GO! GO! 嵐山 2

埼玉県比企郡嵐山町の記録アーカイブ

冨岡寅吉日記 昭和25年1月(1950) 菅谷村(嵐山町)大蔵

2009年01月14日 | 冨岡寅吉日記

昭和廿五年一月元旦 日 雨
昨夜来より小雨降りだす。一九五〇年の元旦も雨だ。昨年の収支のしめくヽりをする。収入二四九四四九円也。支出二五一八一九円也。午后、守平迎えに駅へ行ったが、一時の下りで帰らなかった。中島運竝宅で一時間待った。二時のでもこないので帰ってきた。支部長宅*へ理髪箱の代百円持参した。夕方まで話した。朝から晩まで本当によく雨降り続いた。山口正男より年賀状来る。
*金井宣久宅。

一月二日 月 くもり
河原のチビ公*がきた。今日もくもりでうすら寒い。牛の運動。成澤勝二君宅へも寄る。二人で牛を連れてきたら、鎌形のきみさんがきて居た。菅谷と唐子の土方連中がまぐれこんだ。三三男方で蓄音機をかけたのを一時間以上聞いた。戦争中の物ばかりだ。以上
*談:河原のうしさん(富岡丑造)宅の大きな犬の名前。

一月三日 火 晴・くもり
新春初の日本晴れ。岡田君より年賀状来る。早速返信す。まき、やすさん*と東京へ行く。午后わ雲がでた。社務所で農電関係者の祝あり。牛の運動。火の見の下へ由次郎さんと純平さん**が牛を連れてゐて、暫し一しょに居た。すっかり曇り風も出た。以上
*金井元吉さんの妹。同級生
**野口由次郎さんと新藤純平さん。

一月四日 水 晴
七時の電車で工事に行く。菅谷の米山幸助、根岸國、與、小生の四名だけで。後の連中わ一時間おくれた。ヒューム管入れ。午前中早くおわり、片板(かたいた)*を入れた。午后一時過ぎに仕事初めの祝。十七名で酒二升、いか一枚、蜜柑四つあて。三時の下りで帰り、牛の運動。以上
*型枠のこと。

一月五日 木 くもりのち晴
七時五分過ぎに家を出た。唐子の連中わおそい。ヒューム管の廻りへコンクリー打ち。入れ手をする。呑口のうなぎ*まで午前中おわる。午后、ジョニト**へかぶせたり、上ぬりをする。二時頃より二号へ行き、壁の両側を埋める。玉木で借りたエンピ***の柄を折った。うすら寒い日だ。
*うなぎ止め。
**ジョイント。
***円匙。泥専用の大型スコップ。

一月六日 金 晴・風
まき割り、約一時間位。小学校に農業センサスに付いて説明があるので成澤勝二君と行く。十時開始。細目にわたり説明して呉れた。十二時三〇分頃終了し、校舎の日暖で昼食した。菅谷で使いして帰る。寒い日となり、吹(ふっ)こし*も来た。牛の運動で根岸から将軍沢の方へ廻り、七五三宅へ行った。以上
*風に雪がちらちら舞う風花のこと。

一月七日 土 晴
六号の現場へ行く。流川*の小川と山下と小生の三人だけ。直営より綱子**を借りて、流しの杭打ち。根取り***をした。午前七本、午后十本打ち三時頃わ終った。今夜四Hクラブの件に付き集合あり。以上
*ナガレカワ。西吉見の地名。
**綱を引っ張る人。杭打ちには八人位必要。
***杭が曲がらない様に杭の根本にいる役。

一月八日 日 晴
昨夜の集会わ不集合だった。七時すぎ岡部先生*おいでになる。四Hクラブも物になりそうでない。夜警だった。午前、山下と根岸で六号をやる。午后、片わくつくり。静かな良い日だった。平沢の叔父**、昨夜死去し、西さん***話にきた。唐子でトラック衝突す。以上
*埼玉県技師農業改良普及員岡部文彌。
**吉野梅次郎。
***談:西忠一さんか。

一月九日 月 晴
唐子の二人と一しょ。六号わ、江野、深沢、鈴木、飛田、小生と親方二人。片わくをなほし。セメン打ち、昼前おわる。午后わ、ぶらぶら仕事。静かな良い日だった。太陽のある中に帰宅す。以上

一月十日 火 雨・くもり
松山町には入る頃、小雪となる。小屋であたりながら、さつまをふかして喰う。雪はげしくなり、仕事は出来ず。一時過ぎ帰宅。新聞代集金す。以上

一月十一日 水 晴・大風
昨夜わ大風だった。寒くて、ねていてもゆっくりねられぬ。停電す。今朝も大風。午前中、鉄きん組み。まあ良くできた方だらう。あとわぶらぶら仕事、片わくの掃除など。須江の父、年始にきた。以上

一月十二日 木 晴
電車で行く。六号の基礎、午前中だけ。二号の目つぶし。静かな良い日。夜、学校で役員会議。村内駅伝の件。鎌形の杉田君*一しょに帰る。まき、遠山へ炭買いに行った。以上
*談:杉田弥市。

