「ジャケ買い」という言葉は世の中で普通に使ってよいのだろうか?中身のことは何も知らないのに、ジャケットが素晴らしいからついついレコードを買ってしまうことを「ジャケ買い」と言い、我々が学生の頃に流行っていた言葉だ。植草甚一氏は『ジャケットのよいレコードは必ず中身もよい』と自信を持って語っていた。
私はジャケ買いをよくする。これもそのひとつ、アン・フィリップスという歌手の「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」というアルバムである。アン・フィリップスというシンガーのことを誰か知っていますか?私は何も知らなかった。
それにしてもこのジャケット、素晴らしい!対岸は霧にかすむNYの摩天楼?川を隔ててひっそりとたたずむ女性、落とした目線の先に広がる限りない哀しみ。得体の知れない物体の黒いシルエットがこの情景に強烈な緊張感を与えている。
男なら彼女を助けなきゃいかん!何があったか知らんが、俺が何とかしなければ…、ジャケ買いのモチベーションが頂点に達する一瞬である。
名曲「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」は、恐るべきスローテンポで歌われる。1コーラスまるまるギター伴奏、2コーラスめからソフトなストリングスが入り、あっという間に歌が終わってしまう。ジャケット写真、トレンチ・コート姿のアン・フィリップスが、ハドソン川のほとりでひっそりと口ずさんでいるように聞こえて、この写真を撮影した現場のひんやりとした空気までが伝わるようだ。
annephillips.com、謎の女性歌手、アン・フィリップスの全貌が明かされるページである。できれば見ないほうが良い。思い出は美しいままにとっておくべきなのだ。このページに見る現代のアン・フィリップスは、あのトレンチ・コート姿の女性とは似ても似つかないほどに変化している。もし、現在の彼女が同じいでたちで同じ場所に座っていたとしても、誰も「俺が何とかしなければ…」とは思わず、目を伏せてその場を立ち去るだろう。
There Will Never Be Another You=ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー、「いろいろあったけど、でも、あなたに代わる人なんていない!」本当かよ!