだ!」
と反対したのだが、うちのオバサンの頭の中にはもう綺麗なダイヤモンドの指輪が
輝いているようで、言う事を聞かない!

こんな企画、参加者が少なくてどうせ取り止めになると高を括っていたが、なんと
恐ろしい事にこの企画に51人も参加するもの好きが居て決行が決まってしまい、
とうとう今晩出発する事になってしまった。

今は、未だ昼なのに外にはもう雪が降り始めた。 年末にはこの冬一番の寒気が襲
って来ると言うのに果たしてどうなる事やら?
私も、
「この際、高速道の渋滞で難儀する帰省客の苦労を経験してみるのも良かろう?」
と覚悟を決めたが、果たして生きて帰って来られるかどうか…!?


弥彦山の紅葉

2007年11月08日 | 
観光客に混じって弥彦山(標高:638m)へ登る登山客も相当数居たので、私も
ここまで来たついでに家内と一緒に登って見た。

と言っても登山道を登ると95分もかかると言うので、拝殿横から山麓駅までバス、
9合目の山頂駅まではロープウェーの楽々コースにした。


紅葉は今年は少し遅れているそうで、ロープウェーから見える紅葉はイマイチだっ
たが、山頂駅からの眺望は抜群で東の眼下には広大な越後平野、西には40km先
に佐渡島が見える。
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山頂駅から見た紅葉(→拡大)ロープウェーから見た紅葉
東に越後平野西に佐渡島

ただ残念なのは、山頂駅付近や山頂に人工物が非常に多い事だ。
登山するには自動車用スカイラインの他に、ロープウェーやクライミングカーがあ
り、山頂駅付近には幼児向けのミニ遊園地、展望台(食堂)、高さ100mのパノ
ラマタワー、山頂付近には各種の中継塔もある。

折角の自然が街中と同じでは興ざめするし、弥彦山全体が神域だと言うのに天香山
命(アメノカゴヤマノミコト)もさぞご立腹では無いかと心配するほどだ!
それとも天香山命は越後に産業を興したと言うから、
ひょっとして「良くやっている!」と褒めてくれているであろうか??
山頂駅の隣の遊園地クライミングカー(水色)と展望台
高さ100mのパノラマタワー山頂付近の中継塔群



白滝山

2007年10月25日 | 
県北の猫山や道後山方面を目指して314号線を北上していると、芸備線小奴可駅
の正面にアンテナを林立させている白滝山がある。


予てから何のアンテナなのか気になっていたので、昨日登って来た。
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小奴可駅(→1日3便の気動車)白滝山(標高:1053m)

登山ルートは、
 ①314号線から八幡小学校方面へ左折((下の画像では 右下から左へ)。
 ②山裾を通り飯山(標高:1009m)の裏へ回り、
 ③後は山塊の裏側を白滝山を目指してひたすら登ると言うコースだ。

登山道をひたすら登って行くと、やがてようやく頂上に着いた。
頂上には、
TV(NHK、RCC、HTV)や携帯電話(中国セルラー、ドコモ、Jフォン)の中継局
のほか、山崩れ発生予知用の無線中継局などが林立していて、その多さに改めて
びっくりした。
登山道山頂のアンテナ群

頂上からは北に道後山、東に多飯が辻山が見えるが、周囲の雑木の葉が落ちる頃に
はもっと視界が開け、その頃には東の眼下に小奴可の町も見えるようになる。
北に岩樋山(1271m)と道後山(1269m)東に多飯が辻山(1040m)

頂上で一人ぼんやりと昼食を食べていると、2人連れの作業服を着た男性が大型ワ
ゴン車で登って来た。 聞けば「ドコモの設備を点検に来た」のだそうだ。
白状するが実は私も車で登って来たのだが、その次に1人の男性が歩いて登って来
たのには驚かされた。
世の中には真面目な人が居るものだ!