一月十三日 金 晴
五号へ移る。あまり仕事もなく此の頃わひまだ。六号より、たこ等運ぶ。以上

一月十四日 土 くもり・雪
朝からくもり。今朝わ始めて居た*。五号の杭打ち。午前五本、午后六本、計十一本。休み過ぎより雪降りだし、昼頃にわそうとう積った。一時頃唐子の床やへ寄る。
*談:仕事が始まっていた。

一月十五日 日 晴
玉川へ麦ぬか*一俵買いに行く。道が悪い。須江へ年始に行く。十時一寸前、でかけた。将軍沢の家のすみさん**と途中一しょ。十一時頃着いた。竹本の初治氏、来訪してゐた。風の強い日だ。四方八方(よもやも)の話しにふける。面白いあそびもした***。
*談:豚の飼料。
**談:忍田政治さんの妻。
***談:須江の妻の実家に泊まった。

一月十六日 月 晴
ゆっくりねた。朝食したらすぐ初治氏来訪す。松治君や尚治君と五目ならべ。始めの中、負けてばかりゐたが、誰にも負けなくなった。二時頃暇した。センサスで少しあるく*。以上
*談:センサスの調査員をしていた成澤勝治さんと一緒に。

一月十七日 火 晴
鋸を目立に持って行く。今日わしづかな良い日だ。五合((号))の杭打ち。三本ですぐ基礎を打つ。午后、六号のながしの壁のコンクリー。柏崎の鈴木ともっこかつぎ。二時三〇分頃おわる。のこぎり目立て五〇円。二尺物さし(鯨尺)十五円。夕方まで静かな良い日だ。

一月十八日 水 くもり
朝の中わ雨模様だった。少し降ってきたが、天気わ一日持ちそうだ。杭のめつけ*。十時休みより土俵作くり。一日中曇ってゐた。お客わ未だ帰って来ない。何時も何時も我儘で困る。以上
*談:のめつけは杭の先を尖らせること。

一月十九日 木 くもり
今日もはっきりしない日だ。五号の石管入れ。六号の土俵作くり。約三〇俵入れた。山下と二人でけたへ杭をボルトでつけた。三時三〇分頃しまって玉川の小峰と一しょにきた。

一月廿日 金 晴
あけ方わ大風。六号の石張りの手伝い。発動キで水かえ。いく度か水がは入った。昼わそうとうおくれた。午后わ休みもしない。

一月廿一日 土 晴
唐子の新井と一しょ。朝から静かな良い日だ。柏崎の鈴木と砂利かつぎやセメン切り。石張屋わ今日も二人。

一月廿二日 日 くもり
青年団で農道へ砂利運搬。運動部長*を引受けた。皆まじめに働いた。山下福三君**の牛車の手伝いだ。明朝六時頃、駅伝の選手選出の練習会。以上
*談:菅谷青年団大蔵支部の運動部長のこと。
**談:青年団員。弟の守平の同級生。

一月廿三日 月 晴
朝六時頃、青年団で駅伝の練習。工事。石張りの目じ。発動キで水をかえて目じをした。きれいに出来た。十五日までの会計一六五〇円。

一月廿四日 火 晴
唐子の新井わ今日、広野へ行った。六号の土俵を五号へ運ぶ。五号のしめ切り。バーチカルの具合が悪い。午后、水中へは入る。小屋で青鳥の飛行場の話がでた。長サ一五〇〇米の中、五米の勾配があるそうだ。

一月廿五日 水 晴 特に静かな良い日
朝から静かな良い日だ。五号のけた入れ。今日わ、和三さん、飯塚さん、小川、、山下、鈴木、米山と小生だけ。水の堰がきれて仕事は不可となる。六号の手なをし。夜、植木山へ行く。

一月廿六日 木 晴
今日も朝から良い日だ。昨夜々警で三時三〇分までつとめたので今朝わ朝ねした。五号の杭打ち。でかいかけやで打つ。午后、石張り。仕事もずいぶんできて早仕まい。

一月廿七日 金 晴
良い日だ。五号の石かつぎ。発動キを返す。六号の片づけなど。今日も静かな良い日だ。以上

一月廿八日 土 晴
今朝わ割合に暖い。五号の石張り。十時頃、所長がきて、作業中止をさせられた。でも午后わ、すっかり手なをしして又始めた。大野忠造氏、夕方まで居た。以上

一月廿九日 日 晴
昨夜、成澤勝二宅へ伺う。金井宣久君訪ねてきた。今朝もきて、今夜、本団の役員会。支部の常会もある。五号の石張り。午前中いくらも残らなかった。風つよく寒いので早くしまう。夕方わ風も止んだ。牛の運動。以上

一月卅日 月 雨
六時集合で駅伝の練習。小雨降りだし、工事は休む。軍造宅へセンサスに行く。午后、センベイやき等をした。貯金払下げ二七〇〇円。以上

一月卅一日 火 晴
今朝わ練習に四人しか集合しなかった。一番早く工事の小屋へいった。午前中もうたいした仕事もなく、ぶらぶら。五号の仕上げ。午后、小屋の片づけ。三時三〇分頃おわる。自転車がパンクして三〇円修繕費。十一月廿五日より今日まで二月と一寸と良く勤めた。



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